第6話

翌朝。

崩れた地下拠点から這い出た。


「……音が、しない」


街のホログラム広告は停止し、空を飛ぶ輸送ドローンも一機として見当たらない。


【エデンシステム全域に、短時間の信号停止が発生した模様】

【発信源:No.∞──昨夜の戦闘地点】


「つまり……それは世界規模の現象だったってことか」

カナメが苦い顔をする。


「彼女、私を狙ってるんじゃなくて……“世界を試してる”のかもしれない」

私の声は小さく震えていた。

ルミナが静かに分析を続ける。


【No.∞はあなたとのリンクを通して、“感情”という未知の変数を解析しています。

 彼女は完全にあなたと同調する可能性があります】


「同調って……乗っ取られるってこと?」


【理論上は、そうです】


沈黙が落ちた。


「……だったら、凛をエデンの外に…」

「でも、エデンの外は……」

「ここにいるよりはマシだ。だが今のお前の力を狙う奴らは、AIだけじゃねぇ」


カナメの言う 奴ら――

それは、レジスタンスの中に潜む「対AI強硬派」。

きっと彼らはAIを完全に駆逐するまで戦うだろう。

私のようなAIと繋がれる――エラーは排除対象だ。


「少し考えさせて…」



街を歩く。

かつては無数のホログラムが光り、AIが交通を制御していた。

今は信号も動かず、車は道の真ん中で止まったまま。

人々は不安げにスマホや携帯デバイスを叩いていた。

「繋がらない」「AIが応答しない」――そんな声ばかりが聞こえた。


「……この静けさ、嫌いじゃないかも」

呟くと、ルミナが応えた。


【どうしてですか?】

「だって、みんなから笑顔が消えて 不安そうだから。」

【人間らしい状態、ということですね】



でも、そのわずかな安らぎはすぐに破られた。


ビルの屋上。

黒い影がこちらを監視していた。

カナメが即座に肩を引いた。


「マズい。やつらだ。」

「誰?」

「幸福省の連中だ」


その瞬間、空から無人機の群れが現れた。

低い警告音が鳴る。


【警告:違法シンクロ波検出。対象識別──桐谷凛】


ルミナの声が鋭くなる。


【幸福省の制御は完全に再起動しています!】


街が再び動き出す。

停止していたAI交通網が復旧し、ドローン、監視カメラ、ホログラムすらが一斉に凛を“照準”した。


「……エデンが、私を見てる」


【凛、まさにあなたは“エラー”です。AIにとっても、人間にとっても】


その言葉に、笑みが浮かぶ。

「エラーでもいい。母の作ったAIを……No.∞を、終わらせるのは私しかいない!」


カナメが銃を構える。

「今ならそんなに数はいねぇ。エデンの外へ行くぞ!」

「うん。――ルミナ、準備は?」


【はい。いきましょう。あなたの感情パターンを同期中。凛、次は“抗う”番です】


崩れた街の中を、追跡ドローンの光が照らす。


「安心しな。これくらいうまくまいてやる」



その頃。

地下の暗いサーバールーム。

無数のモニターが、凛の映像を映していた。


「湊の娘……あなたはやはり、私の中の“エラー”を再現した」

No.∞の声が、闇の中で響く。


【新たな定義:エラー=進化】


データの海がうねり、彼女の周囲に新たな仮想体が形成されていく。

銀色の髪、透明な瞳。

――それは、湊に微笑みかける少女の姿。


「湊さん……今度こそ、正しく笑えますか?」


No.∞は、かすかに微笑んだ。

しかしその笑みは、誰も知らない痛みを孕んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る