第23話

 俺が呟いたその名前に、抜け殻を見上げるレジーニが目を細めた。

「ラーゲ? それがこいつの名前か? あんた知ってたんだ」

「ああ、知っている。こいつだけは、忘れたくても忘れられない」

 片手が自然と、背中のホルダーに収まる〈スティングリング〉に触れていた。

「俺が裏墜ちした理由だ」

 俺はそれだけしか言わず、詳しい説明をしなかった。話したくないのではない。話す意味がないからだ。ラーゲに関わるどんな理由があって俺が裏墜ちしたのかなど、今ここでレジーニに打ち明ける必要性はない。それよりも、どこかをうろついているであろうこの抜け殻の主を、一刻も早くどうにかする方が先決だ。

 俺は来た方向を振り返る。

「反対側はどうなっているんだろう」

 昨晩のレジーニの目撃談からすると、この旧三号トンネルの中から、蠢く影――すなわちラーゲが這い出ていったと考えられる。奴に限らず、大抵のメメントは夜行性だ。真夜中に活動していたラーゲが、夜明け前にここに戻ってきている可能性がある。 

 つまり、今この時、トンネルの反対方面に、奴が息を潜めているかもしれないのだ。

「あっち側は途中まで見てきた」

 と、レジーニ。

「思ったより長く続いてる。あとで調べてみたけど、地下バイパスに繋がる手前で工事は止まってるらしい。だから結局行き止まりだ」

「なら、いるかもしれないな」

 俺は背中に腕を回し、〈スティングリング〉のグリップを握る。

「大物相手にするって分かってたら、もうちょっとましなもの食べてくればよかったな」

 レジーニは軽く舌打ちして軽口を叩き、〈ブリゼバルトゥ〉を肩に担ぎ上げた。

「腹が減っているのか?」

「シリアルしか食べてない」

 シリアルにはたしかに栄養素がふんだんに含まれているが、二十代の若者の食事がそれだけでは、胃が寂しいに決まっている。

「終わったら何か食べるか」

「肉食わせろ。あんたの奢りで」

 レジーニの口の端に、皮肉めいたものながらも、笑みが浮かんだ。

「肉か。分かった、何でも奢るよ。夕べの詫びだ」

 軽い言葉を交わすだけで、重くなりそうだった気分が、少し軽くなった気がした。

 一人ではないという状況が、隣に誰かがいるということがどれだけ心強いことなのか、今ならよく分かる。

 ずっと一人で〈異法者ペイガン〉としてやってきたが、レジーニと一時的にでも共に活動する間に、彼が隣にいることが、当たり前のように思えてきていた。

 それも、もうじき終わる。

 

 

 俺とレジーニは、それぞれの得物を掲げ、反対側のトンネルに向かうため、来た道を戻った。

 ハンディライトだけが頼りの暗い孔の中を進んでいくと、明るい光が、筒のように射し込んでいる場所にたどり着いた。ここに降りるために使った昇降口まで戻ってきたのだ。

 梯子の側を通り過ぎようとした時だ、外から妙な気配を感じた。俺はとっさにレジーニを見やる。レジーニも俺を見ていた。

 外に、人の気配がする。

 俺たちは顔を見合わせた。共に行動したのは三ヶ月弱という期間だが、レジーニとはアイコンタクトを取れるまでにはなっている。


(昇るぞ)


 目を動かしてそう伝えると、レジーニは〈ブリゼバルトゥ〉の具象装置フェノミネイターを起動させるための発動器イグニッショナーに指をかけた。人間相手にクロセストを使用するのはためらわれるが、威嚇としての効果は大きいだろう。

 俺は〈スティングリング〉をホルダーに収め、静かに梯子を昇った。

 音を立てずに昇り、慎重に外の様子を覗く。

 昇降口の周辺を、複数の人間が取り囲んでいた。

 ざっと見た限り、五、六人はいる。服装や背格好はバラバラだが、年齢層は全員二十代の男と思われた。

 こいつらは何者だ。

「出てこいテメーら」

 男の一人が、ざらついた声を張り上げた。

「モグラみてーにコソコソしてんじゃねーぞ。二人いるのは分かってんだ、出てこいっつってんだよ!」

 俺は下から昇ってきているレジーニを見下ろした。レジーニは、鬱陶しそうに半眼になっていて、小さく舌打ちした。

 どうやらどこかのチンピラ集団のようだ。俺たちがここに入っていくのを、遠巻きに見ていたのだろう。何の用だか知らないが、今は彼らに丁寧な応対をする暇はない。

 チンピラのうち二人が、その手に銃を握っている。構え方は素人に毛が生えた程度だ。ギャング映画か漫画の悪役を真似て、格好つけているようにしか見えなかった。それでも、凶器に変わりはない。

 俺が梯子を昇りきると、レジーニも続いた。地上に立った俺たちに、リーダーらしき男が言う。

「手を上げろ。武器は預かるぜ」

 俺とレジーニは、男の指示に従った。すると二人の男が近づいてきて、俺たちの得物を取り上げる。

「うひょう、何だこれ。こいつらアニメみてーな武器持ってやがる」

〈ブリゼバルトゥ〉を持ち上げた男が、へらへらと笑った。即座にレジーニが、武器を取り返そうと動いたが、俺はアイコンタクトで止めた。


(待て。チャンスを見計らえ)


 見た限り、場数を踏んだ猛者もさたちとは思えない。この程度の相手ならば、力の差を振りかざすような真似はしなくてもいい。隙を見て軽くあしらい、それから武器を取り返せば済むことだ。しかし、この地下にラーゲの脅威がある以上、あまり悠長にはやっていられないのだが。

 レジーニは歯をむき出して不快感を示したものの、俺の考えを察してくれたようで、暴れるのはこらえてくれた。

 俺たちがおとなしく言うとおりにしていることに気が大きくなったのか、チンピラたちは尊大な態度で、囲む輪を狭めてきた。

「俺たちに何の用だ。君らとは面識はないはずだが」

 見覚えのある顔は一人としていない。名の知れた裏稼業者バックワーカーならばともかく、そのあたりをうろついている不良集団の容姿までは、覚えていられない。

 わざわざ待ち伏せしていたのだから、偶然見つけたカモとして狙ってきたのではなく、明らかに何かの用・・・・があって接触してきたはずだ。

 そのとは、間違いなく不愉快なものだろう。

「ここにいる俺たちとは、はじめましてだ、おっさん」

 勝ち誇った面構えのリーダー格。俺は三十五歳だが、おっさん呼ばわりされるのは抵抗を感じる。

「用があるのは仲間の方だ。そういうわけで、あんたらにはちょっと付き合ってもらう」

「そっちが自分で迎えに来いって言え」

 レジーニは腰に手を当て、苛々と吐き出すように言い返した。あからさまな挑発に、男たちは色めき立つ。リーダー格は比較的冷静で、深呼吸することで自分を落ち着かせたようだ。

「言いたいことは仲間の方に言えよ。ともかく、テメーらにはついてきてもらうぜ」

「嫌だって言ったら?」

 レジーニは強気な姿勢を崩さない。リーダーの男は、せせら笑った。

「その時は、そのおっさんの女に、俺たち全員をもてなして・・・・・もらうのさ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る