第二十八話:安息のユニゾン、愛が紡ぐオーケストラ

 ヒカルが目覚めたのは、テラとルーナの光と土の魔力に包まれた、安らぎに満ちた夜明けだった。シエルとアウラによる論理的な隔離は解除され、彼はようやく五龍姫全員と、個人としての愛に向き合うことができた。


 ヒカルが寝台の上でゆっくりと目を開けると、まず感じたのは、二つの全く異なる、しかし極めて温かい魔力の波動だった。


 一人は、磐石の守護龍テラ。彼女は彼の足元に、優しくも重厚な土の魔力で編まれた毛布をかけ、まるで大地が生命を育むように、ヒカルの肉体の消耗を補っていた。


あるじ。よくお休みになられましたか?」


 テラは、いつもの古風な微笑みを浮かべながら、ヒカルの額に自作の薬草入り湿布を当て直した。その手つきは、まさに母の献身そのものだった。


「わたくしの愛の形は、命の根幹を守ること。ルーナ姉さまの精神的な支えも重要ですが、最終的に王の体を守るのは、このテラの物理的な献身です」


 テラは、ルーナを牽制するように、ヒカルの頬にそっと口づけをした。そのキスは、愛の競争でありながら、「貴方の生命を預かる」という誓いでもあった。


 もう一人は、純白の調和聖女ルーナ。彼女はヒカルの胸元にそっと寄り添い、プラチナブロンドの髪から淡い光の魔力を放っていた。それは、ヒカルの精神的な疲弊と孤独をそっと癒やし、魂を調律する静謐な光だった。


「ヒカル様。テラ姉さまの献身も素晴らしいですが、魂の安息を独占できるのは、このルーナだけです。私だけが、貴方の心の楽譜を調和させることができますから」


 ルーナもまた、ヒカルの唇に、静かで穏やかな儀式としてのキスを贈った。


 二人は、ヒカルの肉体と精神という、生命の二大要素をそれぞれ独占し、安息という名の愛の競争を静かに繰り広げていた。ヒカルは、二人の純粋な献身に心を打たれた。


「テラ、ルーナ…………ありがとう。お前たちのおかげで、本当に魂の底から回復した」


 ルーナはヒカルの頬を撫でた。


「ヒカル様、貴方は初めて会った時より、顔が痩せました。この半年間、どれほどの重責を負われたのでしょう」


 ヒカルは、テラの優しさとルーナの穏やかさに、これまで感じたことのない本気の愛おしさを覚えた。それは、軍事的な義務や生存戦略とは全く関係のない、個人としての純粋な愛情だった。


(俺は、彼女たちの純粋な愛と優しさに、心から応えたい。これはもう、王の義務ではない。俺の本心だ)


 ◇◆◇◆◇


 その時、疾風の遊撃竜姫セフィラが、軽装なミニスカート姿のまま、窓を突き破る勢いで部屋に飛び込んできた。補佐竜のゼファーが慌てて後を追っている。


「団長、やっと目覚めた! 重い姫たちが王の体を固めている間に、私は団長の心を連れ出すよ! 最高のリフレッシュは、最高の冒険だ!」


 セフィラは、テラとルーナの間に割って入り、ヒカルの顔を覗き込んだ。


「ねぇ、団長ヒカル。私だけが、ヒカル様を王の重圧から解放できる! 最高の自由は、最高の愛情を許すこと。さあ、重い王の義務を捨てて、団長としての自由な時間を私に独占させて!」


 ゼファーが、理性的な声でセフィラを制する。


「セフィラ様、お待ちください。王の体調は回復しましたが、単独での自由行動は戦略的リスクが高すぎます。ですが、セフィラ様の『心身のリフレッシュ』という提案は、長期的な軍務遂行において論理的に必要不可欠です。王、セフィラ様の自由という名の独占を、軍務の一環として受け入れるべきです」


 ヒカルは、テラの献身、ルーナの調和、そしてセフィラの自由という、三つの異なる愛の形が、それぞれ自身の心身の全てを求めていることを改めて痛感した。


「分かった、セフィラ。だが、冒険は後にしよう」


 ヒカルは寝台から身を起こし、その場で瞑想に入った。彼は、これまで受けてきた六龍姫と六天将からの愛のベクトルと、ユニゾンブレスの音楽的イメージを、頭の中で統合し始めた。


 そして、ヒカルは静かに目を開け、その表情には疲労や恐怖はなく、五人の愛に裏打ちされた絶対的な自信が満ち溢れていた。


「テラ、ルーナ、セフィラ。そしてゼファー。お前たちの愛の形が、俺の最終戦略になった」


 ヒカルは立ち上がり、彼女たち一人ひとりの目を見つめた。


「俺は、お前たち十竜を、世界を創造するオーケストラの楽譜として完成させた。もう単なる軍事力ではない。お前たちの愛の調和こそが、究極のユニゾンブレスの楽譜だ」


 ヒカルはまず、この場にいない炎と水の姫たちの役割を語り始めた。


「まず、炎のレヴィアとフレア。彼らは、このオーケストラの主旋律だ。トランペットやトロンボーンのように、激しい激情と力強いファンファーレで、戦場全体を支配する。お前たちの独占的な愛は、全てを燃やし尽くす攻撃的な音色となる」


 セフィラが口笛を吹く。


「へぇ! 一番目立つパートだね、レヴィアらしい!」


 ヒカルは頷き、アクアに言及した。


「そして、水の竜姫アクアとシエル。お前たちは、クラリネットやサックスだ。レヴィアの主旋律に知的な対旋律を加え、戦術的なハーモニーを構築する。お前たちの理性的な愛は、激しさの中に秩序を生む洗練された音色となる」


「洗練された音色……」


 ルーナが静かに呟いた。


「それは、精神的な調和とは異なる、戦術的な調律ですね」


 テラが真剣な表情で問い返す。


「わらわは? 土のテラは、そのオーケストラでどのような役割を?」

「テラ、お前とガイアは、チェロやコントラバスだ。大地のような重低音で、全ての旋律を支える基盤。お前たちの献身的な愛と防御力こそが、軍団の揺るぎないリズムとなる」


 テラは満足そうに微笑んだ。


「基盤ですか。わたくしの愛の根幹そのものです。あるじ、わたくしは貴方の最も安定した音色となりましょう」


 次にルーナが、光に満ちた瞳で尋ねる。


「ヒカル様。では、私の調和の光は?」

「ルーナ、お前とアウラは、ヴィオラとホルン。和声の調律を司るパートだ。レヴィアたちの激しい旋律が暴走しないよう、精神的な安定という名の静かな愛で全てを包み込み、美しい響きへと昇華させる」


「調和と精神的安定。ふふ、王の魂の楽譜を独占できるのは、やはり私だけですね」


 ルーナは、静かに勝利を宣言した。


 最後にセフィラが、目を輝かせてヒカルの前に躍り出た。


「じゃあ、私とゼファーは!? 風の自由は、何の音色になるの!?」

「セフィラ、お前とゼファーは、第一ヴァイオリンとフルートだ。高速の主旋律を奏で、楽譜の隅々まで駆け抜ける自由な音色。お前たちの遊び心と奇襲の速さが、このオーケストラの輝かしい個性となる」

「やった! 主旋律を飾るパート! でも、一番大事なのは、指揮者である団長ヒカルを、私が独占すること! 最高の自由な演奏を、最高の指揮者に捧げるよ!」


 ゼファーが理性的に補足する。


「セフィラ様の高速奇襲は、戦闘における転調キーチェンジであり、このオーケストラ構想の唯一無二の戦術であることを、このゼファーが論理的に保証します」


 ヒカルは、全員の愛と役割が一つに結びついたことを確信した。


「五龍姫の愛の調和こそが、究極のユニゾンブレスの楽譜だ。俺がその楽譜を完璧に指揮すれば、愛は世界を創造する。そのためには、まず霧幻の策士ミスト・マキナという不協和音を排除しなければならない」


 盟約軍の全軍の準備は、ヒカルが倒れている間に整えられていた。霧幻の策士ミスト・マキナとの決戦に向け、王の感情と軍の戦略は、今、完璧に調和した。


 いよいよ敵を撃ち倒す時だ!


【第29話へ続く】


◆◇◆◇◆

後書き


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全200話の異世界成り上がりファンタジーです。六人の竜姫とともに世界を統べる天才軍師の建国戦記。


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