君の世界の話だが

谷川昌-tanigawasho-

序章

序章-前編

 「こちら東山。例の犯人と思わしき人物を発見。追跡許可を確認する」

 「同じく轟。同一人物を発見」

 「東山、轟。両名の追跡許可、並びに犯人捕縛の為の戦闘を許可する」

 「こちら東山。戦闘モードに入ります」


 立ち並ぶ街灯より遥か上、大量のビル群に囲まれた首都、銀座。百貨店も立ち並ぶ真夜中三時に突如、白灯の煌めきが走る。


 「限定解除」


 空が一瞬にして青空に戻ったかと思えば、また闇夜が宙を覆い、疎な雲すらも掻き消されていく。

 東山と名乗る男は片手に大太刀の剣。もう一方に大盾。眩い白灯は見ている者の汚れすら払い取るような双眼から放たれて、それは黒い髪すらも銀髪に染めていく。堅いの良い、しかし甘い塩顔の鼻の高い顔が屈むに連れて美しくなり、龍を思わす甲冑の蹴り足が光の線を描いていく。


 「東山さんてほーんとかっこいい」

 「わたし、やっぱり東山さんと結婚したいな。それで、子供は二人でしょ。犬も一匹でしょ。それに、それに」


 轟と名乗る女は、正確には女の子だが金髪と茶髪のショートボブで少し肌が焼けている。丸顔で可愛らしい。しかし腹の見えたトップスと短パンでどこか子供らしい。


 「あとは、やっぱり」

 「轟、全部聞こえているぞ」

 「げ、畑中さんのバカ」

 「俺はバカでも戦闘に入れ」

 「うう、少しくらい優しくたっていいじゃん。轟、まだまだ女の子だよ」 

 「そうか。なら犯人の捕縛が成功したらデートにでも連れて行ってやろう」

 「畑中のおじさんとはやーだよっ」

 「まあいい。さっさと戦闘に入れ」

 「分かったよ。もうっ、今日はしょげた轟ちゃんなんだから」

 「限定解じょっ」


 轟の手元に一辺倒、青灯の眩い煌めきが走る。

 青白い閃光と共に手の甲が大きな甲殻類の鎌へと変化していく。両手どちらもだ。それは彼女の両手を覆い終わるや否や両足も包み込み無数の触手を生やす。轟は想定外だったのか足元がふらつく。


 「おわっ、まずいなあ」


 突如吹き荒れた突風に巻き込まれ、轟の足元は手放された。宙に浮き、まもなく真っ逆様に落ちていく。

 東山はターゲットに向かい一直線だった折に、落ちていく轟へ目を向けたが直ぐに前を向いた。


 「轟、そんなものだったか」

 「先輩、聞こえてますよー」


 轟は落ちていく最中にっこりと笑う。もう地面に着くといった所、甲殻の両手を一点に突き詰め、大きな破壊を生みだしかと思えば、数度のバク転を繰り返し、白光りのバネを両足に巻き付けて、勢い良く飛び上がる。地面の破片が散り、僅かな衝撃を木々が悟る頃、轟は既に東山の後ろに付けていた。


 「へへーん。私だってこれくらい出来ますからねー」

 「その程度で甘えるなよ」

 「東山せんぱい厳しい。でもそこも好き」


白光りのバネに拍車を掛ける。


 「篝くん、公安のお犬様だよ」

 「それがどうしたのですか」

 「どうしたもないだろう」

 「僕に戦わせるつもりなら見当違いですよ。主人よ、僕は逃げます」

 「うーむ。すると誰に戦わせようか」


 少し小柄で小太りの男は考え込む。薄い藍色のワイシャツにオーバーオール。汚れた革靴。凹みある茶色い帽子。悩んでいる。篝が半分見放したようにそそくさと夜空を駆け抜けると、男は大きく頷いてお月様を見上げるなり、あんぐりと口を開けて、喉の奥に拳を沈めて、かなり気持ち悪そうに白目を剥いて、鼻水が溢れた所で大きく吐き出した。


 「ぐうぇっ、毎回これは苦しいばかりだ。しかしやめられん」


 男は嬉しそうに胃酸と吐瀉物に塗れた手を握り締めて、目下の路上に投げ付けた。


 「ほげぇ」


 投げ落とされた先には老人が居た。有楽町駅の高架下から出てきたであろう老人はもたつきの中、手早く捕まえた。まるで鼠のように。

 吐瀉物に塗れた割には綺麗だったその『モノ』はマトリョシカであり、老人が指先で器用に開けると赤黒い煙と共に芳醇な香りが漂う。老人を翻弄する。


 「うわ、こりゃあ良い香りだ。葡萄のような、発酵した米のような、とにかく良い香りだ」


 老人は舞う。するとみるみるうちに彼は身体が膨らみ弾け、また穴からブクブクと盛り返しては大きくなる。やがて一分としないまま得体のしれないものへと変化を遂げた。


 「ありゃ、今回は失敗だったか」


 小太りの男は頭を抱える。しかし「多少の失敗は成功のもと」と気儘に独り言を話し、篝に背を向けて、老人だったものに奇妙な言葉を叫び浴びせた。


 「イラ、ギ、ヴォアバ(汝よ、前に進め)」


 男の呼び掛けに応じるように老人だった異形は太り上げた右手を大きく振り落とす。真下には百貨店の数々。屋上の綺麗な庭園を薙ぎ払い、閉園後、もぬけの殻の小さな遊園地は跡形もない。異形から見れば小さな、しかし人間から見れば大きな瓦礫の吹雪が東山の前に舞い落ちる。

 しかし東山龍司、何食わぬ顔。瓦礫の端を飛び乗って、コンクリートを斬り散らかし、降り落ちる木々や鉄骨や破片の其々を大盾で防ぎながらみるみる内に異形の手指の先まで登り上げる。

 造作もないことか。吹き出す異形の肌を斬って落として駆け走る。噴き出す液体には身体を捻り、大盾を使って防ぎ切り、覚束ない足元ながら初めて乗ったもので無いよう、芯があるままに躱し続ける。


 「リーライズ(生命よ、煌めけ)」


 龍司が叫ぶと同時、白灯が輝きを増す。もう遂には異形の肩甲骨部分まで来ていて首先まで直ぐだ。彼の発する眩い光が彼を包む時、龍司は大きな声を放ち、異形の首を切り落とした。


 「べソンダー(突き進む鉄のハンス)」

 「ゔぉれ、酔った、だけなのにぃ」


 異形は前面に中央通りへ倒れ込む。先走り首が前に吹き飛ぶ。


 「轟、後は任せた」

 「おっけいー先輩! 頑張っちゃうよー」


 轟は空中を蹴り上げ、切り落とされた異形の首をも踏み台にして、小太りの男の目前数十センチまで迫った。


 「私の恋愛の為に死んじゃえ」


 轟は大きな鎌を振り翳す。その爪先が男の頬を切り、殴り飛ばそうとした時、得体の知れない鉤爪と大きな羽毛が轟を横方向へ蹴り飛ばした。


 「あーあ、僕の体が汚れてしまった」

 「責任取ってくださいね。主人よ」


 茶色と胡麻色、丸々とした羽毛に包まれて、小さな鉤爪を持ち合わせ、特徴的な嘴と漆黒の澄んだ目のした大きな雀がその翼を広げてパタパタと動かして、その場。空中を一回転しては電波塔に立つ。


 「篝君、倒れた後に傷口を拭いてあげることくらいはしてあげよう」

 「あーいやですね。僕が負けること前提じゃあないですか」

 「ここで勝つのが君だろう」


 小太りの男は「じゃ、後はよろしく」とあっけらかんとした目付きで雀を見ると壁伝いに宝石店のビルを降りていく。


 「あ、待て。私の標的」


 轟は思い出したかのように身体を小さく丸め込み、空中を蹴り上げては男に向かって飛び込もうとした。しかし蹴るや否やすかさず雀が彼女を持ち上げ、地面に叩き付ける。


 「僕も舐められたものだな」

 「雀なら可愛くいろって」


 轟は吹き上がる砂埃の中、苦しそうに起き上がり、女の子など忘れて吐き捨てる。


 「公安はいつもこうだ。僕らが何者か、全く分かっていない」

 「何者だったら、なんだって言うんだ」

 「舌切り雀、って言えば分かるか」


 篝は口を開けて下半分のない舌を見せる。そして大小の玉手箱を懐から出す。


 「吉と出るか、凶と出るか」

 「て、てめー」

「ダメじゃないか、直ぐに開けてはいけないよ」

 「おばあさん」


 小太りの男の数メートル後方で爆発音がした。鼠の逃げる音も聞こえる。男はふと立ち止まり後ろを振り返ったが、また前に戻ると帽子を深く被り歩き出した。


 「嗚呼、もう夜明けが近い」


 男は路地裏に曲がった。そして次の通りに出る前に勝手口を開けて、奥に進む。すると先には家庭的なテーブルやイスがあって、男は腰掛けた。


 「ふう、疲れた。疲れたよ」


 男がテーブルを数度叩くと果物が幾つか現れた。その中から男は林檎を選び、少し齧ると興味が無くなったのか。床に投げ、転がる前に灰へと変わった。

 男は口角を落として真顔になる。明後日の方向を向く。数分経ったか。首を振り、両手の人差し指を口先に押し当てて、鏡がないが、まるで目の前にあるみたく気持ちの悪い笑顔を出す。そして重い腰をゆっくりと上げると来た道とは反対側に歩き出した。

 そして闇の中に紛れる。静まりかえる空間。消える果物。テーブルもイスも無くなっていく。

 ただドアの閉まる音だけが響いた。

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