第6話「戦う理由、赦す理由」
【マキ視点】
ドアベルがチリンと鳴ると、玄関から顔を出したフミヤの目がまんまるくなった。
「……マキ?」
「よっ、久しぶり~。っていうのも変か。あたしがここ来るの初めてだもんね」
笑ってごまかそうとしたけど、目の前に立っている彼を見て、胸の奥がきゅっと痛んだ。思ってたより、ずっと細くて、顔色も悪くて――あたしたちがやったことの重みが、ずっしりと肩にのしかかってきた。
「今日はさ、ちゃんと話をしに来たの。真面目に、ね」
フミヤは戸惑いながらも、玄関に招いてくれた。ソファに座ってもなお、あたしの手は汗でぐっしょり濡れてた。こんな緊張、初めてだったかもしれない。
「ごめんなさい。ほんとに……あたし、最低だった」
そう言って、頭を下げた。
沈黙が、長かった。
でも、それでも――
「マキさんが謝りに来てくれたこと、本当に嬉しいです」
柔らかくて、どこか儚い声だった。フミヤの瞳は、あたしをちゃんと見てた。赦してくれるって、簡単に言われるよりも、その目の方がずっと苦しかった。
「だから……責任、取るよ。……身体で」
「えっ⁉ ちょっ、ちょっと待ってください⁉」
「いやいや、別に変な意味じゃなくて! 違う違う、そういう意味じゃ……!」
全力で手を振るあたしに、フミヤが目を逸らしながら呟いた。
「……あの、“身体使う”覚悟があるなら、僕にじゃなくて、マツリのために使ってくれる方が、嬉しいです」
「あ……そっか。うん、そうだよね……」
ちょっと顔が熱くなった。やっば……あたし、何しに来たんだっけ。
「マツリのために、身体張るってんなら……喜んで、やるよ。あいつの全部を受け止めてやりたいって、やっと思えたからさ」
フミヤはふっと笑った。
「ありがとうございます。マツリ、ああ見えて、本当はすごく怖がりなんです」
あたしも、笑い返した。
「知ってるよ。あいつの涙、見たばっかりだから」
***
【ミサキ視点】
「うぅぅ……もうダメ……私、マツリのこと思い出すたびに、お腹がっ……お腹がぁ……っ」
泣きじゃくるカレンを抱きしめながら、わたくしはなんとか背中を撫で続けていました。三日三晩寝込み、点滴まで打ったという話を聞いたときは、さすがに同情を禁じ得ませんでしたの。
「カレンさん、大丈夫ですわよ。マツリさんも、もうあなたを――」
「いた」
その声に、二人で同時に振り向きました。
マツリさんが、拳を握りしめながらこちらに立っていました。表情は……複雑でした。
「……ひとつだけ、聞きたい。カレン、本当に……兄と、そういうことをしたの……?」
一瞬で空気が凍りつきました。
しかしカレンは、沈黙の後、小さく呟きました。
「……嘘、だった。あたし、言い返す言葉が思いつかなくて……ミサキが、セリフ考えてくれたの」
「えっ!?」
「えっ、えっと、ちが、ちがいますわっ!? わたくしはただ、あのとき……こ、こういう“言葉責め”が有効だと、つい、ええ、その……っ」
わたくしはテンパりすぎて、訳のわからないことを口走っていました。
「な、なにをおっしゃいますの!? わたくしはそういう知識など、ほとんどありませんのに……っ、はしたない言葉など一切……じ、自分で言っておいて、は、恥ずかし……っ!」
マツリさんが、明らかに引いていました。
「……あんた、そういうキャラだったんだ……」
「ち、違いますわああああああっ!」
すると、不意に背後からクスッという笑い声が。
振り返ると、リングのそばに立っていたユリカさんが、肩を震わせていました。
「……ごめん。ふふ、なんか、ちょっと面白くてな」
普段は氷のように冷静な彼女が、珍しく笑っているのを見て、場の空気がふっと柔らかくなりました。
ユリカさんは歩み寄ってきて、マツリさんの前に立ちました。
「マツリ。あんた、もう十分一人前だよ。強くなった」
マツリさんの目が見開かれました。
「……じゃあ……」
「やるよ。正式に。次の公式スパー。リングの上で、決着つけよう」
その瞬間、あの子の目が、静かに燃えた。
いよいよ、すべての始まりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます