第16話 油の湧き出す窪地から湧き出た油、そして俺の新たな使命!




 翌日、俺は執事の近藤の案内で、相良の**「油の湧き出す窪地」**、すなわち相良油田へと徒歩で向かった。


 ここからだと、車では……とてもじゃないが移動などできないので徒歩になるが、距離があるために幸は桜と共に屋敷に残り、今後の事業展開についての話し合いをすることになっている。


 俺は、この油が本当に未来を切り開く鍵となるのか、その目で確かめるべく、期待とわずかな不安を胸に歩を進めた。


(幸と離れるのは少し寂しいが、これは未来のためだ! くそっ、俺がいない間に幸と桜が仲良くなったらどうしよう!? いや、それはそれでハーレムフラグが増えるのか!? いやいや、今は仕事に集中しろ、俺!)


 舗装されていない山道は、前日の雨でぬかるみ、足元を取られそうになる。

 車で来ようなどと無謀なことを考えなくて良かったと、今まで歩いてきた道を振り返り、つくづく生きにくい時代に来たものだと俺は考えていた。


 しかし同時に、俺の心は、目の前の困難よりも、新たな発見への好奇心で満たされていた。


(童貞魔法使いの俺にとって、この新世界での冒険は、まるでラノベの主人公になった気分だ!しかも、ヒロインが二人もいるとか、俺、勝ち組じゃね!?)


 近藤は慣れた足取りで先を進み、時折、振り返って俺を気遣う。

 彼もまた、この油田が屋敷の、ひいてはこの地域の未来を変えるかもしれないという希望を抱いているようだった。


 その表情からは、長年屋敷に仕える者の、静かなる覚悟が滲み出ていた。



 焼津の屋敷を出てしばらくすると、ついに今回の道のりの最初の難関、大井川が目の前に立ちはだかった。

 現在の焼津から大井川を渡るには、橋などあるはずもなく、文字通り腰まで水に浸かりながら渡るしかなかった。


 前日の雨で水量が増しているのか、激しい流れに足を取られそうになりながら、近藤に手を引かれ、なんとか対岸にたどり着いた。

 冷たい水が衣服に染み込み、全身が芯まで冷え切ってしまう。


「旦那様、無理をなさらないでください!」


 近藤が心配そうに声をかけてくれるが、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 しかし、冷えた体はなかなか温まらず、ずっしりと重くなった衣服が動きを鈍らせる。

 乾かない濡れた衣服のまま、休む間もなく次の試練が待ち構えていた。


 これから越えるのは、険しい峠道だ。ぬかるんだ山道を上り始めると、濡れた服が肌にまとわりつき、体力を容赦なく奪っていく。

 風が吹くたびに冷気が肌を刺し、凍えるような寒さが全身を覆った。

 一歩一歩が重く、まるで鉛の塊を足に括りつけられているかのようだ。


「くっそ、こんなに大変だとは聞いてないぞ!」


 思わず弱音を吐いてしまう。

 現代なら車であっという間の距離が、この時代では命がけの旅だ。

 本来なら数時間で着くような距離なのに、大井川を渡り、冷えた体で峠道を越えるという過酷な道のりで、結局、相良油田にたどり着いたのは、屋敷を出てから六時間も経ってからのことだった。


 体は疲労困憊で、足は棒のよう。それでも、新たな発見への期待が、かろうじて俺の心を支えていた。


 ◇

 

 俺が油田へと向かう中、屋敷に残った桜と幸は、最初はぎこちなくも、徐々に親交を深めていた。


「まさか、あなたが残るとはね。てっきり、彼についていくものだとばかり思っていたわ」


 桜が淹れたばかりの紅茶を差し出しながら、やや皮肉めいた口調で言った。その視線は、幸の表情を探るかのようだ。幸は少し頬を膨らませて、そのカップを受け取る。


「私も行きたかったんですけど、今後の事業展開の話し合いがあるって聞かされちゃって……」


 幸はそう言いながらも、どこか寂しげな表情を浮かべた。

 その瞳は、遠く離れた俺を想っているかのように、ぼんやりと空を見つめている。

 桜はそんな幸の様子を見て、ふっと小さく笑った。


「ふふっ。彼と離れるのが寂しいの?」


 図星を指されて、幸の顔はみるみるうちに赤くなる。

 耳まで真っ赤になって、まるで茹で上がったタコみたいだ。


「そ、そんなことないです!べ、別に寂しくなんて!」


 しどろもどろになる幸を見て、桜はさらに面白そうに笑う。

 その笑みは、まるで悪戯を成功させた子供のようだ。


「あら、意外と素直じゃないのね。私はてっきり、もっとクールなタイプかと思っていたわ」


 幸はさらに顔を赤くして俯いた。

 その仕草が、妙に可愛らしい。


「桜さんも、人のこと言えないじゃないですか。いつもは冷静ぶってるくせに、彼の前だと態度が変わるって、近藤さんが言ってましたよ」


 まさかの反撃に、今度は桜の顔がほんのり染まる。

 幸の言葉に、一瞬だけ動揺が見えた。


「な、何を言ってるのよ! 近藤の奴、余計なことを……!」


 お互いの照れ隠しの応酬に、部屋の中には柔らかな笑い声が響いた。

 まるで、そこだけ時間がゆっくりと流れているかのようだ。


 それから二人は、それぞれの生い立ちについて語り始めた。

 桜は由緒ある家柄に生まれ、幼い頃から厳しい躾を受けて育ったこと、そして屋敷の未来を背負う立場にあることを明かした。


 一方の幸は、少し複雑な家庭環境で育ち、これまで一人で多くの困難を乗り越えてきたこと、この時代にやって来たことのいきさつを話した。



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