[他サイト24h歴史ジャンル最高14位なろうでも日間ランキング入りしました]帝都の緋 ―少女剣士、桐の誓い―

えびまよ

第1話

 明治四十一年(一九〇八年)・早朝の東京、総理大臣私邸前。


 冬枯れの空は、薄墨色に沈んでいた。

 第二次桂太郎内閣総理大臣は、重い足取りで玄関ポーチに立つ。

 その胸中は、その日の天候と同じく、湿った雲が立ち込めていた。

 日露戦争後の財政難、そして高まる民衆の不満。

 今日の議会での答弁を思えば、この一雨来そうな空模様が、いっそう気分を暗鬱にさせる。


 馬車の車輪が砂利を踏む音を待つ、そのわずかな静寂を——

 三つの荒々しい足音が破った。


 桂の眼前に立ちふさがったのは、血気盛んな三人の男たち。

 誰もが野良犬のような眼差しを持ち、何よりその腰には、とうに時代遅れとなったはずの刀が下がっていた。


 廃刀令など、彼らの頭には存在しないのだろう。


 桂太郎の背筋に緊張が走る。

 老練の政治家とはいえ、この種の暴力には慣れない。


 「桂太郎!」


 一人の男が刀の柄に手をかけた。


 「世を乱す逆賊に、天誅である!」


 叫び声が、まだ眠る屋敷街に響き渡る。

 三つの刃が同時に鞘を離れ、夜明け前の微かな光を鈍く反射した。


 その刹那——。


 桂の視界に、鮮やかな緋色が走った。


 それは、炎のように激しく、そして雪のように冷たい光景だった。


 一。

 二。

 そして、三。


 桂の脳裏では、ただ光の輪が閃いたとしか認識できなかった。

 風切り音は一つ。三つの身体が時間の差なく、まるで糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

 遅れて、その体から噴き出した朱色の飛沫が、薄暗い石畳に朝焼けのような模様を描いた。


 そこに立っていたのは、一人の女であった。


 緋色の羅紗袴と黒革のブーツ。

 その装束の鮮烈さは、立ち込める薄闇と血の色との対比において、まさしく現世離れしていた。


 女は腰の刀を鞘に納める際、切っ先を一瞬、血振(ちぶり)のために空へと走らせた。

 その優雅な動作すらも、まるで舞の一節のようである。


 そして女は、総理大臣・桂太郎へと向き直った。


 「総理閣下。」


 その口調には一切の動揺がない。

 まるで今しがた道端の小石を払いのけたかのような、静謐で格式張った響きであった。


 「ご無事、まことに喜ばしく存じます。」


 女は、西洋の貴婦人よりもさらに深く、古式ゆかしい一礼を総理に捧げた。


 彼女こそ、内閣直属の特務官。

 藤原朱音(ふじわら あかね)。

 十五歳にして、**「五七桐」**を背負う者である。


 桂太郎は、冷たい空気の中で呆然とその姿を見つめた。

 「……君が。例の、藤原の……」


 朱音は直立の姿勢に戻り、凜とした声で答える。


 「はい。この身は、陛下より賜りし桐の紋の下、内閣直属の特務に就いております。

 不穏分子の排除、並びに閣下の護衛が、今朝の任務にございます。」


 朱音は周囲を見回した。

 男たちは、全員が一刀の下に絶命している。

 その手際の正確さは、訓練を重ねた暗殺者のそれだった。


 「この者たちの始末は、後刻、内務省の者にて手配致しましょう。

 閣下は予定通り議会へ。護衛は、この朱音が務めさせていただきます。」


 そう言うと朱音は、倒れた男たちから視線を外し、馬車の到着を待つように、恭しく桂の隣に立った。

 その朱の袴は、彼女の使命の重さと、この時代の血の匂いを静かに象徴していた。

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