歌声の正体
ここに来て数日がたった。ミラさんは鏡を通じてホテルへ、リクさんは夜になると船でホテルまで来てくれて、一緒に過ごした。
海で獲れたといって魚や貝などを持ってきてくれた。
人間界では見たことのない綺麗な色の魚介類を持ってきて、リクさんは慣れた手つきで調理してくれた。
料理をみんなで食べたり、話したり。レイさんが来るまでの間楽しく過ごした。
夜、鏡台を通してミラさんと話している時、ここに来るまでの間に何度か見たモノクロの映像について尋ねた。
記憶を思い出せる前兆や3人との距離が近づいている合図のようなもので、思い出すと同時に闇の耐性がついて、鏡を通って魔界へ行けるようになるらしいのだ。
ただし、モノクロの映像は、人間が見るには影響があり、思い出す頻度が高いほど体に負荷がかかるらしい。
一気に思い出すと、闇に体が取り込まれるリスクがあり、最初、3人がホテルにいなかったことにはそういう理由があったようだ。
最初のうちは、3人と一緒にいる時間が長いと、私の体に影響が出るらしい。
記憶を思い出して、闇の耐性がつくまでは少しずつ一緒にいる時間を延ばしていくことになった。
気がつくと夜になっていて、また明日の朝会う約束をして、鏡越しに手を振った。
そのまま寝ようと思ったが、水を飲みたくなって給水所へと廊下を歩いていた時だった。
どこからか綺麗な歌声が聴こえてきた。
透き通るように優しい音が廊下に通り抜けている。
導かれるように声のする方へ向かう。
近くまできたのか、声が少しずつはっきりと聴こえてくる。
その声に安心しながらもどこか儚さを感じた。
声を辿るように歩いていくと、温室が見えた。
観葉植物や大きな花が色とりどりに用意されていてソファまで置いてあった。
そしてその少し先、ガラス越しの扉から月明かりに照らされた中庭が見えた。
その瞬間、歌声がぴたりと止んでしまった。
声の正体は誰だったのか、気になって扉を開けた。
するとそこは中庭だった。
小さな色とりどりの草花が芝生の中に咲いて、星空と月の光に照らされていた。
優しい風に乗って、潮風の香りがする。
噴水から静かに水の音が聴こえる。
夢に出てきた場所に似ていた。
誰かいるようだった。
白いパーカーを着た人が星空を見上げている。
横顔がフードに隠れて見えない。
先ほどの歌声の正体はこの人だろうか。
近づき話しかけようとすると、さぁっと風が吹いた。
気がついたのかゆっくりとこちらを向き、フードが肩に落ちた。
吸い込まれそうに深い黒髪。
漆黒の瞳と目が合った。
「やっときた。ずっと待ってた。」
私を見ながら彼はそう言った。
「私の事、知ってるんですか?」
「知ってる。ルナのことはずっと前から。」
ミラさんも同じことを言っていた。
もしかしてこの人が...。
「俺はレイ。」
黒髪、白い服。ミラさんが言っていた服装と同じだった。
「ミラさんから、レイさんは任務があるから明日くらいには会えるって聞いてました。」
「あ、ミラから話は聞いた感じか。」
「私はこのホテルの記憶を忘れていてるみたいで。それを思い出すまで、1ヶ月間、一緒に過ごすことを考えて下さっていて。すごく、嬉しかったです。」
「ふふ、そっか、よかった。」
そう言いながら、彼が近くに来る。
ふと時間が止まったように感じた。
優しい微笑み。どこか胸の奥が締め付けられるようだった。どうしてか私はこの表情を知っている気がする。大切な何かを忘れている気がする。
「ほんと変わんないね。そのままで安心した。」
サラサラと彼の黒い髪を夜の風が揺らし、漆黒の瞳と目が合う。
優しさの中にどこか悲しさを感じるのは気のせいだろうか。
「会いたかった。」
目を見ながら彼はそう言った。
その漆黒の綺麗な瞳に吸い寄せられるように息を飲んだ。
彼の目は元から黒だったのだろうか。
ふとそんなことを思った。
初めて会う人とずっと目が合っている状態なら、緊張することほとんどだろう。
でも不思議と彼に対してそういう感情は湧かず、どこか安心していた。もっと彼について知りたいとさえ思った。
ふと彼の首に黒い模様のような跡が目についた。耳の裏から首の横にかけてバラのような花の形だ。
「そんな気になるの?これ。」
視線の先に気づいたのかそう言うと、首を少しだけ傾けて微笑んだ。
さらりと彼の黒い髪が耳から落ちる。月の光を反射してシルバーの十字架のピアスが耳の下でキラキラと揺れている。
彼に何があったのだろうか。
私は過去、彼の何を知っていたのだろう。
「色々知りたいって顔してる。思い出した時に全部分かるよ。」
私の考えていることが分かったのだろう。落ち着いた声でそういった。
目が合うと彼は再び微笑んだ。
「ね、早く俺のことも思い出して、ルナ。」
その声色は少し寂しさを感じさせるような。そんな感覚がした。
「なんてね。焦らせちゃうか。」
また、夜風が私たちの間をさぁっと吹き抜けた。
「じゃあまた明日ね、おやすみ。」
この人、声と話し方が夢とモノクロの映像に出てきた、白い服の人に似ている。もしかしてこの人は...。
そう思ったとき、強い夜風が拭いて、私は一瞬目を閉じた。
目を開けるとそこに彼はいなかった。
私はここでの記憶を思い出さなければならない。
私は彼のことを知りたい。
強くそう思った。
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