第5話 聖女の決心【1日目】

 レニーがアイリーンに連れて来られたのは、街の外れにある、大衆食堂だった。鯨馬亭と看板が付けられた店は、場所の割には繁盛している。


 重い樫の扉を開いたレニーは、壁際の席にアランを見つけてそっと扉を閉じた。


「入らないの?」

「アランさま、すんごい美人の女の人と、ご飯食べてる」

「どんな人?」

「髪は煉瓦レンガ色のストレートで目は灰色。ふっくらした唇が色っぽくて、唇下にはほくろが見えました。胸はふくよかです」

  

 一瞬でそこまで見たのかという位、レニーは詳細を語った。

 特徴を聞いて、アイリーンが納得する。


「あー、それ。私の姉」

「お姉さん?」


 レニーはアイリーンをまじまじ見た。


「言われて見れば、目の色と、髪の色はそっくりです」


 長いウェイブのある煉瓦色の髪をポニーテールに纏めているアイリーンは、『可愛い』という形容詞の方が相応しい。

 方向性は違うが、並べば絵になる美人姉妹である。


「姉の名はイリーナ・テラコッタ。この店の主人で、アランとは昔、同じパーティだったの」


 この食堂も、魔王討伐の報奨金を元手に手に入れたのだとアイリーンは説明する。


「アランのことは、出来の悪い弟くらいにしか思ってないから大丈夫よ」

「アランさまは完璧です。出来が悪くなんかないです!」


 拳を握って力説する聖女を微笑ましく見ながら、問答無用でアイリーンは扉を開けた。


「ちょっと、アイリーンさん。心の準備が!」


 ここまで猪突猛進で来たくせに、何を言っているのだとアイリーンに呆れられながら、レニーはアランにテーブルに引きずられていった。


 ハンバーグとビーフシチューを置いて行った店員と、入れ替わりに近づいてきた二人を見て、アランが面食らう。


「……なんでいる?」


 驚きすぎたアランは、取り繕う余裕も無い。


「近付くなって、言っただろう!」

「アランさま、そういう話し方も素敵です!」


 レニーは両手を組んで、崇める様にアランを見つめた。

 我に帰ったアランが、ワインを飲んで息を吐く。


「姫、陛下に呪いの話は聞いたのでしょう? 三日間は私には近づかないで下さい」

「そのことでお話があるのです」


 レニーはアランの隣の椅子にさっと腰を下ろした。


「フレール王が仰るには、わたしと言う聖女はこの国に来たので、もう、両国との取り決めの条件は満たされているとのこと。わたしの婚姻相手はアランさまでも良いそうです」

「はぁっ!?」


 アランが面白い程に呆けた。


「陛下は半年生き延びたら、アランさまと私を祝福して下さるそうですよ!」

「⋯⋯っ、あの人は!」


 神殿では見せないアランの顔に、レニーは一挙一動、喜んだ。


「⋯⋯貴女は言っていることが解っているのか? 私といればまた、あんな魔物に襲われるのですよ」


「解っています。でも、わたしはアランさまが良いので、護って下さい!」

「はい?」


 アランが固まった。


「もう決めました!」

「勝手に決めるなっ!」


 猫を引っ剥がしたアランを引き出す最短記録だと、イリーナが爆笑する。


「あの無表情、無愛想、冷血アランが、押し負けてるわ」


 アイリーンが感心した様に呟いた。


「考え直せ!」

「嫌です!」

 

 両者互いに譲らない言葉の応酬だったが、ここで、レニーのお腹がぎゅるっと鳴いた。


「あっ……」


 赤面するレニーの前に、アランは無言で手を付けていなかったグラタン皿を置いた。


「わぁ。食べて良いのですか?」


 アランは返事の代わりか、パンの籠も前に置いた。

 レニーは顔を輝かせて、スプーンを手に取る。


「私はそのハンバーグ食べたいな!」

「おまえは自分で注文しろ」


 これみよがしに、アランはハンバーグに手をつけた。


「えぇぇ、ケチ! お姉ちゃん」

「妹でもお代は頂くよ。ハンバーグひとつ、追加!」

「うわぁ、ケチぃ!」


 「あの食欲大魔神のアランくんが人に、自分の食事を譲るとはねぇ」と、イリーナが驚きの声をあげる。


 満面の笑みを浮かべてグラタンを頬張るレニーの横で、ため息を吐きながらもアランの纏う空気はどこかやわらかかった。

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