僕と未来と大好きな人と
僕と温泉と撮影旅行 前編
―――カナカナカナ、と裏手の森の奥からひぐらしの鳴く声が聞こえる。この音を聞くと、秋の終わりを感じてどこか物悲しくなるのは僕だけだろうか。そういえば、この前大学の帰り道にふと空を見上げたらうろこ雲が美しく並んでいたし、昼の長さも日に日に短くなっているように感じる。
そんな少し肌寒くなり秋の訪れを感じる季節、僕は秀吉と二人で温泉旅館に来ていた。ついさっき旅館にチェックインして、今は部屋の縁側沿いに二人で腰掛けのんびりしているところだ。
「わ〜!
「そうじゃのう。山が一望できる縁側があるなんて、贅沢じゃのう」
「旅行ってだけで最高なのに……。贅沢すぎて死なないかな」
「日頃頑張っているのじゃ。そんなことはなかろう。……多分」
「多分って何さ⁉」
「いや、それ以上にやらかしてもいるなと思ったのじゃ……。そういえば、温泉旅館というと、勉強合宿の時は覗き騒ぎで大変だったのう」
「そんなこともあったね〜。毎晩鉄人の補習を受けるのは大変だったよ……」
「それは自業自得だと思うのじゃが……。まあ結局犯人は清水だと分かってよかったではないか。……男子は全員停学になりおったが」
「それは言わない約束だよ! それと二日目の朝、秀吉の顔が目の前にあったと思ったら夢オチでがっかりしたよ……」
「その話は初めて聞くのう」
「あと少しでキスできる……! ってところて、目が覚めて残念だったなあ」
「お主は何をしようとしてるのじゃ……。そんなこと、い、今ならしようと思えばいつでもできるのに」
若干うつむいて照れながら秀吉が言う。
「それもそうだね。でも、思えばここまで長い道のりだった……」
そのまま寄り添いながら会話を続ける。
「そんなに長かったじゃろうか?」
「そうだよ!! だって僕らが出会ったのが一年生の時で、付き合えたのは三年生。今こうして二人っきりで旅行してるのが……あれ? 今は出会って何年後だっけ?」
「まったく……計算できないとはさすがじゃな。今ワシらは二十三歳じゃから、もう八年にもなるのう」
「そう! 八年だよ? だいぶ長かったよ……。でも今こうして秀吉をひとりじめできるから、最高だけどね」
そう言いながら、秀吉の腰に右腕を回す。
「今回の旅行は奇跡的に予定が合ってよかったのう。中々表立ったデートができないのは本当にすまぬ……」
秀吉は頭を僕の肩に、くてんと左向きに倒しながら答える。何この可愛すぎる生き物。
「しょうがないよ! だって秀吉が大好きな演劇に打ち込んでいるからだし、その結果が今報われていて嬉しいよ」
そう、秀吉は卒業してからも劇団で演劇を続けていた。
そして最近朝ドラで「自らの性別に葛藤しながらも、それを周りに隠し笑顔を絶やさず、自身の家族が亡くなってもアイドルを続けるのか悩む主人公を励ます主人公の幼馴染役」がハマり、日の目を浴び始めたのだ。今や分刻みのスケジュールでとても忙しそうにしており、パパラッチに見つからぬよう堂々とデートすることは禁じられている。
「……それに、不本意だけど僕の撮影も兼ねてるからね」
「久々にアキちゃんが見れるのは楽しみじゃのう」
「心から不本意だよ…。でも今年までだし、秀吉のために頑張るよ!」
僕は今「謎の美少女・アキちゃん」としてSNSで活動しているんだけど、これにはマリアナ海溝より深い理由があるんだ。決して僕が女装好きの変態だからではない。
発端は僕らが二十歳の頃、ムッツリーニがうっかり僕の女装姿、アキちゃんの画像を挙げてしまいうっかりバズってしまったことだ。その時僕の女装を売りさばきたいムッツリーニに強く説得されたんだよね……。もちろん、最初は断ったんだけど……。
――――
「……明久。秀吉はきっとそのうち有名な役者になる」
「うん。そうだろうね」
「……その時、どうやってお前は秀吉を幸せにできる?」
「? 仕事で大変だろうから、家事とか僕にできることで支えていくつもりだよ?」
「……それでいいのか?」
「どういうこと?」
「…………秀吉はきっと数えきれない額を稼いでくる。それに甘えるだけのヒモでいいのか? 今のうちに、アキちゃんとして稼いでおくべきではないのか?」
「確かにそうかもしれない。……っていやいや! 納得しそうになったけど、ヒモにはなりたくないからって、アキちゃんをやる必要はなくない⁉ 普通に働けばいいよね⁉」
「……アキちゃんの方が、断然稼げる……!」
「僕は頭がよくないから、確かにいい会社は難しいかもしれないけどさ。就職して働くつもりだよ」
「……まあ、考えておけ」
――――
この会話の後、僕の留年が決定しちゃって……。母さんと話して、留年費用は自分で稼ぐってことになって仕方なく……仕方なかったんだ……。そんな理由で大学の間だけは、アキちゃんとしての活動を行うことになったのだ。
なんで留年したの? という疑問はどうか投げかけないでほしい。必修の単位を一個取り忘れたなんて、情けないことは言いたくないよ……。
それに、留年が決まった時、雄二には「むしろお前が卒業して浪人してない時点で奇跡だったろ」って言われて殺意が湧いたよ……。けど、流石に責められる立場になかったし、母さんに必死に土下座して、姉さんに折檻されたことは今でも忘れられない。
まあ今年は卒業できる見込みだから、家族にもう迷惑をかけないで済むのは嬉しい。それに、やっとアキちゃんを辞められる。
一応アキちゃんの活動報告をすると、SNSの登録者数はMetube登録者は30万人、Panstagramは15万、Yは8万人のフォロワーがいるらしい。「らしい」って曖昧なのは投稿はほぼムッツリーニ達にまかせっきりだからね……。それと、女装ということは世間にはまだバレていない。バレたら飛び降りだけでは済まないと思う。まさか、僕の女装姿を本当にネットに
ちなみに一番ヒットしている動画は105万回再生の「美少女に聞いてみたい100のコト〜アキちゃんに色々聞いてみた〜」で、コメント欄は
・照れながら語るアキちゃんカワユス!
・一生推します!! ……地の底まで。
・僕の愛するY井A久くんの女装に似ていて最高に愛しいです。結婚してください!
・アキちゃん、送った衣装は着てくれた?? 早く写真を撮りたくてたまらないよ♡
と愛の溢れるコメントで埋まっている。正直すごく怖いから今すぐにでも辞めたい。
「可愛い可愛いアキちゃんがもう見られなくなるのは寂しいのう」
「秀吉も大概僕の女装好きだよね……。なんでみんなそんなに好きなんだろう?」
「そりゃ可愛いからじゃろう。女装特有の恥じらいがまたたまらないのじゃろうな」
「むう……そっちばっか褒めないで今の僕も見てよ」
そう呟いて回した右腕で秀吉を引きつけ向かい合い、至近距離で見つめ合う。すると秀吉は
「どっちもワシの好きな明久じゃ」
と言い僕の胸に顔をうずめた。
「明久はやはりいい匂いがするのう……。はぅ……」
気持ちよさそうでよかった。こんなので癒されるならいくらでもやってあげたい。
「秀吉の疲れよ取れろ〜。痛いの痛いの飛んでけ〜」
そう言いながら秀吉の頭を優しくなでる。秀吉の髪、本当にサラサラでほんのり甘いいい匂いがするよなあ……。撫で心地も最高で天にも昇るような心地だ。
「ああ……でも僕のほうが癒されてる気がする……」
「ん……。もっと右のほうを撫でてくれぬか?」
そう言って擦り寄る秀吉。まるで猫みたいだなあ。猫耳を付けたらうっかり間違えちゃうんじゃないだろうか。
「三毛猫、黒猫、アメリカンショートカットヘア、いやペルシャ猫もいいな……」
「お主は何を考えとるのじゃ……えいっ」
「ちょっと!?突然なにするのさ秀吉?」
突然秀吉が脇腹をくすぐってきた。
「お主が油断しているからじゃ」
そう言ってこしょこしょと脇からお腹までくすぐってくる。胸元から首、うなじ、耳、と舌を這わせ、カプりと耳を甘噛みする。
「ふにゃっ!?」
「アキちゃんはいい反応をするのう」
はむはむと甘噛みを続け、耳を舐め、しまいには息を吹きかける秀吉。
「ほえっ!?や、辞めてよ秀吉…」
「身体はもっと欲しいって言ってるように見えるぞ?」
「そ、そんなことないよ。多分…」
ずっとこうしていたいぐらい気持ちいいけどさ。
このままじゃ主導権を握られると察して、顔が向かい合うように振り向き優しくキスをした。
「あひっひさ、こそとつれんじゃ…」
口を塞がれ攻める手段を失う秀吉。うん、ここを塞いだら流石に攻められないだろう。
「秀吉がいきなり甘噛みしてくるからお返しだよ」
「やり返しすぎじゃ。…………続きはせんのか?」
赤らんだ顔、そして上目遣いと甘えた声で言う秀吉。その破壊力に今すぐ抱きついて撫でまわしたいという衝動に駆られたが、理性をギリギリ保った。危なかっった……。
「もー。秀吉ったらずるいんだから。でも、先にお風呂入らない? せっかく部屋に温泉あるんだし」
「それもそうじゃな。……個室風呂なら性別がどうとか覗きがどうとか、もう言われずに済むからの」
第三の性別「秀吉」を世に知らしめた秀吉風呂はもう最近ではあまり見かけない。性別関係なく本人が有名になりすぎた結果、もう大浴場等には行きづらくなったので必要が無くなったのだ。
「ほら行こう!」
「い、一緒に入るのか⁉」
「そうだよ? 付き合っている者同士が一緒にお風呂に入るのは当たり前じゃないか!」
「間違ってはおらぬが、少し恥ずかしいというか……」
「あの頃は、僕たちが止めても秀吉が一緒に男湯入ろうって言ってたのに……。難儀だねえ」
「同性だろうと、す、好きな人と入るのは……恥ずかしいじゃろう」
だんだんと尻すぼみになる秀吉。
「まったくもう! 秀吉はなんでこんな可愛いんだ!! 僕のお嫁さんになってください!!」
「だから婿の間違いだとずっと言ってるじゃろう……。入るのじゃろう? 行くぞい」
「まあどっちが婿かははおいおいだね」
と言いながら、お風呂セットを持って立ち上がり脱衣所へ向かう。
――
かぽーん。と小気味いい竹の音をバックに露天風呂にゆっくりと浸かる。
「気持ちいいのう……」
「そうだねえ……。日頃のこと全部忘れられそうだよ」
「勉強のことは忘れるなかれ……。留年したらアキちゃん期間が延びるぞい」
「ひいっ! なんて恐ろしいことを言うんだ! 忘れません!」
「よろしい。まあワシとしては延びたほうが嬉しいのじゃがな」
と、いたずらっぽい笑顔で微笑む秀吉に
「冗談でも辞めてよ……。そんな悪い子にはおしおきだよっ」
といって温泉のお湯をかける。
「何をするのじゃっ」
負けじとかけ返し、はしゃぐ僕ら。個室風呂様々である。
「熱っ!! よりによって沸きたてのお湯じゃなくてもいいじゃないか!」
「すまぬ。わざとではないのじゃが……」
「冗談だよっ。そんな熱いお湯だったら秀吉が火傷しちゃうでしょ?」
「まったくお主はつまらぬ冗談を……。こりゃっ」
可愛らしい掛け声と共に、人差し指でのへそをつつく秀吉。
「うっふっっっ⁉ なんてイタズラをするんだ!」
「おかえしじゃ。苦しむがよい」
「も〜。秀吉って意外と子供っぽいところあるよね」
「お主にだけは言われたくないが……。負けず嫌いではあるかもしれんのう。やられっぱなしは性に合わんのじゃ」
「まあ舞台って、競争社会っぽいもんね」
基本的に、平和主義の秀吉だから正直いつも心配になる。僕も動画や写真を見てもらい始めて、批判的な意見もたまにもらうから……。世の中には色々な人がいるけど、できれば秀吉には傷付いてほしくないなあ。
「うむ……。
「何かトラブルとか喧嘩とかあったら僕に相談してね! 頼りないかもしれないけど――」
「なぜか共演者の男と女の二人が、どちらがワシを食事に誘うのかで揉めてるのじゃ……。そんなにワシには声をかけづらいのかのぅ……」
おっと、その諍いは想定してなかった。それは秀吉の魔性の魅力ゆえだと思う。って、僕という人間がいるから、その……恋愛目当ての人は止めるべきだよね⁉
「それは秀吉が避けられているわけじゃなくて……」
いや、好意ならともかく、下心ゆえの行動だと気付かせてしまったらどうなるだろう。秀吉の浮気を疑う訳じゃないけど、彼がいるのは、僕よりカッコいい人や可愛い人ばかりの華やかな芸能界だ。そんな世界の人から迫られたら、例えばキスシーンの後なんか「もうこのまま遥か彼方まで連れて行って!」という気持ちになってしまうじゃないだろうか。そして秀吉を失い抜け殻になったような僕の死体が、アキちゃん撮影日に家を訪れてきたムッツリーニに初めて発見され――
「おーい、明久? ……処理落ちじゃろうか?」
心配したような声で湯けむりの中、目の前で手を振ってくる秀吉。いつか遠くに行ってしまうとしても、僕は彼に言っておきたいことがある。
「秀吉……、僕のお葬式には、ちゃんと来てくれるかい?」
「……どういう処理をしたら、諍いからそのような反応が得られるのじゃ」
……はっ⁉ いけない、ちょっとトリップしてた!
「……多分、その人たちは秀吉に……こ、好意とかあるんじゃないかな。それで、取り合っているんだと思うよ」
「ワシを取り合う? そんなわけなかろう。でも、そうか。避けられているわけじゃなくて、気を使ってくれてたのじゃな」
自分が共演者から嫌われているわけではないと分かり、安堵したような顔を見せる秀吉。
「秀吉は自分の魅力に鈍感すぎるよ! Fクラスでもみんなのマドンナだったじゃないか!」
「いや、Fクラスはその……、あまりにも特殊なクラスだったじゃろう? 芸能界もまた特殊な環境じゃが、その毛色が違う。ワシごときが目立つような場所ではなかろう」
「いつもそうやって自分を下げる……。だから心配になるのに……」
「何をじゃ?」
「だって、そんなに自分を過小評価していると……先輩とかに褒められたら、その人に下心があったらひょっこり着いていっちゃいそうじゃないか……」
「な、お主そんなことを疑ってたのか⁉ 心外じゃ! わ、ワシはそんなに軽い人間ではない!」
「でも、芸能界ってすっごい華やかな世界だし……」
「お主もその世界に既に首を突っ込んでおるが……確かに明久なんかは、グラビアアイドルに迫られたら断れなさそうじゃな」
ジト目で見てくる秀吉。うう……、それはそうかも……。
「そ、そんなこと! ない……よ……」
「ほら! はっきりと言いきれぬではないか! ……こういうことは言ってもキリがない。これ以上はやめておこうぞ。それに……」
「?」
「ワシがお主以外に浮気するなど、ありえないことじゃからなっ」
そう愛らしい笑顔で快活に言い切った彼は、僕の頬に優しく口づけをした。柔らかなその感覚に思わず、
「きゅう…………」
「明久、お主のぼせおったのか⁉ すぐに出て冷やすぞ!」
秀吉の焦ったような声が頭上に響く。あれ、なんだか全身が熱いな……。心なしか天国のじいちゃんも見える気がするし。じいちゃん、その川を渡って行くからね……。
『お前に三途の川はまだ早い! ワシも、ワシもそんな美女と幸せな生活を送りたかった……』
心なしかじいちゃんの恨みが聞こえた気がする。
「さっきからこやつ、うわごとを呟いてるが大丈夫じゃろうか……? こうなったら人工呼吸が――」
秀吉のその呟きを最後に、僕の意識は途絶えた。
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