第02話 勇者たちと呼ばれる子どもたち

 翌日、私たちは再び玉座の間に集められた。

 勇者召喚から一夜――空気にはまだ、焦げた魔法の匂いが残っている。

 豪奢な王冠の下で、年老いた王がゆっくりと目を開いく。

 その視線が、五人の日本人を順に撫でるように移っていく。


「選ばれし勇者候補を発表する――稲葉亜蓮いなばあれん加藤理奈かとうりな西園寺茜さいおんじあかね斎藤望さいとうのぞむ。そなたらには、神より授かりし加護がある」


 ざわり、と周囲がどよめいた。

 亜蓮が拳を握りしめ、勢いよく声を上げる。


「やっぱり俺だよな!これ、マジで勇者召喚だったんだ!」


 隣の理奈が笑う。

 明るい栗色の髪が光を弾き、手のひらから小さな光の粒がこぼれた。


「ねぇ見て!これ、光の魔法だって!すごくない?」


 兵士たちが歓声を上げる。

 その眩しさに、私はほんの少しだけ目を細めた。


(……無邪気だな。その光の裏で誰かが泣いているかもしれないのに)


 喜びに満ちた子供たちの姿。

 その中で、望だけが静かに立っていた。

 輝きを見ているようで、どこか遠くを見ている目。


(この子だけが……【異常】を理解している)


 だが、私が気になったのは別のことだった。

 呼ばれなかった残り二人――彼らは名も告げられぬまま、兵士に腕を取られ、連れて行かれてしまった。


「ちょ、ちょっと!?どこに連れていくの!!」


 少女の叫びも、兵士たちは無視する。

 扉が閉まる音が、妙に静かだった。


(……除外された者は、どうなる?まさか……)


 胸の奥がざらつく。

 私は無意識に、腰にない銃を探していた。

 だがもう、あの重みはどこにもない。

 そして気づいた。

 呼ばれなかったのに、私だけが残されている事に。


(……私は、どうなるのだろうか?)


 ふと、そんな事を考えていた時、兵士たちの視線が一瞬、私に集まる。

 まるで、「処理を保留された何か」を見るような冷たい目。

 王の側近が耳打ちし、王は眉をひとつ動かした。


「お前の名は?」

「私?……藤堂美咲とうどうみさき

「……ではミサキ、お前にはどうやら加護がない……しかし、齢を重ねた者の知識は我が国にも役立つであろう」

「役に立つ?」

「そうだ」


 それだけを告げ、王は興味を失ったように視線を逸らす。


(――なるほど。利用価値がある、というわけね)


 命を取るほどではない、少なくとも今は。

 それが生かされた理由だと、私は理解した。

 扉の外に連れ去られた二人の姿はもうない。

 代わりに、焦げたような匂いだけが残っていた。


(……やっぱり、きな臭い場所だ。本当に、嫌なところ)


 冷たい空気が肌を刺す。

 その瞬間、遠い戦場の記憶が微かに蘇った。


    ▽


 昼下がり。王都の訓練場。

 石畳の広場に巨大な木製人形がずらりと並んでいた。


「おおっ、すげーな!」


 亜蓮が剣を振りかざし、木人を真っ二つにする。

 銀の鎧に紋章入りのマント――まるで少年漫画の勇者だ。


「どうだ、見たか!」

「やるじゃない、亜蓮!」


 理奈が手を叩き、光の魔法で彼を包む。

 聖属性の治癒――兵士たちはどよめき、神官が叫んだ。


「素晴らしい! 女神の加護だ!」


 私は少し離れた場所から、それを見ていた。

 訓練と言っても、剣を振るだけ、魔法を出すだけ。

 戦術も危機感も、どこにもない。


「――ちょっと、いいか」


 声をかけると、亜蓮が汗を光らせながら振り返った。


「戦う時は、敵の動きを見てから突っ込むのはやめたほうがいい。仲間の位置も確認して――」

「は? 戦いのことなら俺に任せとけよ、ババア」

「……あんた、敵の動き見てから突っ込んでる時点で論外だぞ」


 空気がぴりりと張る。

 理奈が私を睨みつけた。


「なにそれ、上から目線じゃない?おばさんだって魔法使えないんでしょ?」

「使えない。けど、死なない方法なら知ってる」


 淡々と答える。

 その冷静さが気に障ったのだろう。


「チッ、説教くせぇ」

「ほんと、現実的すぎ。ここ、異世界なんだからもうちょっと夢見たら?」


 私は何も返さなかった。

 ただ、静かに彼らを見つめる。

 戦場で何百という死を見た目で。


   ▽


 訓練が終わった夕刻。

 塔の上に腰掛け、私は沈む夕陽を見ていた。

 赤い光が、戦火の色に見え、同時に焦げた鉄の匂いが風に混じる。


 ――もう二度と戻りたくない場所の匂い。


 そこに、軽い足音が響いた。


「あ、いたいた……こんばんは、美咲さん」


 振り向くと、望が立っていた。

 瞳に夕陽を映し、どこか冷たく見える。


「ああ、望か。こんばんは」


 短い挨拶のあと、彼は静かに言葉を閉ざす。

 彼は静かに立っていたが、どこか違った。


「今日は……すごかったですね。亜蓮君たち」

「そうだな。子どもってのは、ああいう時が一番輝く」

「でも、輝くものほど……壊れやすい」


 その言葉に、私は目を細めた。

 穏やかで、けれど危うい声。


「……怖いのか?」

「いいえ」


 望は小さく首を振る。

 そして、まっすぐ夕陽を見上げた。


「ただ、興味があるんです。人はどこまで愚かになれるのか。『力』を与えられた時、どんな選択をするのか」


 その声音には、恐怖でも憎しみでもない。

 純粋な好奇心――実験を見守る者のような冷たさ。


「……お前、怖いことを言うな」

「そうですか? 僕は正直なだけです」


 微笑む彼は、穏やかで、どこか壊れたように見えた。


「国が子どもに力を与えた時、何が起こるか知ってるか?」


 私は呟く。

 風がそれを運ぶ。


「子どもに力を与えた国は、必ず滅びる」


 望が顔を向ける。

 その瞳は、まるで何かを測るように細められた。


「……でも、滅びたあとに、何が生まれるかは誰にも分からない。美咲さんは、それを知りたくないんですか?」


 その言葉を聞いて、私は息を止めた。

 望の声は柔らかい。

 けれど、その奥に確かな『意志』と言うものがあった。


「……お前、何を見てる?」

「それはもちろん、未来ですよ」


 望は笑った。

 その笑顔が、なぜか怖く感じてしまった

 夜風が吹き、塔の旗がはためく。

 赤い光が沈み、街の影が長く伸びていく。


(……この子、もしかしたら一番危ない)

「美咲さん」

「なんだ?」


 呼ばれて顔を向けると、望がそっと私の肩に頭を乗せてきた。


「美咲さんって……母親みたいな、母性を感じるっていうか。落ち着くんです。なんでだろう?」

「そうか?そのように言われたのは初めてだな……望ぐらいの子が二人いるんだ。でも、何年も会ってない」

「え、そうなんですか?」

「ああ。母親らしいことなんて、何もしてこなかったよ」


 苦笑する私に、望は短く息を吸った。


「……じゃあ、今はその分、僕にしてくれませんか?」

「……え?」


 彼が顔を上げる。

 瞳は琥珀色に光り、底が見えない。


「美咲さんがいると安心するんです。このままずっと僕のそばにいてくれたら嬉しいな」


 その声は静かで真っ直ぐだった。

 告白のようで、どこか違う。

 優しさの形をした――危うい何か。

 背中を冷たいものが這い上がる。


「……望、冗談が上手いな」


 努めて軽く返したが、笑えなかった。


「冗談じゃないですよ、美咲さん」


 穏やかな笑顔。

 なのに、その奥には人の温度が欠けているかのように、そう、まるで壊れかけたガラスのように。


(……この子、やっぱり一番危ない)


 私は静かに息を吐きながら空を見上げた。

 群青の空に、星の光が滲んでいた。

 まるで――この世界の終わりを、静かに見つめているように。

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