季節外れのリースと邪神様と

青王我

第1話:正しい作法に則った儀式

 呼び鈴が鳴った。

 こんな夜更けに誰だろうか。宅配のたぐいは全部届いているし、お一人様のアパート住まいでは隣人の訪問という線もないだろう。まさかこんな時間に営業や勧誘が来るはずもない。

 読んでいた本にしおりを挟むと、僕は仕方なく立ち上がった。なにしろインターホンなどという文明の利器はこのアパートには存在せず、用を聞くなら玄関口に立たなければならないのだ。

 消灯した玄関の廊下を歩いていくが、廊下はうず高く積まれた段ボール箱で狭苦しい。十を超える箱に詰め込まれているのが何かといえば、カボチャだ。親戚の農家が季節折々の、自慢の作物を送ってくれるのだ。それは自慢にそぐう素晴らしい出来の作物なのだが、なにぶん量が多かった。保存の利く作物ばかりなのは幸いだが、毎日カボチャばかり食べていると僕までカボチャになったような気がしてくる。


「まあ、好きだからいいんだけどね」


 身の丈ほども積まれた段ボール箱をぽすんと叩き、独り言を呟いた。

 段ボール箱の壁を掻き分けて進んでいくと、開けた空間が現れる。玄関口だ。お手洗いに隣接しているので、開けていてくれないと扉が開けられないのだ。

 僕は玄関の覗き穴に掛けられた金属製の蓋を静かにずらし、外を覗き見た。察しのいい営業なんかだと覗き穴から漏れる光の変化に気付いて声をかけてくるのだが、暗い廊下と背後の段ボール箱の壁がその変化を最小にしてくれる。

 果たしてアパートの廊下を覗き込んだ僕だったが、目に付く人影はどこにもなかった。耳を澄ませてみても、隣室の物音すら聞こえない。ドアを順繰りに叩くタイプではないことはこれで明らかだが、だとすると置き配だろうか。どうにも腑に落ちないが、念の為、扉を開けて外を窺うことにした。


「トリックオアトリート」


 扉を開けた僕に、子供の声が掛けられた。子供としては少し低めの声質だが、性分化する前の中性的な声のため、男の子とも女の子とも判別できない。

 視線を下げると小学生に上がりたてのような、小さな子供が玄関前に立っていることが分かった。その子供は何かの仮装のつもりなのか、目の粗い麻製の貫頭衣に荒縄、蔓草をあしらった髪飾りに木製の靴という、妙に古風な格好をしていた。


「ええと、ハッピーハロウィン。こんな時間にどうしたんだい?」

「召喚の儀に応じて参じたのだ。供物を捧げる栄誉を授けよう」


 玄関前で仁王立ちしたその子は、僕の顔を見上げながら、すらすらと口上を述べる。演技掛かった台詞でありつつも流暢な喋り口は、とてもその年頃の子供とは思えない。一端の子役俳優でも、いや大人でもこうまで泰然とした様子は演じられないだろう。

 とはいえ、子供は子供だ。きっと何かの作品の受け売りなのだろう。そう考えた僕は、努めて合わせるように振る舞うことにした。


「召喚の儀ですか? それはどういったものでしょうか」

「玄関先の花冠を見たぞ。今どき、正しい作法に則った儀式とは珍しいな」

「花冠……ああ、リースですか」


 何を隠そう、僕の趣味は手芸である。リース作りもそのひとつで、毎年違った趣向で組み上げ、作り終われば玄関先に飾るのだ。リースは、花、葉、枝、つるなどで組み上げられた冠で、大昔は花冠のごとく頭にかぶっていたらしい。いつしか壁飾りやドア飾りとして用いられるようになったそれは、もちろん出来合いのものもあるが、材料が手に入るなら自作するのも楽しいものだ。

 そういえば、今年はトネリコ、ハシバミ、サンザシにヤドリギと、枝づくしのシックな土台にしてみたのだった。しなりの良い生木のうちに、折れないように気をつけつつ組み上げていく。そうしてねじれた螺旋のようになった輪っかが出来上がるのだ。土台に飾りを加えるとはいえ、それだけでは味気ないので、ネットから拾ってきたそれっぽい図案を参考に、輪の内側に麻縄で模様を作った。

 生木で作ったリースは乾燥が必要なため、クリスマスにはまだ早いハロウィンの夜ではあるが、土台だけの状態で扉に括り付けてあった。眼下に立つ子供はその土台だけのリースを見て、微笑んでいる。


「いま丁度お菓子を切らしていまして……自作の乾燥カボチャチップならたくさんあるんですが、イイですか?」

「イイと思うか?」


 リースから目線を外して僕を見たその子は、初めて歯を見せて笑った。耳元まで裂けるような獰猛な笑みをするその子の歯は、ノコギリのようにギザギザしていた。

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