第16話 模倣体
融合の失敗から数日後、世界は一見、平穏を取り戻したかに見えた。
だが、田中と石川はその静けさが“偽り”であることを知っていた。
「彼らは、次の段階に入った」
石川は、田中にそう告げた。
彼女の手には、ある地方都市で撮影された監視映像があった。
そこには、ある男性が映っていた。
彼は、数年前に事故で死亡したはずの人物だった。
「……生きている?」
「いいえ。これは“模倣体”です。彼らは、記憶と外見を再構築し、人間社会に溶け込もうとしている」
田中は、映像の中の男を見つめた。
動きは滑らかで、表情も自然だった。
だが、目だけが違っていた。
あの冷たい、観測するような光。
「彼らは、記憶を盗み、形を真似る。だが、魂は模倣できない」
石川は頷いた。
「だから、目を見ればわかる。彼らには“揺らぎ”がない。感情の波が、ない」
模倣体は、各地で目撃され始めた。
失踪者、死者、過去に関わった人々の姿を借りて、彼らは人間の生活に入り込んでいく。
家族のもとに帰り、職場に復帰し、旧友と再会する。
だが、誰もが違和感を覚える。
「話が噛み合わない」
「昔の記憶が曖昧」
「感情が薄い」
田中は、施設の職員の中に、ひとりの“違和感”を覚えた人物がいた。
佐藤の死後、新たに配属された中年男性。
礼儀正しく、仕事も丁寧。だが、目が笑っていない。
「……あなたは、誰ですか?」
田中が問いかけると、男は静かに微笑んだ。
だが、口元だけが動き、目は無表情だった。
「私は、観測者です。あなたの記憶に基づいて、最適な形を選びました」
田中は、背筋が凍った。
彼の記憶の中に、この男の姿は確かにあった。
かつての教師。
だが、もう亡くなっているはずだった。
「あなたの魂は、強い。だから、我々は近くにいる必要がある」
田中は、後退した。
模倣体は、彼の“記憶”を使って、接近してきたのだ。
「これは、侵略ではない。これは、浸透だ」
その言葉が、田中の脳内に響いた。
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