転売戦線

イカクラゲ

第1話 転売ヤーの夜


 ピロン──


 ──と、スマホの通知が鳴った。


 フリマアプリの通知音から察するに、おそらく相手は、転売取引中の相手だろう。

 ほとんど値段交渉も終わり、あとは送金と商品の受け渡しのみの状態だが、いったい何の用だろうか。


 うるっせぇなあ──と、あくびをしながら、フリマアプリを開く。


『立花さんと取引中の遊牙王カードのレジェンドボックスですが、別のユーザーから買うことにしました』


 眠気が、勢いよく吹き飛んだ。


『そちらの方が、よりお安く譲ってくださるそうなので』


 などと、寝言をぬかしてきやがった。どうか本当に寝言であってほしい。


『ちょっと待ってください』


 立花は即座に体を起こし、布団の中でフリック入力でチャットを打ち込む。

 遊牙王のレジェンドボックスは、ただでさえ在庫を抱えている状態。ひとつでも多く在庫を減らしたいという時なのだ。


『こちらは既に、送付寸前の状態。こちらの方が、迅速に対応できます』


 立花は矢継ぎ早に、両指でチャットを打ち込む。


『それに失礼ですが、その方は個人で転売業をされている方ではないでしょうか?そういった方から購入されるのは、品質の観点から推奨致しません』


『それはあなた方とて、同じでしょう』


「──」


 図星に思わず、指が止まる。


『あんた達だって複数人とはいえ、やってることは転売ヤーと変わりないじゃないですか』


 このユーザーの言う通り、確かに立花はショップで買い占めたカードを高額で売りつける行為を組織単位で行なっているだけで、やってることは個人の転売ヤーと何ら変わりはない。


『しかしこちらは、特典でブルーネイルホワイトイグアナの初期カードをつけますよ』


 立花は遊牙王のレアリティなど知ったこっちゃないが、ネットで情報収集くらいは怠らずやっている。

 彼女の手の中にある、ブルーネイルホワイトイグアナの初期カードは、もはや伝説級。二度と手に入らないと言われる幻のカードだ。


『どうせそれ、プロキシでしょ?』


 プロキシとは、本物のカードのコピーを切り貼りしたものだ。当然、公式のカードゲームの大会で使用することはできない。


『そんな貴重なカードを、レジェンドボックスのおまけで寄越すなんて、考えられません。悪質なのは、あなたの方です。失礼します』


 待ってくださ──まで打ち込んだところで、ユーザーからブロックされ、チャットが封鎖されてしまった。


「……舐めやがって、あの野郎」


 ぐしゃり、とブルーネイルホワイトイグアナのカードを握りつぶす。コピー用紙が厚紙から剥がれ落ちる。


 まさかプロキシが、見破られるとは。

 カードコレクターのオタクの分際で、鋭い洞察力だ。

 だいたい、高額なカードを買う経済的余裕があるなら、ちょっとは入浴代に使えっつーの。

 こちとら、鼻をつまみながらカード単価の視察に行かなきゃならないんだぞ──などと毒吐きながら、立花はスマホから目を離し、眼前のダンボールの山を眺めた。


 ダンボールの中には、はちきれんばかりのカラフルなぬいぐるみが詰められている。


「……これ、売れると思ったんだけどなあ」


 カラフルぬいぐるみは、大手の玩具メーカー『デンジャらス』の開発した期間限定商品だ。

 カラーリングが豊富で、クマやらウサギやらキツネやらの、動物の種類も多様。

 おまけに、背中にチャックがついており、小物入れとしても使える実用性。


 期間限定という言葉に踊らされた、バカな女どもがキャーキャー言いながら買い占めるとばかり思っていたが、びっくりするほど売れなかった。


 期間限定という言葉に踊らされたバカな女こと、立花はお先も寝室も真っ暗な中、ため息を吐いた。


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