第6話 心配されているうちに —気遣いのリリック—
夜の帰り道、課長がいつものように現れた。
静かに微笑みながらも、どこか切なげ。
声が……かすれていた。
「課長、電波悪いっすよ。」
「……ごめんなさい。
私ね、『健康診断行け』って部下に言っておきながら、 自分は忙しいからって後回しにしてたの。
腎臓、悪くしてたのに、気づかなかったのよ。
気づいた時には、もう遅かった。」
その声にはいつものツッコミがなかった。
「私はCKD(慢性腎臓病)で死んだのよ。
急にふらっと来てね。
そのままだった。 」
マジっすか。
課長一人暮らしって言ってたな。
電話の着信履歴も途絶えたまま。
「生きててほしいって言葉、私自身が守れなかった。
だからね……あなたの言葉で、誰かを救ってほしいの。」
俺は黙ってこぶしを握った。
「……課長、あんた、ほんとずるい……。」
いいっすよ。
今日は俺が説教してやるっす。
健診なめんなリリック!
CKD 知ってるか? 沈黙系の サイレントキラー
血圧・糖・脂質 トリオで来るぜ 地味にスリラー
働きすぎの 内臓チーム 心・腎・肝 限界ステージ
結果の既読スルー 一番シビア 見落とし一発 Game Over
心配されているうちに 健診逃すな Don't miss it
Check this out! 命は一度きり スマホで予約 未来を延命
(※受診・治療は医師に相談を。これは受診喚起ソングです。)
「私が若い子たちに言いたかったの、それ。」
「課長にっすよ。
生きててほしかった。」
「ちょっと遅かったけどね。
YO-UMAのくせに、泣かせるんじゃないわよ。」
その時ふわっとお香のにおいがした。
もう、時間がないんだな。
課長の願い、聞いてやろうじゃねぇか。
「うっす。若い子向けっすね。」
俺にはよくわかんないから、スマホで医療の言葉、知識を検索しまくった。
思いついた言葉をノートに書きなぐった。
やっべ……課長消えそうじゃんか。
らしくない課長を見るのが嫌だった。
スルーが痛ぇ 診断結果 読んだフリより 読めないって言えよ
気づけよ結果の 行方くらい 既読の海に 沈めるな
反応なしは ゼロ点だろ? 沈黙ってやつが 一番痛てぇ
だから今 あんたの通知に 言葉を乗せて 届けるぜ
俺のリリック 誰かの闇に 灯りをともす ライムライト
光は舞台の お前に当てる 生きたいんだろ Happy life
心・腎・肝の 叫びを聞け たまには休んで メンテナンス
長い人生 一日くらい 休んだところで ノープロブレム
「どうっすかね、これ?」
「まぁ、死んじゃった私が言うの変だけどね。
これ聞いたら私、病院に行きたいって思うわよ。」
「ホント、そこな。」
俺はまたYoutubeに動画をアップした。
俺には何がいいかわからない、けど思いつく限りのリリックを打ち込んだ。
そして忘れてならないのが、テロップにこれを入れること。
『監修協力:柿沼佳代 元・人事課長』
#優しく刺さるラップ #YO-UMAの変身 #医療系ラップ #健康診断に行こう #柿沼人事課長
ユーザーの反応がえぐかった。
「健康診断予約しました。」
「健診結果、机の中から発掘。」
「セーフ、まだ大丈夫」
「酒……減らした。」
「こういうYO-UMA君って……好き♡」
一番食いついたのが、『柿沼人事課長って誰?』だった。
もはやトレンド入りも時間の問題。
「課長も有名人っすよ。」
「残念、いまさらギャラが出てもねぇ。」
「ポテチでもお供えしましょうか?」
「いや ノーサンキューだ。」
「産休っすか?」
「言葉の、ね。」
俺のメアドにメッセージ。
『リバランス・サプリ』
初めまして。
中高年者向けの健康サプリメントを販売しております、株式会社リフレ 営業の鈴川と申します。
あなたの配信を拝見し、弊社の『リバランス・サプリ』のCM制作にご協力いただけないかと思い、ご連絡をさせていただきました。
……
ご協力をいただけるようでしたら、ご連絡をください。
よいお返事もお待ちしております。
なんすか、このレスの爆誕ぶり。
「あら、よかったじゃない。
仕事の依頼が来るなんて。
賞金稼ぎのラッパーより、とても健全だわ。」
健全って、真面目かよ。
「それもあなたの言葉の力よ。
それを借りたいって、会社が言っているのね。」
でもCMって、ラップだけじゃ成り立たない。
キャッチ―な言葉とメロディ、それにリリックをぶち込んで。
「どうしたって、俺には無理な話だな。」
「何でもかんでも一人でやろうとしないの。
誰かに頼めばいいじゃない。
『一緒に遊ぼ』ってね。」
ガキじゃないんだ……でもガキ扱いされてるよな、完全に。
「歌詞の提供をして、曲をつけてもらえばいいのよ。
スポンサー案件だって言えば、喜ぶわよ。
だってもう、あなたは業界人になったのだから。」
業界人って……。
まったくこの人にはかなわない。
説教でへこませておいて、プライドをこちょこちょしてくる。
「死んでも人事っすか?」
「そうね、でも悠真くんが出世するところ、私も楽しみなのよ。」
今日の課長は穏やかだった。
まるで俺が大きくなるのを喜ぶ母ちゃんみたいだった。
輪郭が少しだけ薄くなっていた。
お香のにおいも、少しぼやけていた。
チーン
今日もおりんが夜空に優しく鳴った。
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