第28話 工場視察と新たな気づき
女性が下着を作るのに、男である俺が傍に居るのはまずい。
俺は気を利かせて、外に出たが……出たはいいが、予定が狂った。
俺は屋敷を出て、歩き出す。
行く当てがあったわけでは無いが、それでも町の方に歩いて行った。
途中で、川に出たが……あ、レンガ工場。
新たに造ったレンガ工場が川のそばに造ったのだが、作ったはいいが、できた後に行ったことが無いことを思い出す。
前に一度レンガ工場を任せている人に、一度見に来てくれと頼まれていたことも思い出した。
俺はそのまま町に向かっていたのをやめて、そのままレンガ工場に向かった。
工場に入ると、工場の責任者を務めている人が俺を見つけ、すぐに寄ってきた……が、その服装がかなり汚れていた。
俺がレンガを作った時も土をこねるときにかなり汚れたのは覚えているが、目の前にいる彼は、それ以上だ。
レンガを焼くのに油から薪にした時に一度見に来たけど、その時には感じなかったが、今の彼、いや、彼はまだいい方だ。
実際に窯のそばで仕事をしている連中は彼以上に汚れていた。
「あ、これって、燃料の亜炭が原因か」
レンガを焼く燃料を薪から亜炭に変えたので、炭汚れが広くなっているようだ。
目の前の彼は、服の汚れなど気にせずに、工場の中を説明していく。
燃料も変えて、十分に燃料が使えることと、仕事をする人を増やしたことで増産も計画以上に行っていると報告してくれた。
一通り報告を聞いた後に服の汚れを聞いてみたら「気にせんでください」だと。
流石に気にしない訳にはいかないな。
レンガ工場での報告を聞いて、一通り確認をすますと、屋敷に戻り桜に面会を求めた。
「嶺さま、いかがしましたか」
「はい、実はレンガ工場の件で相談が……」
俺はそう言ってから、状況を説明していると、桜はきょとんとしている。
俺が何を気にしているかわからないといった感じだ。
「相良もそうですが、焼津も桜さんのおかげで領民は少しずつ豊かになってきておりますし、それを領民も感じていることでしょう」
俺が説明を始めると、メイドの愛がお茶を持ってきた。
(あれ、さっき幸たちと下着を作ってなかったか)
愛は、俺の前に御茶を置いて桜の後ろに控えている。
「はい、ですが聞くところによりますと、まだまだ庶民の生活は十分とは言えません。持っている服も、桜さんが古着を仕入れるようになってからは、少しずつ増えてはいるでしょうが……」
ここまで話しても、まだ理解されていなかったので、回りくどい説明を省き、彼らの持つ少ない服を仕事で汚してしまうのは、少し気の毒のような気がすると話した。
「それって、当たり前では……」
メイドの愛が、そのようなことを言うから、状況を説明しておく。
確かに屋敷勤めの愛は、メイド服も支給されてはいるが、それも貴族の屋敷に務める者にとっては普通のことらしいが、それ以外では自前が当たり前だそうだ。
「元々、私たちが起こした事業は当たり前を壊してきておりますし……」
「嶺さまは、何をなさりたいのでしょうか」
「仕事着ですか。それを支給したいと思っております」
「仕事着ですか。それを仕入れて働いている者たちに渡すのですか」
「いえ、仕事着をこちらで用意したいのですが。ちょうど先ほど愛さんたちが幸と一緒に作ったように」
「愛、幸と何を作ったの」
「はい、幸さんが言うには、幸さんが育った時代の下着を……」
「え? 嶺さんは下着を作って渡すのですか」
桜はかなり酷い誤解をし始めた。
「いえ、違いますよ。仕事をするときに邪魔にならずに、それでいて、汚れていても洗濯が楽な服を」
「そんな服など……なにか案でもお持ちなのですね」
俺は、その場でつなぎ服の説明を口頭でおこなうがわかってもらえそうになかったので、桜を連れて、EV車の中に連れていく。
中では、まだ幸が何か作っていたが、俺が入るとすぐに作業を止めて片づけを始めた。
(自分の下着でも作っていたのかな)
俺は見なかったことにして、幸につなぎの作業着のことを話した。
「それは良い考えですね。……そうだ、うちで働いてくれる人に制服を作りましょうよ」
そこから話はどんどん大きくなっていく。
とりあえず、俺は幸が先ほどまで使っていた端末から、つなぎのデータを呼び出して、俺のサイズを入力して型紙を印刷させる。
出てきた型紙を使って、そばにあった綿布を使いつなぎ服を作った。
非常に簡単なつくりで、ポケットなども一つしかつけていないものだったので、2時間もあれば完成できた。
完成したつなぎを、今着ている服の上から着てみて桜に見せる。
「これがつなぎ服です。私の元居た世界では物を作る現場で着ている人が多かったものですので、これを人数分作り配りたいのですが」
「配るのですか……」
桜のつぶやきを聞いた幸が制服の概念を上手に説明していった。
「江戸の大店が商売の時に店の者に着せる屋号のついた半被のようなもので、帰属意識も高まりますし、部外者との差別も容易ですから、レンガ工場と油田の製油所で働いている者たちにこれを作って着せませんか」
幸の説明を聞いた桜が、俺に聞いてきた。
「これを嶺さまが、おつくりになるのですか」
「俺が作ってもいいが……俺か幸しかできないかな」
「幸、あなた方しか作れませんの」
「ミシンを使ってはそうなりますが、手縫いならば誰でも作れますよ」
桜は少し考えてから、一度ポンと手を打ち「これを商売にしましょうか」
桜が言うには、江戸から続く大店の御家ではないが、服を作る商売も始めましょうかと言ってきた。
桜が言う江戸から続くという大店って、俺たちの知る世界ではのちの三大財閥にまでなったあの有名な店のことのようだ。
あれって、確かオーダーメイドのような感じだったはずだが、同じ商売をするのなら、オーダーメイドなんて高級品しか割に合わない。
まあ、まだこの時代では新品の服は皆高級品になるようなのだが、それなら俺たちはさらにそれを進めて吊るし服で勝負したい。
それに何より、商売を始める前に、働く者たちの制服から始めるので、そのあたりについてはその時に考えることになった。
そこからは、近藤や後藤田、それに権蔵さんたちも交えて作業着から売り子たちの制服などについての話が行われて、縫子を集めてつなぎから作ることにした。
そう、ここから桜の商売に縫製業も加わった瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます