第14話 裕介、ジェイドに告白される

 騎士団施設の正門から大通りに出ると、レトロな石造りの建物が所狭しと並び、その間を人や馬車が多く行き交っていた。

 喧騒に包まれた城下街の様子に、裕介は圧倒される。


「……さすがは王都って感じですね」

「国内有数の商業都市でもあるからな……俺から離れるなよ」


 物珍しさに周囲を見回していた裕介は、注意された矢先、馬車と接触しそうになる。ぶつかる寸前、呆れ顔のジェイドに引き寄せられた。


「浮かれる気持ちはわかるが、もう少し慎重に行動してくれ」

「すみません……」


 非番であるため、ジェイドは簡素なシャツとズボン姿である。前髪は下ろしているので、年相応に若々しい。そんな凜々しい横顔に、裕介の胸は高鳴った。


(俺はジェイドのことが好きなんだろうか……)


 彼のそばにいれば落ちつかず、そのくせ離れると心細い。

 己の内にあるΩオメガ性が反応しているだけなのか。

 それとも裕介自身、ジェイドに恋心を抱いているのか。

 

 まずは身体に聞いてみようと、ジェイドでヌケるか先日試してみたら、見事成功した。


(いやいや、グラビアアイドルをオカズにしたって出来ることだし……うん、イケたからって俺がジェイドを好きだって証拠にはならない、ならない)


 必死に否定している時点で黒である。

 目を逸らし続けるのも限界に達していた。

 

「……先が思いやられる」

「何をそう落ち込んでいるんだ」


 小さな呟きさえ聞き逃さないジェイドに、裕介はしどろもどろになる。


「え――っと、あ、そういえば数日中に、ヴィクトル様が遠征先から戻って来られるんですよね」

「ああ……心配せずとも貴殿がヴィクトル様に会うことはない」

「え、あ、うん」


 ジェイドは、ヴィクトルのせいで裕介が不安になっていると、勘違いしてくれたようだ。


(まあそう思うのは仕方ないよな……)


 先日、騎士団を襲った者たちの黒幕が国王派、正確にはヴィクトルを支持する貴族だったからだ。

 珍しい者好きのヴィクトルが【災厄】に興味を持ち、妃にと望めば、次世代のハーレムは形成されない。そうなれば、王族の権威は失墜する。

 ならばヴィクトルが帰還する前に、裕介を亡き者にしよう。


 ヴィクトルの王位継承を望む者が企てた奇襲計画だった。


(いやほんと、勘弁してほしいよ)


 裕介はヴィクトルの妃候補として、異世界に召喚された。彼が気にならないといえば嘘になる。

 大通りの両側には露店が数多く並んでいる。ヴィクトル凱旋を祝う土産物が溢れ、否が応でも彼を意識せずにはいられなかった。


「それほどヴィクトル様のことが恐ろしいか?」

「……え」

「顔が強張ってるぞ」

「マジか」


 思わず、頬に手をあてる。元いた世界では、能面オヤジと陰口を叩かれていた。

 自分は表情が出にくい質だと思いこんでいたが、そうでもないようだ。


「出会った頃よりも表情は豊かになっている。まあ、他の者には気づかれないだろうから安心しろ」

「さすがジェイドさんですね。観察眼が優れていらっしゃる……え?」


 なぜかジェイドは、ほんのり顔を赤らめた。


(もしかして照れてるのか?)


 何ともウブな反応だ。

 プライベートだから気が抜けているんだなと、裕介が納得したその時。


「誰にでも、というわけでなはい」


 ジェイドがぽつりと呟いた。


 それはつまり裕介だから、表情の変化に気づいたという意味だろうか。


(俺以外に興味はないってこと? 何だそれ、お菓子の時に続いて、可愛いんだけど)


 気まずそうに沈黙するジェイドに、裕介の内なる乙女が発動した。普段は凛々しい青年の変わりように動悸が激しくなる。ドクドクドクと心臓が早鐘を打つ。あまりの速さに心臓が痛くなり、胸元を押さえた。


「どうした。気分が悪いのか」

「いえ、ジェイドさんの可愛さにやられてしまっただけです」

「……大丈夫ではなさそうだな」

 

 今にも騎士団施設に連れ戻されそうな気配に、裕介は「平気です」と顔を上げた。


「そういえば、俺たち、どこに向かっているんでしょうか」

「ヨシュアの親戚が営んでいる果物屋だ……行きたがっていただろう」

「よく覚えてましたね」

「記憶力には自信がある」


 裕介が作ることのできる菓子のバリエーションはそう多くない。

 せめて焼き菓子に混ぜる果物の種類を増やせたらなあと、こぼしていた。

 そんな何気ない呟きを、ジェイドは覚えていたらしい。


(いやまあ、自分が食べたいだけなのかも)


 ジェイドが裕介お手製の菓子を楽しみにしているなら、それはそれで嬉しい。

 裕介は露店に並ぶ品々を見るともなしに眺めていた。

 赤い果実を光沢のある飴でコーテイングしたものに、ふと、視線が吸い寄せられる。


(これって、リンゴ飴?)


「欲しいのか」

「いや、別に……」


 裕介が断ると、ジェイドは「そうか」とあっさり引き下がったが、その視線は串に刺さった飴から離れない。

 

 夏祭り。

 小学生の弟たちを連れ、家の近所の夜店を冷やかしていたら、彼らが物欲しそうに屋台の前で立ち止まった光景を思い出した。


(あいつら、俺をダシにしてたよな)


 普段からわがままな自分たちが欲しがっても、母は買ってくれない。

 しっかり者の長男がねだれば、話は違う。母はしょうがないと呆れつつ、お兄ちゃんにはいつも我慢させてるからねと、財布の紐を緩めた。

 長男は弟たちに甘い。こいつらの分も買ってくれないかと、母に交渉する。

 その時点で弟たちの思う壺なのだ。なんともしたたかな弟たちだった。


「……いえ、やっぱり食べたいです。一人では食べきれないので、ジェイドさん、一緒に食べませんか?」


 途端、ジェイドは灰色の瞳を輝かせる。

 年相応に明るい表情が可愛いよなあと、再びときめきを覚える裕介だった。


 彼の胃袋があれば、たくさん食べ歩きができそうである。



「……ふう、もうお腹いっぱいです」

「貴殿は食が細すぎる」

「騎士様と同じようにはいきませんよ」


 リンゴ飴からはじまり、クッキーにクレープに串焼き。

 王都のB級グルメは想像以上に美味い。

 加えてジェイドの食べっぷりに釣られ、胃がはち切れそうである。

 菓子だけではなく、軽食も挟み、味を変えたのも食べ過ぎに拍車がかかった。

 かたや裕介の食べ残しも平らげたジェイドは物足りなさそうな顔をしている。


 休憩がてら立ち寄ったのは王都を見渡せる高台だ。頂上は広場になっており、そこから見下ろす石造りの街並みは圧巻だった。

 王都を囲む外城壁の彼方の空から差す夕陽が、建物を赤く染め上げている。

 裕介は伸びをして、澄んだ空気を味わった。


「ジェイドさん、今日はありがとうございました」

「めぐり巡って俺のためでもあるからな」


 ジェイドが片手に抱える紙袋には、ヨシュアの親戚が営む店で買い込んだ果物が、溢れんばかりに詰め込まれている。


「そんなに買って大丈夫ですか」

「心配されるほど、金に困っていない」

「ならよかった」


 ジェイドは裕介の横に並び、王都に目をやった。

 夕陽が白皙の頬を赤く色づかせ、風が銀髪をゆるくなびかせる。


 二人でいても沈黙が苦しくない。

 なぜなのか。


(そうか、ジェイドは俺に何も期待していないんだ)


 これまで裕介は、見返りを求める者たちに囲まれていた。期待されるのは自分に価値があるからだと張り切っていたが、頑張れば頑張るほど気力は削がれていく。そして人に対して余裕はなくなり、心は荒んでいった。


 けれどジェイドは裕介を利用する気など、さらさらないのだ。

 気持ちがささくれ立つことはない。


 友人としては最高の相手である。このままの関係が続けばいい。

 けれど彼が裕介に飽きてしまったら、もしくは守ってやったのだから、対価を差し出せと迫ってきたら……。


(ジェイドがそんなこと言い出す可能性はほぼゼロだ。でも、スキルなし、体力なしな俺がジェイドのそばにいてもいいんだろうか)


 できることといえば、彼に菓子を作ってあげることくらいだ。

 しかし王都は美味な食べ物で溢れている。自分の手作り菓子に飽きるのも時間の問題だろう。

 

 彼の優しさにあぐらをかいていてはいけない。何か他にできることを増やさなければーー。


「ユースケ」


 低い落ち着いた声が耳朶を震わせる。

 最近、ジェイドは裕介の名をよく呼ぶようになった。

 彼が心を許してくれているようで、裕介は気に入っている。


「そろそろ帰りますか」

「ああ……。だが、その前に聞いてくれ」


 銀髪からのぞく瞳が、いつも以上に真剣な色を帯びていた。


「ジェイドさん……?」

「俺の番になってくれないか」


 突然の告白に、裕介は開いた口が塞がらなかった。


 夕陽が地平線の彼方に沈み、夕闇が空の高い位置から迫ってくる。

 広場には、二人一組で寄り添っている者達が、ちらほらといる。絶好のデートスポットのようだ。

 ジェイドともあろう者が、この甘い雰囲気に飲まれたのか。

 裕介は心配になった。


「えっと……責任感じなくてもいいって言いましたよね、俺」

「そうだな」

「ならなんで」

「貴殿を愛しているからだ」

「愛って……」

 

 恥ずかしげもなく告白するジェイドに、裕介は頬を引きつらせた。


「ちょっと待って。言ってる意味わかってます?」

「馬鹿にするな」

「してませんって。確認です、確認。俺と番になったら、ジェイドさん、他のΩオメガをお嫁さん、でいいのか、何にしても他に番を作れなくなるんですよ」


 裕介はαアルファからハーレムを作る能力を奪う、【災厄のΩオメガ】だ。

 副騎士団長である彼も貴族に違いない。裕介を選ぶことは、すなわち、自ら不利な立場に立つということだ。


「俺は出世に興味がない」

「でも」

「俺では不足か」

「とんでもない! 逆に俺なんかでいいのかと」


(って、番になること前提で話しちゃってるけど……番ってあれだろ。ようは結婚と同じってことだろ?)


 つまりは病める時も健やかなる時も互いを支え合うあれであろう。


「俺はジェイドさんの支えには、なれませんから」

「元から貴殿に頼るつもりはない」


 そっけない言葉がグサリと胸に突き刺さる。


(そりゃあ、要職に就いてるジェイドにしてみれば、俺なんか頼りないだろうけどさ)


 期待されていないから居心地がいい。けれど面と向かってそれを言われると、同じ男として負けた気がして、ジェイドの好意を素直に受け取れない。

 

「ジェイドさんには感謝しています。けど……このままなし崩しで世話になるのは違う気がするんです」

「……俺の番になるつもりがないということか」

「そういうわけでは……そもそも番になるってことがピンとこなくてですね」

「貴殿は俺のことをどう思っているんだ」


 ドキリとした。ジェイドに対して抱く感情は複雑だ。とても一言では言い表せない。

 考えこむ裕介にジェイドはため息をついた。


「……困らせてすまなかった。そろそろ戻ろう」


 広場を後にするジェイドの背中は、寂しそうに見えた。落胆させてしまい、裕介は焦る。

 いや、自己保身に走らず、彼とちゃんと向き合わなければ――。

 とっさにジェイドのシャツの裾を掴んだ。ジェイドは驚いたように目を見開く。


「俺、怖いんです」


 ジェイドは裕介に負担をかけたくないのだろう。

 けれど、それでは不安なのだ。

 人に必要とされなければ、存在価値などない。

 そんな強迫観念が裕介を追ってくるのだ。


「何かしていないと誰かに迷惑をかけてるような気がして、けどジェイドさんは俺に何も求めないから、どう反応していいかわからなくて、その」

「何も求めていないわけではない。例えば菓子作りは貴殿に依頼している」

「それは俺が好きでやってることですし」

「……俺を嫌っているわけではないんだな」

「……ジェイドさんを嫌うなんて、あり得ませんよ」


 盛大に勘違いされている。裕介は全力で否定した。

 ジェイドは表情をゆるめ「そうか」と声音を和らげた。

 副騎士団長という地位で、尚且つイケメンであるジェイドなら相手に困らないだろうに。


(よりによって俺に執着するなんて趣味が悪いぞ)


 喉元まで出かかった言葉を飲み込む裕介に、ジェイドは念押しする。


「だが、番になるつもりはないんだな」

「……少し時間をください」

「わかった。貴殿が俺に甘えてもいいと思えるように精進しよう」


 裕介の頬に、ジェイドは手を滑らせた。


「お、俺もジェイドさんを支えられるように、頑張ります」

「そのような気遣いは必要な――、いや、期待して待っている」


(不思議だ。ジェイドに期待されても、ちっとも嫌じゃない)


 硬い指先が頬を何度もなぞっていく。

 ジェイドはこちらの反応を見逃すまいとするかのように、裕介から目をそらさない。

 裕介は硬直してしまった。恐怖からではない。逆だ。


(ジェイドって、俺のこと結構好きなんじゃ……)


 魅力的な人間に好かれて悪い気はしない。なんならほだされそうになる。


(いや、もう俺は彼のことが――)


 何も考えず彼の胸に飛び込め。裕介の中のΩオメガが囁く。本能に身を任せれば楽に違いない。

 けれど、張った意地を引っ込めてしまえば、今までの生き方を否定することになる。


 あたたかい手のひらに寄りかかってしまいそうになる衝動を抑えるのに、裕介は苦労した。

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