第2話 ドキドキ指導と密室の香気
俺は幸の指導係として、社会人としての基礎から、商社の営業って仕事の難しさまで、一つ一つ丁寧に教えていった。
最初は『無理ゲー』だと思ってたけど、結城君は本当に素直で、教えたことをすぐに吸収する。
しかも、目を輝かせながら「なるほど!」「分かりました!」って言うもんだから、教える方もなんだか楽しくなってくる。
口数は少ない俺だけど、教えること自体は嫌いじゃなかったらしい。
特に、結城君が目を輝かせながら新しい知識を吸収していく姿を見るのは、悪くない気分だったな。
「……つーか、なんでこんなに顔が熱いんだ?」
熱でもあんのか、俺?
もしかして、結城君の熱意に当てられてんのか?
そんなわけねーだろ。
ある日の午後、幸が作成した資料のチェックをしていた時のことだ。
俺のデスクのすぐ横に立った結城君が、少し身を乗り出して、資料を指差した。
「主任、この資料のここなんですけど、もう少し詳しく教えていただけますか?」
その真っ直ぐな瞳に見つめられると、どうも平静を保っていられねぇ。
やばい、顔が近い!
ってか、彼女から漂うフローラルなシャンプーの匂い、すげー良い匂いじゃん!?
なんだこれ、女子力の権化か?
自分の頭の中が警鐘を鳴らしまくる。
『瓶田、落ち着け!これは仕事だ!仕事なんだ!匂いに惑わされるな!お前は童貞魔法使い、清廉潔白を貫くんだ!』
(誰に言い訳してるんだ俺は)
俺は、内心で激しく動揺しながら、なんとか冷静を装って、彼女の質問に的確に答える。
声が裏返らなかっただけマシか。
時には、一般的なマニュアルには載ってねぇような、俺自身の経験に基づいた「裏技」なんかも教えてやった。
もちろん、それは彼女が早く一人前になってくれることを願ってのことで、決して『かっこいい俺』を見せつけたいとか、ましてや、隣でキラキラしてる彼女に少しでも良く思われたいとか、そんな邪な気持ちは微塵もなかった……はずだ!
(断言できないのが我ながら情けない……つーか、なんで俺の脳内、こんなに自問自答で忙しいんだ?)
幸は熱心にメモを取りながら、時折、俺の顔を見上げて「なるほど、主任すごいですね!」と、これまた太陽みたいな笑顔を向けてくる。
そのたびに、俺の心臓は**「ドクン!」**と跳ね上がる。
やばい、不整脈か?それとも本当に病気か?
いや、これはきっと、この密室(という名のデスク周り)で発生している特殊な化学反応……そう、ラブコメの波動に違いない。
幸の研修も順調に進み、ついに彼女を連れて客先でのデモンストレーションに行く日がやってきた。
俺の愛車(社用車だけどな!)であるあのEVバンで、二人きりの長距離移動だ。
目的地は茨城にある、とある大学。
新規顧客の開拓ということで、気合も入るってもんだ。
しかし、それと同時に、俺の心臓は別の意味でバクバク鳴っていた。
密室状態のEVバンで、幸と二人きり……だと!?
これはもう、完全にラブコメのフラグだろ!
「主任、本日はよろしくお願いいたします!」
出発前、幸は助手席に座りながら、真っ直ぐな瞳で俺に敬礼した。
その真剣な表情に、俺は「おう!」とだけ返事をするのが精一杯だった。
ああ、なんで俺はこんなにコミュ障なんだ。
せめてもう少し気の利いたことを言えねぇのか、俺!
高速道路に入り、EVバンは滑るように加速していく。
静かな車内には、俺が選曲したアニメソングが小さく流れている。
幸は、持参したタブレットでデモ資料を熱心に確認している。
「あの、主任」
不意に、幸が声をかけてきた。
ドキッとして、一瞬ハンドル操作を誤りそうになる。
「ど、どうした?」
「この製品の、この部分の機能なんですけど……」
幸は、資料を指しながら真剣な顔で質問してきた。
俺は内心ホッとしながらも、プロの営業として、冷静に質問に答えていく。
時に難しい専門用語を噛み砕いて説明し、彼女が理解できるまで丁寧に繰り返した。
「なるほど!そういうことなんですね! 主任の説明、すごく分かりやすいです!」
幸は、またあの太陽みたいな笑顔を向けてきた。
その笑顔が、運転中の俺の視界の端でキラキラと輝く。
やべぇ、眩しすぎて前が見えねぇ!
(嘘だけどな!)
「……まぁ、これは経験を積めば分かるようになる」
柄にもなく、少し照れながらそっけなく答える俺。
しかし、内心では『もっと褒めてくれ!』と叫びまくっていた。
道中、サービスエリアで休憩を取った。
幸は、ご当地ソフトクリームを見つけると、目を輝かせた。
「主任! あそこのソフトクリーム、美味しそうですね!」
まるで子供のように無邪気にはしゃぐ幸の姿に、俺は思わず頬が緩む。
「そうだな。食べていくか?」
「いいんですか!?」
幸は満面の笑みで頷いた。
二人でソフトクリームを頬張りながら、他愛もない会話を交わす。
普段のオフィスでは見られない、幸の素の表情に触れて、俺の心はますますざわめいた。
この時間が、ずっと続けばいいのに……なんて、柄にもなくロマンチックなことを考えてる俺は、やっぱり病気なのかもしれない。
目的地に近づくにつれ、幸の表情は真剣さを増していった。
デモンストレーションは、幸にとって初めての大舞台だ。
俺は、そんな彼女の緊張を少しでも和らげようと、これまでの経験で得たノウハウを惜しみなく伝えた。
「大丈夫だ。練習通りやればいい。あとは、俺がちゃんとサポートするから」
俺の言葉に、幸は少しだけ表情を緩め、「はい!」と力強く頷いた。
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