014話 let's party 後編

「犬子、ちょっと良いか?」


クラスの女子数名と談笑していた犬子に勇気を出して声を掛ける。

振り向くのは犬子だけで良かったのだが、そうも行かず会話をしていた他の女子もこちらに注目した。

ただ連絡先を聞くだけなのに、そんなに見られたら緊張する。


「何々?どうしたッスか?」


犬子の顔には朝までしてなかったはずの化粧が施されている。

クラスメイトの手に持っている化粧道具を見て察するに、ノーメイクでも可愛いんだから化粧したらもっと可愛いよ的なやり取りがあったのかもな。


にしても、タイミングが悪い。

犬子なんて残念系なはずなのに、心臓の鼓動が早まってしまう。

深く考えるな俺、あくまでも鳳凰院の頼まれ事をやるだけだ。

決して他意はない。


「んー?固まっちゃったッス。変な奴ッスね、天命」

「犬子ちゃん、犬子ちゃん。たぶんね、ゴニョゴニョ」

「なっ!?は、ははぁーん!そ、そうッスか、そうッスか!ウチに見惚れて言葉も出ないッスか!やっぱりクラスの中でも恋愛最弱は天命で決まりッスね」


何を吹き込まれたのか知らないけど、そんなに顔を真っ赤にしながら馬鹿にされてもな。

おかげで緊張もどこかへ飛んでいった。


「毎回毎回顔真っ赤にして茹蛸なのか?」

「こ、これは体質ッス!あーあ、天命がいたいけな女の子の体質馬鹿にしたー!悪い奴ッス、本当に」

「……で、話しなんだけど」

「無視!?まさかの無視!?二つ名に恥じぬ鬼畜ぶりッス!……んで、話しって何すか?わざわざ乙女のトークを遮ったんだから、相当大事な話なんすよね?」


言い出したいけど、すっと言葉が出てこない。

偏に人目が気になってしまうのが原因だ。

恋愛絡みの話しなのではないかと勘繰る視線が向けられている。

強ち間違いではないのだけど、俺の話ではない。

あくまでも鳳凰院の為に連絡先が知りたいだけ。


「ちょっと場所移そう。ここは人多すぎるし」

「え?ここじゃ、ダメッスか?」

「もー、見てるこっちが焦ったいなー。ほら、行っておいで」


会話を聞いていた女子の1人である小戸野おとのの配慮によって、犬子が立ち上がる。

終始ニヤニヤしているのだけが気に食わないけど、助かったのも事実。

ありがとう、小戸野。

今は苗字だけの登場だけど、また良きタイミングで紹介してやるからな。


犬子を連れて、人のいないであろう玄関まで黙って歩く。

なるべく2人で抜けている所を見られないように。

いつもはうるさい犬子も何故かこの時ばかりは静かだ。

それが一層俺の調子を崩す。


リビングと玄関を隔たる扉を開けて、先に犬子を通らせる。

次に俺が入って、パタリと扉を閉じた。

玄関は照明が付いていないので薄暗い。

扉のすりガラスから微かに溢れる光だけが俺達を照らしている。


しばらく続く無言。

我慢出来なくなった俺はようやく口を開いた。


「あのさ……」


声を掛けると犬子が固唾を飲むのが分かった。


「な、なんすか?こんな暗闇に超絶美少女を呼び出すなんて、天命もエッチな狼ッスね」


冗談めかして言ってはいるが、余裕はなさそうだ。

動揺しているのが手に取るように分かる。


「犬子に話しというか、頼みがあるんだけど」

「頼み?ハァッ!!!まさか!」

「先に言っておくけど、エッチな事じゃないぞ」

「心を読まれた!?でも、そうじゃないとしたら、何の頼みッスか?ウチに出来ることってそんなに多くないッスよ?」

「いや、沢山あるだろ!てか、そんな事頼むと思ってるのか?」

「いやー、天命がというより高校生男子は脳みその90%を性欲に支配されてるって、雑誌に書いてあったッス!」


どこの雑誌だ、そんな事を書いてんのは。

嘘じゃないから、否定しづらいだろうが。


「だから、俺が頼みたいのは……連絡先、教えてくれってこと」


やっと喉の奥につっかえていた言葉が出た。

肩の荷を下ろして、スッキリとした気持ちになるものとばかり思っていたが、そわそわと落ち着かない。

どうしてなのだろうか。

ただ漠然と理由も分からずに、早まる鼓動の音が全身を伝って耳にまで届く。


「なーんだ、そんな事だったんッスか。ちょっと緊張して損しちゃったッスよ。てっきりウチは……」


ん?なんだ?

犬子は何かを言い掛けてやめた。


「てっきりなんだよ。なんだと思ったんだよ」

「そりゃー、……告白とか。いやいや!違うとは思ってたッスけどね!もしかしたら、ウチの美貌に見惚れてそんな事を言い出す可能性も……あるかなーって」

「勘違いさせて悪かった。連絡先も嫌なら教えなくて大丈夫だから」


返事を待たずして、諦めている自分がいる。

変な事を言ってしまったのではないかと思い、恥ずかしさが込み上げてきた。

ここにいると心がざわつく。

逃げ出したい気持ちと共にドアノブを握った。


「嫌じゃないッスよ」


耳をくすぐる優しい声。

爪先で立って目一杯に背伸びをした犬子が囁く。


「おまっ!?今、何やって……」

「シーーッ!するんすよね?秘密の連絡先交換」


ニシシと悪戯に笑った顔が目に焼きつく。

その笑顔を見るとまた胸が痛む。

鳳凰院に渡す為に連絡先を聞いている罪悪感とはまた別の感情。

部屋の温度とは無関係に体温が上がっていくのを止められない。

熱くて、熱くて、熱くて。

溢れでそうな熱気がじわじわと心臓の中で循環している。


俺はまだこの気持ちの名前を知らない。

もっと言えば、まだ知るつもりもない。

知ってしまう事で何かが崩れていく気がするから。

今夜だけは、この初めて味わった名も知らない感情を抱えて眠りたい。

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