空を仰いだ君との日々を、私がコートに連れてゆく。

千田伊織

第1話

「先輩」


 私は、タオルで汗を拭っているキャプテンへ、ドリンクを片手に駆け寄り声をかけた。キャプテンは疲れの滲んだ表情に笑みを浮かべて、受け取ってくれる。


「ありがとう。小野田が持って来てくれたの」

「はい。話がしたくて」


 私が少し前のめりになって頷くと、キャプテン──藤沢先輩は「私もなんだ」と言った。私は嬉しくなって頬が緩む。


 高校生活の集大成、女子バレーのインターハイ。三年の夏は今日、終わりを迎えた。私たちの高校にはスポーツに特化した特別コースがあって、特にバレー部は毎年それなりの成果を上げていた。

 今年の結果は準優勝。藤沢先輩は少しばかり悔しそうな顔をしているが、十分素晴らしい功績だ。しかし先輩の気持ちもよくわかる。


「じゃあ、水島も連れてきて」


 私の綻んでいた顔が一瞬にして固まった。


「……水島も、ですか?」

「うん、水島にも話しておかなくちゃ。次は君らが高三になるんだから」


 私は水島──水島卯月があまり得意ではない。

 先輩に首を傾げられ、私ははっと我に返る。


「い、今連れてきます」


 踵を返し、水島の元へ目指した。先輩に背中を見送られながら、私は下唇を噛む。

 水島卯月は今年からこの高校にやってきた転入生だ。親の都合で東京から来たのだそうだが、前の学校でもバレー部に所属しており、中学では全日本中学校バレーボール選手権大会で優秀選手に名を連ねたほどの実力者。コーチからも転校初日から目をかけられ、先輩たちも皆注目している。

 もれなく、キャプテンである藤沢先輩も。


 このタイミングで私と水島に話があるということは──つまり、来年の春高バレーやインターハイに向けた何かが知らされるということ。

 憂鬱だ。

 私は水島を見つけると手を挙げた。


「水島、キャプテンが呼んでる」


 水島は一人遠くから試合後の風景を眺めていた。喜怒哀楽で入り乱れるアリーナの中で一人だけぽつんと無表情が浮いている。水島は呼び声に反応するように視線だけをこちらに寄越すと、小さな口を開いた。


「何の話?」

「いいから呼んでるんだってば」


 私は苛立ちを滲ませながら、水島の手を取る。

 水島が転校してくるまで、私は彼女のポジションにいた。期待のエースだと目を掛けられ、その声に積極的に答えてきた。というのに、横から水島がかっさらっていった。

 せめて態度が良ければ、私もこれほど敵視していなかった。けれど水島は違うのだ。

 水島は藤沢先輩の前に立つと、物怖じせず堂々と見上げる。


「キャプテン。小野田に用件を伝えてからわたしを呼びに来てください」


 噓でしょ。

 私は思わず顔をしかめた。なんてずけずけと意見をするの。


「ああ、ごめんね。ちょっとサプライズと思ってさ。水島、聞いてくれる?」


 藤沢先輩は気遣って苦笑いを見せると、水島の機嫌を窺った。水島は特に返事もなく藤沢先輩を見つめ返している。


「きゃ……キャプテン、お話をしていただいてもいいですか?」

「そうだね」


 気を取り直して、と藤沢先輩は咳払いをした。


「新しいチーム編成の話なんだ。小野田凛をセッター、水島卯月をアタッカーに推薦したいと思ってる」


 ピリ、と空気に電気が走ったような気がした。

 私は「は?」と漏らしかけた声を喉の奥に押し込む。


「誰も異論はないポジションだと思うんだけど……君たちはどう思う?」

「問題ありません」


 水島は安定した無表情で即座に答えた。

 そりゃ、水島は問題ないと言うだろう。彼女のスパイクは誰からも認められている唯一無二の力強さとコントロール能力を持ち合わせている。しかし私は認められなかった。

 即答できず、首が徐々に項垂れていく。


「小野田。セッターもかっこいいポジションだと思うよ。エースを目指してた君には酷かもしれないけど……どうか優勝のために受け入れてほしい」


 藤沢先輩に肩を叩かれ、私は首をゆっくりもたげた。お願い、というその視線に私は耐え切れない。


 この二年間、私は水島に与えられたポジションを勝ち取るために頑張ってきた。こんな残酷なことはあるだろうか。

 私は作り笑いを見せて、喉の奥から声を絞り出した。


「分かりました」


 藤沢先輩は安心したように息を吐く。

 セッターも悪いポジションではない。アタッカーの能力を百パーセント引き出すためには、セッターの力も必要だ。それにセッターは司令塔として、チームを引っ張っていく必要がある。藤沢先輩のように。

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