第二話 『変人錬金術師 虫退治』

「……ここは?」


 彼は上体を起こしながら周囲を見渡す、月明かりが窓から差し込んでおり、青年がアキナの工房に運び込まれてから何時間も立っていた。


「確か僕は魔物にやられて……治ってる……体も動く……」


 青年は自分の体を触りながら言うと、ゆっくりとベッドから足を下すと、立ち上がり枕元に置いてあった彼の私物と思われるものに手を伸ばした。


「中身は……見られた痕跡はないね……どうやら君は節度のある子みたいだ……」


 青年は自分の私物を身にまといながら、青年はそばにあった机に突っ伏して眠っている、アキナを見ながらつぶやき、彼女に近寄った。


「……これは僕の身体状態に対する今後のアプローチの記録か……字は汚いが……すごく丁寧にまとめられている、若いのにすごいな……治癒士……いや錬金術師かこの魔方陣は……ここまでのレベルの人は王都にもそんなにいないぞ……」


 青年は机の上に散らばる、無数の小さな紙を見ながらつぶやく


 その紙には乱雑な字ではあるが解毒や傷口の状態と記されている箇所がおり、細部まで青年のことを診ていたことがうかがえた。


「直接お礼を言いたいけれど僕には時間がないのでね、お礼はこれで……ありがとう……」


 青年は微笑み言う。その笑顔は、やけに品があった。


 そして、腰にぶら下げた布製の袋から、小さな金色に輝く円形状の物質を三枚取り出すとアキナのそばに置くと、今にもずり落ちそうになっている薄い毛布を彼女の体にかけなおすとそのまま、アキナの工房を後にした……。


「さて、まずは洞窟……だな、あの魔物を野放しにするわけにはいかないのでね……」


 青年は左腰に手を置きながら言う、すると青年の左腰に円形状の光が……いわゆる魔方陣が浮かび上がると、そこから一本の両刃の剣が出現した。


 そして、自身が倒れていた森の入り口に足を踏み入れた―――


「どこに行かれるのですか? まだ傷は完治していないはずです」


 背後から声が響き、青年は後ろを振り返る、するとそこは小さな人影が……一帯の木製の人形が赤い目を光らせて立っていた。


「お戻りください、アキナ様が困ります……」


「ゴーレム……あの子が作ったものか……」


「はい、私の名前はロト、アキナ……アキナ・ゾールック様の手により生み出されたゴーレムです」


「意思疎通が取れる程に自立している……恐ろしいものを作るな……」


 青年はつぶやくように言うと、柄を握った。どうやらこのゴーレムと戦うつもりの様だ……。


「やめておいたほうがいいよ、自分を狙ってるやつに気が付かない程度の力じゃ、ロトには勝てない……」


 アキナはそう言い、指を指す……青年の背後を……それに気がついた青年は柄を強く握ると、振り向きながら屈んだ!


 その時! 突然背後の木々がなぎ倒され、緑色の……巨大な……青年の身長なんぞは優に超えているカマキリが現れた!


「どうやら、そう簡単に僕を逃がしてはくれないみたいだね!」


 青年はそう言って、剣を引き抜いた! 両刃の金色のV字の鍔をあしらえた、中央に赤い宝玉のある、高いです! と全身で言っている剣だった。


「ギガ・マンティス……かと思ったけど、大きさが二倍くらいあるわね……それに、鎌も体の倍はあるわね……貴方を切った刃先とも一致する……それにしても、こんなサイズのは見たことがない……異常気象で変質したのかしら……」


 アキナはブツブツ言いながら、青年の横を通り、ギガ・マンティスと呼称する魔物に向かって歩き出した。


 青年はアキナを静止するよう声を掛ける、しかし彼女には聞こえない、目の前のギガ・マンティスに目が釘付けであった。


「まぁいい……バラして、解析よ! まずはこれでどうかしら!」


 アキナは液体入りの球体を二つ放つ、ギガ・マンティスが鎌を振るい、それを切り裂く。

 次の瞬間——白煙が弾け、毒が霧のように広がった。魔物の動きが一瞬止まり、跳ね回り始める。

 

「! 何だあれは、ギガ・マンティスの動きが急におかしくなったぞ」


「虫系の魔物にのみ効果がある毒よ……さしずめ殺虫剤といったところかしら? 私が錬成したのよ」


「錬成……と、言うことは君は錬金術師なのか……てっきり魔道士かと……」


「うーん、思ったより効果が薄いなぁ〜やっぱり大きすぎると全身に毒が回るまでに時間がかかるのか……」


 青年の言葉を半ば無視したアキナはブツブツ言いながら悶えるギガ・マンティスに接近した。


「やっぱり、虫を殺すにはコレが一番よね……ロト! ブリザード!」


 アキナが叫ぶと『了解』の声が響き、ロトがアキナとギガ・マンティスの間に立つ


 そして、口を大きく広げた! すると、ロトの口から突風が……いや、冷気をはらんだ風が……吹雪が飛び出した!


「ブリザードだと! 氷結系魔法の上位種じゃないか! あんな小さなゴーレムが撃てる代物じゃないぞ!」


 青年は、目を丸くして驚いた。そうしていると、みるみる内に動きを止め体が凍り始めるギガ・マンティス。


 ロトが吹雪を放つのをやめた時には既に、氷漬けになっていた。


「ロト、フット! いくよ!」


 アキナは叫ぶと勢いよく飛び上がった! そして、それと同時にロトの姿も変化、人間の子供程度の大きさから、小さくなりちょうど女性のブーツくらいのものになるとアキナのもとに飛んでいき彼女の右足に張り付いた……いや、自らの意思で動きアキナに履かれたのだ!


「くらえええ!」


 アキナは叫ぶとロトを履いた右足を大きく突き出し、氷漬けになったギガ・マンティスを蹴り……いや踏みつけた!


 アキナの蹴りを受けたギガ・マンティスの体はバラバラと崩れ去っていく、そしてアキナはその残骸を手に取ると


「やっぱり、虫は凍らせて踏み潰すに限るわ……ね」


 と、微笑みながらつぶやいた。


「ふう、これくらいでデータは取れるでしょ。あ、ごめんなさいね、貴方のリベンジ戦を取っちゃって」


 アキナはギガ・マンティスの凍りついた欠片を、数個拾うと青年の方に近寄りながら言った。


「いや……女性……錬金術師にしては豪快な戦い方で、驚いたよ」


「褒め言葉として受け取るわ、さて帰りましょうか? 貴方怪我がまだ治ってないんだし……貴方は大事な研究対象なんだから」


「け、研究……対象ですか……」


「そ、ところであなた名前は? いつまでも名無しさんってわけにはいかないでしょ?」


「ゾデ……アークと申します。少し訳あって、旅をしていまして……」


「ふぅ~ん、ま、怪我が治るまでの間、よろしくね」


「……こちらこそ。君のような人に出会うとは思っていなかった」


 その言葉には、どこか意味深な響きがあった。


 そして、二人は歩き出した ――こうして、奇妙な二人の共同生活が始まった。

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