第15話 先の道を知りたければ、戻ってきた人に聞け

「いやあ、流石海の都の朝市だねぇ。海産物が豊富だ。」


「この辺りの海産物以外にも、昨日入港したエミストーア国からの交易品や、もちろんリヴェリナの麦。

それに、乾燥保存した野菜もありますね。

……あ、これはリヴェリナからの輸入品で最近人気の乾燥麺のハノイーというんです。

水で戻してからエビのスープに入れて食べると本当に美味しくて……。」


そういって顔を両手で挟むミルシャさん。

うん、それ僕が作ったコムの加工品だね。

リヴェリナ国内に流れる大河シルヴァリス流域で自生していた穀物。

これを育ててみたら、比較的簡単に育つし、飼料にちょうど良いことが分かった。

ただ、実のほうは家畜が食べなくて無駄になってしまっていた。

食べ方を研究してみたところ、水でふやかすと食べやすくなることが分かった。

なので、茹でてみたところ、まあ食べられるかなっていう味。

というか、味がほとんどない。

食感は悪くないけど、パンには劣るって感じだった。


そこでたどり着いたのがコムを挽いたコム粉への加工だ。

これを水に溶いて蒸したら食感がつるもちの楽しい食べ物になった。

粉にする前の実も日持ちすることが分かったので、シルヴァリス流域の農地ではそこそこ生産されるようになった。


ハノイーはコム粉を水で溶いたものを蒸して乾燥させた麺だ。

リヴェリナだとうさぎラプラメル鹿ヴェルダヴァンの野菜スープに入れて食べたが、所変われば品変わるものだ。

ちなみに、名称はなんとなく頭に浮かんできた名前を適当につけたら採用されてしまった。


「あとで市場の食堂でごちそういたしますね。

スルッとはいるので、朝にはぴったりですよ。」


「ありがとう。ありがたくごちそうになるね。」


と、いうことで本日は朝からミルシャさんとルビーナの市を巡っている。

昨日のソースについてミルシャさんに尋ねたら、「なら、朝一に参りましょう!」と昨日の今日でお店に案内してくれた。

輸入元の大店おおだなの商人さんも紹介してもらい、ソース以外にも舶来品の香辛料をいくつか手に入れることができた。

品質も高く、いくつかの香辛料の種は栽培も可能そうな状態で譲ってもらった。

うまく増やせたら買わせてくださいなんて耳打ちも忘れないところ、そういった目的で仕入れている側面もあるのだろう。


ちなみにそんなやり取りをミルシャさんがきっちりメモしてたのは流石である。

それにしても昨日あんなに疲れた様子だったのに、今はケロっとしている。

彼女の気力と体力はどうなってるんだ。

あれだけ忙しくした上に晩餐会まで参加して、疲れないのって聞いたら。


「寝れば疲れはとれちゃいますね!

と、いうかそれをいったらアルトゥス様もあれだけ飲んで遅くにお休みしたはず。

私以上に平然としてますわ。」


と、むくれてしまった。

いや、僕は身体の仕組みがまるで違うしね。

基準が違うんだよ。


「そういう意味では、うらやましいですね。

人の身体も、もうちょっと丈夫にして欲しかったです。」


「そうなれたらどんなことしたい?」


「外交のお仕事で、表敬訪問の人員として選ばれたいですね。

どうしても旅程が絡みますから、身体が丈夫……というか、旅の様々な事情に耐えられる方が選ばれやすいので。」


結局やりたいのが仕事なんかい!

ルビーナに着いて以来、会う人みんなワーカホリックだよなぁ。

もっと自分の時間を大事に……って、こうやっていろいろやりたいことというのが、自分の時間でもあるのか。


「ところで、アルトゥス様。

昨日仰っておられました漁師の方ですが、本日のお昼頃に都合がつくそうです。」


「話が早くて助かるね。忙しくないの?」


「大体の海に出る漁師は日の出る前の早朝から漁に出かけ、朝には戻ってきます。

そして、朝一に魚が並びますね。

そして、漁の道具のメンテナンスが済んだら、もう自由時間という方が多いです。

彼らは昼から飲み始めるので、失礼のないようにお酒が入る前にお会いしたいそうですよ。」


苦笑交じりにミルシャさんはそういった。

多分、かなりマイルドな表現に直してくれてるのだろう。

本当のところは、「昼からは飲みたいんだ。お偉い方のつまらん話で酒がまずくなっても困る。ならとっとと片付けさせろ!」ってとこかな?


「わかった。じゃあ、お土産はさっき預けたお酒を差し上げたらよさそうだね。」


「はい、喜ぶと思います。

……ちなみに、瓶の形が違いましたが、これは麦酒とは別物なのですか?」


「これは、麦酒の製造過程で生まれた不要な部分……副産物を原料にして作った蒸留酒だよ。」


「えっと、つまり生ごみですか?それはなんというか……。」


「合ってるけど、そう表現されると印象が悪いかもね。

でも、ゴミとは言っても麦汁を絞ったあとの麦の殻とか、香り付けにつかった果物の皮とか、小さな木の実を絞った残りカスとか、決して悪いものではないんだよ。

それまでは再利用もできずに動物の飼料やたい肥にしてたんだけどね。

集めて涼しいところに保管してたら、保管している樽の容器から、アルコールの香りが強くなったことに気づいたんだよ。」


「はぁ〜。そんなことがあるんですね。」


「で、それを黙って絞って飲んでるやつがいてね。」


「えっ!?それはお腹大丈夫なんですか!?」


「うまい酒の匂いがするから平気だ!

っていってたし、けろりとしてたらしいよ。

……で、改めてその捨てる予定だったゴミにお湯をかけて濾過、発酵させてみたら、まあ芳醇な香りとなんとも言えない味のするお酒ができちゃったんだよ。」


「凄いですね!

麦酒を作る過程で生まれた廃棄物から別のお酒ができたんですか!」


「そうそう。でも、麦酒を作る過程での搾り粕ということで、糖が……あ、えっと……お酒を造るうえで重要な成分が少なくなってしまったんだ。

だから、発酵してすぐのお酒はアルコール分も味も薄かった。」


「もともと捨てる部分で作ったお酒なら、仕方ないかもしれませんね。

……あ、だからアルコール濃度を高めるために?」


「そう。そして蒸留を何回か繰り返すことで香りとアルコール濃度がかなり凝縮したお酒になったんだ。名付けて……。」


「名付けて?」


「残留物酒精『薫滴酒エルノート』。

偶然の産物から生まれた新しい金の卵だよ。」


 

 ***


 

「いやあ、本当に話の分かるエルフさんだ!

もう、なんでも聞いてくれ!明日も来てくれていい!」


そういって本当に機嫌よく、僕が持ち込んだお酒を楽しむ漁師のおじいさんは口を開けて笑う。


彼の名前はガンゼ。背は180くらいで大柄な男性だ。

筋骨隆々、黒くやけた肌、若々しさ輝く赤い髪と立派なヒゲ。

海の漢という肩書がそのまま具現化されたような男性だ。

現在64歳で、8歳のころに親の弟子として船に乗り、10になるころには船で漁に出られる一人前として認められたという。

この辺りで最も有名な漁師という話だ。


気難しいので注意してくれと言われたが、誠意と実利を交えて丁寧に接したら、あっというまにこんな打ち解けてくれた。

ふふん、いくらおじいさんといっても、僕にとってはまだまだ若造だからね。

懐柔するのなんか訳ないよ。

なんて人外による年齢マウントポジションをとってみる。


「いやあ、しかしこの薫滴酒エルノートというお酒でしたか?

本当に味わい深いですなぁ。

麦の賢者様ご本人に直接いうのはご無礼かと思いますが、儂はあの"びいる"というお酒では物足りなくてですなぁ。

もっとこう、ガツンとアルコールが強いお酒のほうが好ましいんですわ。

その点、このお酒は実によい!」


ミルシャさんが、口を引きつらせてる。

そんなことじゃ怒んないから、心配しないで大丈夫だよ?

お酒なんて、個人の好みなんだしさ。


「キミくらいの年齢だと、麦酒じゃジュースみたいなものだろう。

できればこっちも広く流通させたいところなんだけど、これもまだ試作品で完成に至ってないんだよね。

本当の完成品ができるのにはあと10年くらいかな。

それまで何としても生きててくれよ?」


「まさしく、まさしく!

ああ、この酒の完成度でまだ満足しておらぬのですなぁ……。

まさに匠。まさに求道者。

儂もまだ若造ということでしょう!

いやあ、最近は老け込んでいましたが、意識を改めねばなりませんな。

よし、儂は必ず100まで生きて見せましょうぞ!

何、この歳まで一度も大きな病すらないのです!

10年は確実!その頃には引退して、リヴェリナに赴くのも悪くない。

直接こいつの完成品を飲みに行きましょうかね!」


「おお、いいね。

なんならそこで10年学んでアリヴィエでも酒造りしてみたらどうだい?」


「ぐははは!なんと夢の広がる話ですか!

海に生きて60年!そんなおいぼれが酒造りですと!?

楽しい!あなたの描く人生は本当に楽しいですなぁ!」


彼は心底楽しそうに笑って酒を呷る。

実に旨そうに飲んでくれると、やはり造った身からしてもうれしいものだ。

この瞬間を見るために造ってるまである。

……自分で飲みたいだけじゃないかって?

楽しみにしてることが1つだけだなんて、誰が決めたんだい?

 

「……あと10年は死ねない理由ができてしまったこと。

そんな夢を抱かせてしまった賢者殿。

儂に何を聞きたいのですかな?」


「麦の賢者が知るのは麦のこと。ならば、海の賢者には何を聞く?」


「よしてくだされ。所詮、この海60年の若造。

広い世界を見てきた貴方と同じ賢者は名乗るのはおこがましいというもの。」


「ならば、アリヴィエの海の漢に聞くよ。この海はどんな海だい?」


「時に苛烈な牙を剥くこともありますが、基本的には穏やかな海ですぞ。

年間を通して大きく漁獲が変動することもあまりないですな。」


「ほう。じゃあ、種類は?季節でとれる海産物は変わりやすいかい?」


「沖にでれば変わりますが、沿岸部の魚は一年を通して同じような魚が獲れますな。

そうそう、他所からきた漁師が言うには、アリヴィエの海はとても綺麗だと言っておりましたな。

儂はこの辺りでしか漁をしたことがありませんので、他のところについてはよく知りませんがの。」


ほう、それはいいことを聞いた。


「海が綺麗というのは?」


「なんでも、透明で澄んでいるとのことでしたな。

地元の海が褒められているとあって、その言葉が忘れられませんでなぁ……。

賢者殿も是非、釣りを嗜んでみませんか?

港近くに崖がありまして、そこから糸を垂らすと面白いように釣れるのです。」


「そうなのかい?

じゃあ、もしよかったら3日後にでも連れてってくれないかい?

明日と明後日は違う人と約束があってね。」


「もちろん、かまいませんぞ!

その日の漁はお休みにしておきましょう!

いやあ、楽しみが増えますな!」


彼はそう笑って握手を求めてきた。

僕も笑顔で握り返すが、ミルシャさんは苦笑いを隠せない。

メモのページをいくつか戻して、斜線を引く音がする。

……これ、もしかして僕が知らない、もしくは忘れてる先約あったな?


「しかし、聞きたいことはこれだけですかな?

先ほどのお酒に見合った情報とは思えんのだが……。」


「いや、十分。

普段の海や獲れるもの。年間の様子。

これをもっとも現場で長く働いているベテランに聞く。

これこそ求めてた情報なんだ。

この情報の価値はその酒を振る舞って正解と思えるくらいに重要だ。」


「ふむ。まあ喜んでもらえて光栄ではありますが、儂としてはやはりこの情報だけでは見返りとして少なすぎる。

よし、では今日揚がった大物を捌くとしましょうか!生はいけますかな?」


「いいね!生はこの辺りでしか食べることができないだろう?」


「流石、通ですな!

生を塩とリモーナの絞り汁で食べるのが一番旨い食い方です!

軽くあぶっても最高ですな!」


「せっかくだからごちそうになっていこうか、ミルシャさん?」


「……もう、わかってますよ。

ごちそうになっていきましょう。

でも、食べたら次の待ち合わせがあることをお忘れなく!」


「なんじゃ、ミルシャ。

この後は貝拾いとの約束じゃろ?あいつからも聞いてるぞ。

どうせならここに呼べばいい。うむ、それがいい!

儂からいい魚食わせてやるからこっちで話せとつたえてやるわ。

……おーい、テツガ!」


「なんすかー?――……呼んだっすか?オヤジさん。」


奥からこれまたガタイのいいお兄ちゃんがでて、けだるげに応える。


「貝拾いの嬢ちゃんを呼んできてくれ。

来たらタダで朝獲れの大物食わしてやるからと伝えな。」


「へーい。もしかして、あのでっかい奴っすか?」


「もちろんだ!……大丈夫だ、お前にも食わせてやるわ!」


「そうこなっくっちゃ!ちなみに……」


「酒は分けん。10年早いわ!さっさといかんかい!」


「チクショー!酒の事、姐さんに言いつけてやる!」


「あっ!てめえ!待てや!」


「待たねえっすよ!じゃ、いってきまーす!」


そういって、テツガと呼ばれた青年は騒がしく去っていった。


「あの野郎、帰ってきたら承知しねえからな……。」


「まあ、そう怒らないで。」


「しかし、酒をたかられて取り分が少なくなっちまうのはなぁ……。」


「大丈夫だよ。ね?ミルシャくん?」


「……はい、ナートさんのお土産もありますから。」


そういって彼女はもう一本薫滴酒エルノートを取り出した。


「……ちなみにそれを黙って儂に譲ってくれる可能性は?」


「ナートさん?という方がお気に召さなかったらそのまま譲ってあげてもいいけど?」


「あ、その場合、私も欲しいです。」


「ミルシャ!?てめえなら別にチャンスあるだろ!?

というか、もう何度も飲んだだろ!?」


「飲ませてもらってないですよ!

というか、こんなお酒があることはさっき初めて知ったばかりです!

このお酒についてはあとでお話がありますからね、アルトゥス様!」


「げっ。マジですか?」


「大マジです!!

なんでこのお酒について事前に情報共有してくれないんですか!?

これ、リヴェリナ全土の麦酒が品質の関係上輸入できない我が国にとって、品質保持したまま仕入れることができるかもしれないっていうとんでもないお酒ですよ!?

わかっているんですか!?」


まずい、ミルシャさんに火がついてしまった。

この後、貝拾いのお嬢さんと呼ばれたナートさんが訪れるまで、僕は説教されることになった。

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