聖桜学園の魔王さまは記憶喪失⁉

@llutea

第1話 目覚める記憶、囁く運命

 ──赤い空。

 燃え落ちる城。

 瓦礫の中で、誰かが泣いていた。


『どうか……あなたを、忘れないで』


 その声はあまりにも悲しくて、美しかった。

 けれど俺は、その顔を思い出せない。


 手を伸ばしても、指先は空を掴むだけ。

 光が遠ざかり、闇が飲み込んでいく。


 ──そこで、目が覚めた。



 天城レオン。

 それが、今の俺の名前だ。


 半年前、交通事故で記憶を失い、保護された俺は、なぜか異常な魔力値を持っているらしく、特待生として聖桜学園高校に入学することになった。


 初登校の朝。春の風が少し冷たい。

 学園の坂道を上る途中、角を曲がった瞬間――。


「きゃっ!」


 誰かとぶつかった。

 手から落ちた書類が風に舞い、俺は慌てて拾い上げる。


「す、すみません!」


「……大丈夫よ。」


 顔を上げると、長い黒髪が陽光にきらめく少女が立っていた。

 制服の胸元には生徒会の徽章。整った顔立ちに、思わず息を呑む。


「新入生ね? E組の天城レオン君、でしょ?」


「え、どうして名前を……?」


 少女は小さく微笑んだ。


「……ようやく、見つけました。我が――」


「え?」


「い、いえっ、“特別科の新入生”って意味よ。ようこそ、聖桜学園へ。」


 その声の奥に、妙な懐かしさを覚えた。

 初対面のはずなのに、どこかで会ったような――。



 E組の教室は、普通科とは違う。

 教室の壁には魔法式の図や魔力測定装置が並び、まるで研究室のようだった。


「おはよう、レオン君!」


 明るく声をかけてきたのは、理科部の少女――**水瀬美奈**。

 白衣を羽織り、笑顔が眩しい。


「君、転入生だよね? 魔力制御、得意?」


「え? いや、魔力って……俺、そういうの全然……」


「そっか! じゃあ、私が教えてあげる!」


 彼女はにこっと笑い、親しげに距離を詰めてくる。

 その瞬間、隣の席の女生徒が小さくため息をついた。


「騒がしいわね。」


 冷たい声の主は、夜神エリカ。

 保健委員をしているらしく、長い睫毛の下の瞳は氷のように澄んでいる。


 でも、何かを言いたげに俺をじっと見ていた。

 ――まるで、俺の中を覗くように。



 放課後。

 リリカ(あの生徒会長)に呼び出され、生徒会室を訪れた。


「ここに来てもらったのは、あなたの“魔力測定結果”についてよ。」


 机の上に置かれた用紙を覗きこむと、数値がとんでもないことになっていた。


「……これ、冗談でしょ?」


「残念ながら、事実よ。あなたの魔力値は通常の人間の百倍。」


 思わず息を呑む。

 冗談だと言ってほしかった。


「君、本当に記憶がないの?」


「ああ……気づいたら病院で。過去のことは何も……」


 リリカは黙って俺を見つめ、少しだけ微笑んだ。


「なら、無理に思い出さない方がいいわ。」


「……どういう意味?」


「あなたの中には、目覚めさせてはいけない“何か”がある。」


 その言葉の直後、室内の照明が一瞬揺れた。

 俺の胸の奥が、焼けるように熱い。


「っ……あ、熱い……!」


「まさか、今……!?」


 リリカが手を伸ばし、俺の胸に触れた瞬間、

 周囲に黒い光が溢れた。


 彼女がすぐに抱き寄せ、何かを呟く。


「――封印解除、抑制式、展開!」


 光が収まり、俺の視界が戻った時――

 リリカは息を切らしながら、俺の胸に顔を埋めていた。


「……これ以上は危険。あなた、本当に“人間”なの?」


 問いに答えられず、ただ息を呑む。


 そのとき、どこかで鐘が鳴った。

 学園の外、遠くで黒い雲が渦巻く。


(……ルシフェル……)


 誰かの声が、心の奥で囁いた。



 夜。

 寮の窓から見上げる空は、満月を飲み込むように暗かった。

 夢の中で、俺は再びあの声を聞いた。


『あなたは誰?』


『私は、あなたの“右腕”。そして――』


 その続きが、風に消えた。


 目を覚ますと、掌に黒い紋様が浮かんでいた。

 淡く光って、すぐに消える。


「……一体、俺は何者なんだ……?」


 その問いに答える者は、まだ誰もいない。


 だが確かに感じる。

 あの日、リリカが言った言葉の意味を。


“目覚めさせてはいけない何か”――それは、俺自身だ。


第1話・完。

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