振り返る人生
鈴島 優
過去を変える男
深く息を吐きながら背もたれに体重をかけた時、ふっと古い記憶が脳裏をかすめた。
私がまだ二十代だったころ、当時つき合っていた彼女の紹介で出会ったある男がいた。顔も名前も思い出せないが、彼が言った言葉は覚えている。
僕は過去を変えることができるんだ。
普通は嘘か冗談かと思うだろう。だが、当時の私はこういう手合いの話が好きだった。
その男曰く、夢の中で過去を追体験し、その時にとった行動が現実に反映されるといったものだった。そして、彼は始めて過去を変えた時のことを語りだした。
きっかけは些細なことだったといっていた。中学生の時、教科書を忘れた男はその晩、鞄を準備する夢を見た。その中で彼は忘れた教科書を手に取り鞄の中へと入れた。次の日、妙な夢を見たと思った男は、先生の忘れ物のチェック表を覗くと、昨日の印が消えていた。それで彼は理解したと言った。自分の力を。
それから彼は色々な実験をしたと言っていた。例えば好きな異性がいる友人を奮い立たせて告白させ付き合わせる。一方、夢の中ではその告白を制止する。翌日、二人は付き合っていなかったが、数日後に男の知らないところで付き合っていた。
今度は、現実と夢に時間差がある実験をした。小学生の時にできた虫歯をできなかったことにする実験だ。夢の中で小学生の自分に戻り、入念に歯を磨いていく。これを十五日つづけた日の朝、歯の詰め物がなくなっていた。そして、かかりつけの歯科医院にいつものように行くと「初診ですね」と言われ、財布に入っていた診察券も消えていた。これは高校生の時だと言っていた。
まだ若かった私は何の疑いもなく、真剣に男の話を聞いていた。彼はそんな私を唐突に嘲笑った。こんな話を信じるのか、と。私はきょとんとして男の顔を見た。私を指さして、体を反らせながら笑っていた。
ようやく落ちついて、私は全て嘘だったのか、と尋ねた。すると彼は真顔になり「本当」と言った。そして、話を信じてくれたお礼に君で実験してあげるよといい、去っていった。
それから彼とは会うことはなく、当時の彼女とも半年ほどで別れた。
私は今まで彼のことをすっかり忘れていた。いや、むしろ最初から知らなかった人物のようだった。だが、今こうして彼の記憶があり、思い出している。これが彼の言っていた実験だったのだろうか。
私にそれを確かめる術はない。
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