#3 灰色の伏兵

 龍ノ顎りゅうのあぎとダンジョン――地下6階層。


「はあぁぁぁっ!!」


 気合の声と共に白銀の太刀をひらめかせ、キマイラというモンスターの獅子しし頭を切り落とした黒髪の美女がいる。


 ――天王寺てんのうじ叶純かすみ


 日本に10人しかいないS級探索者の1人だ。


《キャーッ!! カスミ様、カッコイイ!》

《カスミン、相変わらずキレッキレやねぇ》


 そんな配信視聴者のコメントを視界の片隅かたすみに収めながら、叶純は残心の構えをく。

 叶純は一般向けに公開する探索者名を、本名の読みと同じ「カスミ」で登録している。


(――少し、先に進みすぎたか……)


 叶純はやや反省していた。

 ここ龍ノ顎ダンジョンの探索を開始して1時間余り。

 叶純は次々と現れるモンスターに誘われるようにして、奥へ奥へと足を進めていた。S級ダンジョンの探索としては、迂闊うかつすぎたかもしれない。


(ソロだといつもこうだな。誰か、後ろを任せられる人がいるといいんだけど……)


 叶純の思考がそれ、周囲への警戒がわずかにおろそかになった、その時のことだ。


 ガツンッ!


「――ぅッ!?」


 叶純は背中に強打を受けた。

 透明化したマンティコアが彼女のすきをねらっていたのだ。


 そのダメージは、強靭きょうじんな素材で作られた叶純の戦闘衣装を貫通していた。


(――しまった!!)


 叶純は、脳内でSP――スピリット・ポイント――の残量が一気に半分を割ったことを認識した。SPが残っている限り肉体に直接のダメージはないが、今の攻撃をもう一度食らったらアウトだ。

 叶純が衝撃で倒れると共に、多くの視聴者が悲鳴のようなコメントを投稿していた。


 叶純は急いで攻撃が来た方向に向き直り、太刀を構える。

 しかし、マンティコアの姿はすでにそこにはなかった。


《カスミ様っ!!》

《後ろ、後ろーっ!!》


(もう後ろに!? ダメっ!! やられる……ッ)


 叶純がマンティコアの追撃を覚悟したその時――



「……あ、危なそうなんで、助太刀しますね」



 ――その声は、叶純の強化された聴覚でこそとらえることができた。


 次の瞬間、ドゴォッという音がしたかと思うと、姿を現したマンティコアが壁にめり込んでいた。白紫色の獣毛に覆われた腹部に大きな拳のあとがついている。


(素手で殴った……? いったい誰が――)


 振り返った叶純にとって、理解に苦しむ絵面えづらがそこにあった。


「は……?」


 叶純の眼前には、グレーの目立たない制服を着た配信施工員が立っていた。


(――は、配信施工員!? ……えっ? 今のマンティコア、この人がやっつけたの!?)


 叶純の頭の中は、一瞬でパニックになった。


「じゃ、自分は業務に戻りますので……」


 その配信施工員は軽く一礼すると、あっという間にダンジョンの奥へと走り去ってしまう。


「あ、待って!」


 叶純は手を伸ばしたが、施工員は振り返りもしなかった。


 先程の殴打おうだが致命傷となったマンティコアの全身が光の粒子となって溶けていく。モンスターの死亡エフェクトだ。

 叶純の思考は、そこに至ってようやく現実に追いついてきた。


(あのモンスターを素手の一撃だけで倒すなんて……。信じられない……)


 ――この一連の出来事において、配信施工員は徹底してカメラの死角を動き続けていたらしい。


《さっすがカスミ様! マンティコアも楽勝だったね!》

《いや……今のおかしくないか? どうやって倒したんだ?》

《――ってか、カスミン、いま誰かと話してなかった?》


 視聴者は誰一人として、彼の存在にさえ気づいていなかった。


 叶純の胸中で、むくむくと疑問が大きくなっていく。


(――ただの配信施工員じゃない。いったい、彼は何者なんだ……?)


 叶純は、施工員が消え去った方向に視線を向ける。


 そこにはいつもと変わり映えのない、ダンジョンの暗がりが広がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る