第二十四話:長姉ヴァルキリアと、五人の激情

 純白の調和聖女ルーナの加入と、テラ、ルーナの「献身ユニゾン」の可能性が提示され、盟約軍は束の間の静けさに包まれていた。しかし、この静けさは、次なる巨大な感情の嵐の前触れに過ぎなかった。


 季節が一つ巡り、戦況は泥沼と化していた。

 この数か月大規模な戦闘は行われず、双方の小競り合いが続いていた。

 さらに、梅雨の湿気は、戦場での士気を大きく低下させた。長期戦は、単なる兵力だけでなく、天候との戦いでもあった。


 定例幹部会議が開かれ、話題は必然的に六龍姫の長女、闇の王女ヴァルキリアの話題へと移った。彼女が古王最大の軍事力を率いる裏切り者であるという事実は、ヒカルの心に常に重くのしかかっていた。


「ヴァルキリア姉さまの戦力は、単独で竜約900体。これはテラの軍団をも上回る、古王軍の最強の矛です」


 蒼玉の理性竜姫アクアが、ヴァルキリアが率いる戦力の詳細を報告した。


「敵の総戦力は4,000体。わたくしたち盟約軍の1,200体に対し、単純な戦力差は3倍以上。そのうち、長姉のヴァルキリアが900体を支配しているという事実は…………」


 アクアの言葉は、それ以上続かなかった。その場にいる全員が、ヴァルキリアの存在が最大の脅威であることを理解していた。


「…………裏切り者、と断言するのか?」


 ヒカルの問いかけは、希望を求めるような響きを帯びていた。


 その言葉に、紅蓮の激情竜姫レヴィアが、燃えるような感情を露わにした。


「当然よ、夫! 姉さまは、わたしたちの父である先代の王を殺した古王に加担し、あまつさえその古王最大の戦力を率いている! それが裏切りでなくて、何だというの!?」


 レヴィアの炎の魔力が、会議室の空気を熱で歪ませる。


 磐石の守護龍テラが、いつもよりも低い声で同意した。


「わたくしたちの家族、そして王家の誇りを、彼女は自ら踏みにじりました。彼女は裏切り者です。そして、わたしたちがヒカル様を王として擁立したからには、長姉である彼女こそが、王位継承における最大の障害となります」


 テラは、「献身」という愛の裏側にある「王家への強固な義務」を垣間見せた。


 純白の調和聖女ルーナもまた、静謐な悲しみを滲ませた。


「ヴァルキリア姉さまの心の調律は、もうわたしの力でも聴き取れません。おそらく、闇の激情に深く囚われている…………。あの姉さまが、わたしたちの王(ヒカル様)と敵対する限り、彼女は、光を拒絶した裏切り者です」


 ここで、風の竜姫セフィラが、突然身を乗り出した。


「ふぅん。ねぇ、団長(ヒカル)。長姉はたしかに強くて速いけど、心が闇に囚われているから自由じゃないんだよ。裏切りとか、王族の義務とか、そんな重い正義なんてどうでもいい。ただ、団長(ヒカル)の自由を制限する不自由な強さ、つまり俺の愛を奪う存在が許せないだけ! 私たちの最高の冒険を邪魔する女は、ぶっ飛ばすべきだ!」


 五龍姫の、長姉に対する激情、理性、献身、自由、そして調律という五つの異なる感情が、ヒカルに向かって一斉に突き刺さる。


「……長女でありながら、王族の責務も、妹たちとの絆も捨て去った、裏切り者…………」


 ヒカルは、竜姫たちが共有する激しい感情の奔流に、初めて純粋な恐怖を覚えた。


(この五人が、これほどまでに激しい憎悪と家族愛の裏返しを、たった一人の長姉に向けている…………。俺は、この五つの激情を一つに束ね、彼女と戦わなければならないのか? 俺の絆の力は、この感情の奔流を制御できるのか…………?)


 ◇◆◇◆◇


 ヒカルが恐怖を覚える中、深海の戦術師シエルが静かに状況を整理した。


「王よ。ヴァルキリアの裏切り、すなわち感情の乱れは、古王の戦略的な弱点でもあります。長姉が完全に古王に服従しているわけではないからです」


 風の機動将ゼファーが、理知的に分析を加える。


「我々の勝機は、ヴァルキリアの闇の軍団を打ち破ることにではなく、ヒカル様が正当な王として認められることにあります。ヴァルキリアの背後にある900体の竜、そしていまだ態度を決めかねている中立の竜約4,800体の支持を得る。これが、われわれの唯一の道です」


 シエルとゼファーは、ヒカルの「王としての正当性」が、竜族全体の政治的な力学を動かす最高の戦略兵器であることを強調した。


「では、最初の攻撃目標はどこにする?」


 ヒカルは、恐怖を押し殺して尋ねた。


「ヴァルキリアの部隊か? それとも古王直属の別の部隊か?」


 蒼玉の理性竜姫アクアが、すぐに答えた。


「ヴァルキリア軍との直接衝突は、現段階では避けるべきです。兵力差と、感情的な消耗のリスクが高すぎます。目標は、古王軍の残りの3,100体を束ねる五将軍のうち、『霧幻の策士ミスト・マキナ (水)』の軍団を叩くべきでしょう」


 テラが頷いた。


「霧幻の策士ミスト・マキナは、古王の『情報と謀略』を担う将軍です。彼女を撃破すれば、古王軍の統制と指揮系統が大幅に低下し、中立勢力への情報操作を止めることができる。これは、感情的な結びつきが薄い彼を叩くことで、政治的な優位を得る戦略でもあります」


 レヴィアが血に飢えた目で進言した。


「よし! 炎水連携で一気に叩くわ! ユニゾンブレスを使えば、一瞬で勝利よ!」

「ま、待ってください、レヴィア姉さま!」


 ルーナが静かに制した。


「ユニゾンブレスは、五龍姫の究極の力であり、『王の正当性』を証明する切り札として温存すべきです。最初から全力を見せれば、中立勢力はむしろ恐怖し、古王側への傾倒を強めます」


 シエルがルーナの意見を支持し、戦略を具体化した。


「ルーナ様の言う通りです。我々の戦術は、『ユニゾンブレス』に頼らない『五龍姫の総合戦術』をもって、敵を完膚なきまでに叩くことです。具体的な戦術案はこれです」


 シエルは、巨大な地図を広げ、各部隊の配置を指示した。


 炎と水(レヴィア&アクア): レヴィア軍とアクア軍による炎水ユニゾン(超高圧水蒸気)を、霧幻の策士ミスト・マキナ軍団の中央突破に使用し、敵の指揮系統を短時間で麻痺させる。


 風(セフィラ): ゼファー指揮のもと、セフィラ軍は敵本隊への攻撃は避け、敵の情報伝達網と後方撹乱を高速奇襲戦によって徹底的に破壊し、戦場の孤立化を図る。


 土と光(テラ&ルーナ): テラ軍とルーナ軍は、戦闘には参加せず、盟約軍の拠点防衛と、前線から戻った部隊への『光土リジェネ』ユニゾンによる即時回復を担当し、継戦能力の無限化を保証する。


「リスクは、レヴィア姉さまの激情による独断専行と、霧幻の策士ミスト・マキナの心理戦によって、アクア様の理性が崩される可能性です」

「そ、そんなことないわよ!!」


 アクアが、冷静にリスクを指摘した。レヴィアの体温が一気に上がったのがわかった。


「わかっているな、レヴィア、絶対に独断行動は許さない。テラ、ルーナ、お前たちの防御と再生がこの戦いの鍵だ。セフィラ、最高の偵察と撹乱を頼む。そして、アクア、シエル。この作戦の全てを、俺が責任を持って統率する」


 ヒカルは、五龍姫と副官たちの視線を正面から受け止め、王としての決意を宣言した。


 こうして、盟約軍の古王軍との決戦に向けた、第一歩が踏み出されたのだった。


【第25話へ続く】


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