第6話 夕暮れと異世界の星
ミコトは、今日も誰より早く目を覚ました。
目標があるって、こんなにも朝が軽くなるんだ。
6ヶ月前は、目を覚ます理由すらなかったのに。
今では、神崎達が組んでくれた、様々な特訓メニューを律儀にこなしている。
朝はジョギングと、インターバルランニング。
家から離れた公園で障害物を飛んで避けたり、バランスをとるような訓練も続けている。
ミコトは、ジョギング後のシャワーで濡れた髪をタオルで拭きながら、リビングの方をちらりと見た。
母親は、そんなミコトにチラチラと視線を向けるが、特に何も言わない。
(もっと変な子になったって思われてるのかな……
わかってほしい。でも、何を、どう言えばいいのかが、わからない......)
「すごい!ミコトちゃん!
初めは1キロでゼェゼェ言っていたのに、今じゃ4キロも!」
白石あかりがミコトの肩をたたいて喜ぶ。
「......頑張りました」
ミコトはもじもじしながら答える。
嬉しい。でも、どこか怖い。
誰かに認められることが、こんなにも心を揺らすなんて。
それでも白石あかりに褒めてもらえるのが嬉しくて、毎日頑張れている。
ミコトのために、野外活動サークルで始めた”週末サバイバル塾”は地域でも小中学生に人気のイベントとなってきている。
その中のイベントである、サバイバルの達人、風間隼人が実践する『極限サバイバル」は、はじめの「火おこし」こそ人気があったが、葉っぱや枝で作る寝床作りや、食べられる野草の見分け方、など、マニアックなものになるにつれ、田嶋とミコトしか参加しなくなっていた。
それでも優しくしてくれるサークルメンバーと一緒に行動し、何かが身についていくことが実感できるミコトは今までにない充足感を感じていた。
---
「神崎ちょっと手伝って、ミコトのケーブルが絡まってさ。」
ここはいつもの
神崎に気付き、困ったように会釈した。
「ミコトくん......嫌なことはちゃんと嫌だと言うことも大事だぞ。」
「あ!っえと、嫌じゃないです!九条さんはとても親切で優しくしてくれてます!
ちょっとこんな姿が恥ずかしいなって思っただけで。」
九条澪が呆れたように言う。
「無茶なことはさせてないよ。まったく!」
オシロスコープ、マイクなどの機器がならび、パソコンに繋げられ、パソコンの画面には、脳波のスペクトル解析と音波の周波数分布が並んでいた。
その隣には、ミコトの心拍と呼吸のリアルタイムグラフが波打っている。
「改めて脳波を詳しく調べたところ、魔法を発現する時、瞬間的にα波、γ波、ζ《セータ》波全てが出ていることがわかったんだ。」
「簡単にいうと、強い集中、創造性、瞑想状態が同時に起きてるようなことか?そんなことあり得るのか?」
「そう。私も目を疑った。
どうやらミコトの持っている音叉が関係しているのは確かだね。
何回も試してみたけど、音叉を鳴らした上で、この3つの波形がちゃんと揃っていないと魔法が発現しなかった。」
「魔法使いが言っていた、『魔法の音程を正しく』ってのはどうなんだ?」
「それが不思議というか、必然なのかもしれないけど、光を生む魔法『エルネ』をわざと音程を外してもらったら、γ波が乱れてね。
深い没頭状態での創造性が乱れたとでもいうのかな?」
「光の発現は?」
「当然なかった」
「その代わりっていうのもなんだけど、音程の周波数が多少ズレていても、この3つの波が同時に出てると、魔法は発現するんだ。」
「つまり、発現する時に共通する条件は?」
「音叉を鳴らした上で、深く集中し、ミコト本人が『ちゃんと歌えていると実感している』こと。
自分で綺麗だと思えていること。
だと思う。」
「.....それで、他の魔法の開発については?」
「この要素を別な形で再現するだけ。やることはシンプル。
......できる!」
「そこでこれだ!ミコトはいい趣味してるよ!ホント!」
九条澪が机の上に置かれたものを手で示す。
それは粘土で作られた様々な形のものだった。
人を模ったものから、犬や猫、それからユニコーンやドラゴンなどファンタジー世界の生き物までたくさんいる。
「これは......驚いたな。プロ級じゃないか。
このまま売られてたら買ってしまうかもしれない。
全部ミコトくんが作ったのか?」
「小さい頃から、こういうのばっかり作ってたから......」
ミコトが俯きながら答える。
「そこで、これを使ってみようと思ってね。」
「ミミズ......?いや、北欧神話やゲームに出てくるワーム......かな?」
「これは動きがシンプルで想像しやすそうでしょ?」
神崎がしばし考えてから答える。
「粘土細工を動かす魔法か......いいじゃないか九条。」
「そう。これが新しい魔法。
魔法の開発としては成功失敗がわかりやすく、かつ粘土細工というミコトの特技とも合致している。
どうも神韻魔法ってのは支援系の魔法ばっかりみたいでね。心に火を灯す魔法とかでさ、成功してるんだか失敗してるんだかよくわからないんだよ」
「神韻魔法に必要な要素とも一致しているな。」
「って言うかね?ミコト」
「え、えへへ」
九条澪とミコトが怪しげな笑みを浮かべる。
神崎は訝しげな表情で二人の顔を見た。
「どうした?九条は気持ちが悪いな。」
「ぐっ......もう少し言い方はないのか!?
まぁ、いいから、これを見ろ!ミコトやってみて。」
ミコトが音叉を取り出し、軽く鳴らす。
そして歌い出す。
「Que la terre silencieuse abrite un battement.
Que ma voix devienne la flamme de l’âme.(静寂の土に鼓動を宿せ
我が声、魂の灯となり) 」
シューベルトの子守唄のメロディだ。
緑の粒子が、まるで風に舞う絹糸のように、ミコトの腕に集まっていく。
部屋の空気が、ふと止まったように静かになる。
そして
「Qu’en ce moment, il prenne vie.(今ここに、生まれよ)
―レヴィヴァンス・ド・ラ・テール」
「これは......!?」
神崎が目を凝らす。
「粘土細工のワームがほんの少し動いたような......!!動いていないような!!?」
「動いてんの!ほんの少しだけど動いてんの!」
「しかもこれ。少しだけ大きくなってるんだ。気づきにくいけどね。」
「......もう、完成してたのか?」
「うーん。まだまだだけどね。
でもさ、光の魔法エルネはさ、向こうの世界の方が強く光るらしいんだよ。」
「きっと魔法の力の源となる元素か何か、わかりやすく言うとマナみたいなものが、こっちでは少なくて、向こうの世界にはたくさんあるんじゃないかと思うんだ。」
「つまり、この粘土細工を大きくして動かす魔法も、向こうではもっとすごい魔法になると思うんだ!」
「どうだ!すごいだろ!!?」
九条澪が一気に捲し立てると、神崎は床に膝をついた。
「何故だ!?」
「え??」
ミコトと、九条澪が困惑の表情だ。
「何故!僕のいないところで魔法を完成させてしまったんだ!!」
「僕だって、魔法の完成の場面に立ち会いたいじゃんかヨォ!」
「い、いや、驚かせたくてさ。ね、ねえ?ミコト」
「は、はい!」
「我々は魔法についてあんなに熱く語り合った仲じゃなかったのかよぉ!!なぁ九条!!?」
神崎は泣いている。
「え、えと、それは......ごめんて」
「なぁ!!?」
「いや、だからごめんて」
神崎はなかなか立ち上がらなかった。
---
「……何やってんの?」
既に夕方。
各チームがそれぞれの役割を果たし、白石あかりが各所協力先との調整を終えて戻ってくると、サークル室ではミコト、神崎、九条澪、田嶋がゲームで盛り上がっていた。
大人気のインクを塗り合うゲームだ。
和やかな雰囲気だ。
普段はいろんなものを諦めたような雰囲気を見せるミコトだが、「うわー!やられたー!」と子供らしく笑っている。
「見てわからんか?戦略についてゲームを通して学んでいるのだよ」
「はぁ」と、白石。
「え、スプラ!?オレも混ぜて!」
白石あかりが連れてきたスポーツチャンバラ全国大会経験者・
白石あかりが疑いの目で神崎を見る。
「こんなん本当に役に立つの?」
「白石、お前もやってみると良い。
単独行動の効果と危うさ、
仲間と連携することによる火力の違いを身をもって知ることができる。」
「特にだな。味方に合わせてスペシャルを使えば--」
「はぁ。」
長くなりそうな神崎の熱弁に白石あかりは興味がなくなってきた。
「それにな、友達と本気で楽しく遊んだ記憶っていうのが、いつかミコトくんの支えになる時が来るんじゃないかと思うんだよ」
神崎はたまにこういう顔を見せる。
いつものぶっきらぼうな表情の中にも
ミコトを見守る優しさのようなものが垣間見える。
そんな神崎の横顔を見ながら、白石あかりは釈然としない。
(なんか、納得いかない。ムカつく)
(でも、ミコトちゃんが笑ってるなら……それでいいのか......な?)
夕日が差し込むサークル室。
窓際の机に反射した光が、ゲームのインク色の画面を淡く染めていた。
笑い声と、誰かの「ナイッスぅー!」という叫びが重なって、部屋の空気が少しだけ揺れる。
ミコトは、何気なく視線を上げた。
夕焼けの色が、仲間たちの顔を柔らかく照らしている。
(……ずっとこうしてたいな)
胸の奥に、名前のない何かが静かに沈んでいった。
それは、居場所の輪郭だった。まだぼんやりとした、でも確かにそこにあるものだった。
――
夜の静けさが、空気を張り詰めさせていた。
緑の粒子が、音もなく舞い上がり、ミコトの身体を包み込む。
誰かが呼ぶ声が、遠くで響いた気がした。
でももう、届かない。
ミコトは、涙をこぼしていた。
準備はちゃんとしてきた。
もっと、ちゃんと感謝を伝えたかったのに.....
急に言ったらこの時間が終わってしまうような気がして、泣いてしまいそうで、言えなかった。
勇気を出して口を開いたら、涙ばかり出てきて結局何も言えなかった。
――あれから、3年。
あの夕焼けのサークル室で、仲間たちと笑い合った日から、ミコトは走り続けてきた。
魔法を磨き、体を鍛え、心を整えて。
この瞬間のために。
光が収束し、世界が反転する。
――そして、異世界の夜空の下。
空気は少し重く、星の光が濃かった。
風が、知らない匂いを運んでくる。
(本当にまた来ちゃったんだね......)
ミコトは、ひとり立っていた。
頬を伝った涙を、そっと拭う。
(この日のために頑張って来たんだ......!)
ミコトは、前を向いた。
(先送りにしてるうちに結局ちゃんと『ありがとう』も『さよなら』も言えなかったな......)
(だから、この世界で、生き抜いてみせる。
そしていつか、ちゃんと「ありがとう」を伝えたい!)
夜風が、静かに吹き抜ける。
ミコトは一歩、歩き出した。
靴底が、異世界の土を静かに踏む音を立てた。
その音が、ミコトの決意を確かに刻んだ。
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