4-7

 新人はクラッシュがハンドルを切る度に遠心力に振り回されながらもスマホを操作した。

「掛かったらスピーカーにしてくれ」

 クラッシュがそう言った時、車のリアウインドウがガシャン! と割れる。バックミラーにこちらへ銃を構え猛スピードで迫る車両が映った。

「頭を下げろ!」

「うわあああもしもしスナイプですかあああ!」

 新人は悲鳴を上げて従いながら、スマホを持った手だけはクラッシュに向けて伸ばす。機械を通したスナイプの声が阿鼻叫喚の車内に響いた。

『クラッシュ? 掛けてきたのは新人か?』

「ああ、スナイプ! 出てくれてよかった」

 クラッシュの声に僅かに安堵が滲む。

『今のは銃声か。無事なのか』

「無事に帰ろうと頑張ってるところだ! ターゲットを尾行していたはずが武装集団に追われてる。でもその様子だとあんたは無事だな? レディと連絡が付かないんだ。何か知ってるか」

『いや、知らない。俺とハックはレディと通信を繋いでいなかったからな。俺たちはまだレキシントンビルの近くで偵察中だ。会議室に戻るか?』

「そうだな、急いでくれ。俺と新人は明らかに待ち伏せされてた。レディにも何かあったかもしれない。俺たちもこいつらを撒いたら帰る」

『分かった。……待て、外からクラクションとサイレンが聞こえる。お前らこっちへ向かってきてるな。車は黒のピックアップだろう?』

「そうだ!」

『ここを離れる前に何発か援護射撃しておこう』

 その声が聞こえるやいなや電話の向こうから連続して破裂音が鳴り、背後では追手の車が三台、火を吹いて後方へ離れていく。

「スナイプ……!」

「こっちは良いからレディの方へ、と格好つけたいところだったが助かったぜ、ありがとう!」

 新人とクラッシュは感極まった声で叫び、通話は切られた。

「スナイプが距離を稼いでくれた今のうちにあいつらを撒こう」

 車は車幅ぎりぎりの細い裏道に入り幾度か角を曲がる。パトカーのサイレンも追手の銃声も聞こえなくなっていた。完全に割れてなくなったリアウインドウから風が通る。

「クラッシュ」

 新人はそろそろと頭を持ち上げながら彼を呼んだ。

「ん?」

 彼は前を向いたまま返事をする。

「何が起きてるんですか」

 新人は呆然としていた。まだ足が震えている。

「分からない」

 クラッシュなら何でも知っていると思っていた新人は予想外の返事に驚く。

「君に仕事を教えるためには俺の考えてることをきちんと論理的に説明した方がいいのは分かってるんだが。俺は大抵勘で仕事をしているからな」

 クラッシュも少々困り顔だった。新人教育というのはどこの職場も難しい。

「エレベーターの中で、なんとなく危ないと思った。後からならいろいろ理由は考えられるけどな。俺たちが一階に誰もいないと判断したのに三人も乗り込んできたっていうのは、あいつらはそれだけ身を潜めてたってことになる。それに、俺が挨拶しても一言も返さないっていうのもどことなく身の危険を感じた理由だな。襲おうと思っている相手に明るく話しかけられると、大抵は面食らって上手く返せない」

 バーガー屋の店員に、ガードマン。彼が誰にでも気さくに話しかけるのには実用的な理由もあったのか、と新人は感心した。

「君が俺の指示を理解してエレベーターを三階に停めてくれて助かった。あのまま七階まで向かっていたら俺たちは二人とも逃げ場のないあの中で襲われてただろうな」

 それは流石の俺でも無理だ、とクラッシュは冗談めかすが笑えない。

「確証がなかろうが何だろうが、死にたくないなら先手を打つしかなかった」

「クラッシュは手痛くないですか」

 新人はハンドルを握るクラッシュを心配そうに見つめていた。ちらりと視線を寄越した彼は彼女のしょんぼりした顔を見て今度こそ笑う。

「そんなにヤワじゃないさ!」

 殴られたあいつらの心配をした方がいいんじゃないか? と彼はおかしそうに片手で拳を振ってみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る