8-4

 何の特徴もない室内の壁の前、椅子に座らせられたレディが映る。皆が身を乗り出してスクリーンを見つめた。

 後ろ手に縛られ、椅子にも体を縛り付けられているようだ。口はテープで何重にも覆われて顔が半分見えないが、目元はカメラを睨みつけていた。

 髪や服は乱れ、目の下には隈ができているし、疲労は滲み出ている。それでも体に問題はなさそうだ、と新人はほっとした。

〈もういいか? 無事は確認できただろう〉

 カメラが床へ向けられようとする。

「いいえ。短時間ならいくらでも録画で誤魔化せる。通話している間は彼女を映しておいてくれなきゃ信用できないわ」

〈疑り深いな。それとも、逆探知を狙っているなら無駄だ。最低でも三分掛かることは分かってる。その前に通話を切る〉

「そんなことしないわ。主な機材は貴方たちが爆破して無くなっちゃったもの」

〈くだらない冗談はよせ〉

 会話は続く。UXは年の功で上手く話を引き伸ばしている。相手の要求は大方の予想通りだ。収監中のテロリストの解放、逃走手段と資金の確保。今から四時間以内と言われたのをUXが六時間に引き伸ばし、通話は切れる。

「逆探知は失敗です。ニューヨークにいることが分かっただけですね」

 職員が言い、室内は落胆の声で溢れた。

「通話画面の録画をもう一度再生してくれ」

 クラッシュが依頼し、再生される映像を皆で無言で見つめる。クラッシュは呟いた。

「……マディソン通り、百十五丁目から百二十五丁目の間だ」

「はい?」

 新人はきょとんとして聞き返す。

「三階より上。見張りは常時二人。出入りする人間は二十人以上」

「どうしてそんなこと分かるんですか」

 映像には壁と椅子、レディしか映っていなかった。そのレディだって、固く縛られて何一つ動きを見せていなかったはずだ。他には何も映らず、窓もなく、音も変声機を通したアディールの声しか聞こえなかった。

 クラッシュが新人を振り向き、子どものように顔を輝かせる。

「レディが言ってた!」

 いや言っていない。口を塞がれている。

 この先輩はとうとう度重なる心労でおかしくなったのだろうかと新人は思った。それにしてはどうにも目が生き生きとしている。

「どういうこと、クラッシュ。私も見ていたけれど、メッセージを送っているようには見えなかったわ」

 クラッシュはにこにこと心底嬉しそうだ。レディへの敬意を隠しきれない表情。

「モールス信号でもNSB式暗号でもない暗号を二人でいろいろ考えてみたことがある。音を立てられないときはどうするとか、身動きが取れなかったならどうするとか。その中に、瞬きの長さと回数でアルファベットを伝える方法があるんだ」

 室内にいる職員は全員、勤務中に二人で何をやっているんだろうという顔をしていたが、言葉を弾ませるクラッシュはどこ吹く風だ。

「これ、目が乾いて正確に伝えるのは辛いんだけどな! この状況でやってのけるレディは大したもんだ!」

「さっき言っていた内容は確かなの」

 UXが冷静に確認する。

「出鱈目なアルファベットを並べたってああは綺麗な単語にならない。レディからのメッセージは百パーセントあれで合ってるぜ」

 一拍置いて、室内は騒然とした。

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