錬金商店「明日からがんばる」
不思議たぬき
第1話 安い買い物
オムリネプツ草、通称『河岸薬草』の葉脈を丁寧に取り外し、葉肉を丹念にすり潰す。
ザルに広げ、沸騰寸前まで熱した真水を回しかけて薬草水を抽出し、ついでに淹れたコーヒーを啜る。
抱えるほど大きな瓶に半分ほど入れ布を巻き、紐で縛って木に括り、吊るす。
丸一日、風で揺らして魔力をたっぷり吸わせたらポーションの出来上がりだ。
店の裏手にはこのポーション瓶が十個ほど吊るしてある。
この店の看板商品だ。てかこれしか商品がない。
カーン、と高く通る音が鳴る。
客が俺を呼ぶ音だ。
「へーい」
「アスカが仕事か、珍しい」
王国の外れにあるこの田舎で数少ない冒険者たち。
全員がここの常連で、まあ顔見知りだ。
「誰がポーション作ってると思ってんだ、ばーか」
「なんだいつも店で寝ているから、湧いて出てくるのかと」
「湧いて出るか……そりゃいいな」
やれやれ、という顔をして弓使いのファラートは慣れた動作で金を置き、ポーションを受け取った。
小口の客だが毎日のように買っていくため、在庫が管理しやすくて助かる。
バラ売り用に小さな瓶へ詰め替えたポーションには、適量の塩と砂糖を入れてある。
別に性能は変わらないんだが、冒険にはちょっとした楽しみも必要だろう。
「町の方に総合商が出店してたぞ。顔でも出しておくといいさ」
帰り際に面倒なことを言い放ってファラートが去る。
総合商なら、概ね大銀商会かエリクシム商会だろう。どちらも商会ギルドを代表する大看板だな。
こんな田舎にまで爪を伸ばすとは、なんとも商魂たくましい事で。
俺は商会ギルドに属していないから別に顔を出す義理など無いんだが……同業のよしみだ。アドバイスぐらいしてやるか。
一ヶ月ぶりに町へ降りる。大体のものは自給自足しているから、たまに調味料を買ったり、知り合いの家を見回る程度だ。
寂れた佇まいの中に一際大きな木造店舗と、色鮮やかな装飾、でかでかと書かれた『エリクシム商会』のロゴ。
思わず都の景色を思い出す。
「いらっしゃいませ〜」
やつれ気味のメガネ女がそそくさと出迎える。よくギルドで使いっ走りさせられる典型的なタイプだ。
ざっと見渡しても店員はこの一人。十中八九、店長だろう。
「この町に食品の需要はねーぞ。それと錬金品もだ。あと、薬品の鮮度が悪ぃな」
「な、なんですかあなた。同業ですか!? ギルドに申請は!?」
どうやら俺の店のことも知らないな。商品の品質も悪いが、おまけに市場調査不足。
こりゃエリクシム商会も出店争いに焦って適当な人材回してんだろう。
「丘の方で店出してるアスカだ。ギルドにも入ってない。客に聞きゃわかるが、そもそも客がいねーか?」
「だからって態度が過ぎますよ! こっちだって必死なんですから!!」
「わーったって。で、客が来ねーんだろ?」
「まぁそうなんですが……」
わかりやすく肩を落とす。商売人には向いてないわな。
「とりあえず何を売りに来たかはっきりさせろよ。暮らしに困ってもない、金があるわけでもないここの奴らが、お前の店に行く理由がないだろ」
「いえ、こんな田舎ならいくらでも困ってるはずです!! 薬に衣類、錬金品、金物も!!」
「だーから困ってねーんだよ。それぞれ専門品の扱いはあるし、品質も値段もそれなりだ」
怒りながら白目剥いてやがる。なんて器用な奴だ……。
仕入れにも運搬にも箱にもコストを掛けたんだろう、今更引いても借金まみれだろうな。
若い女が田舎で一人店長だ、事情があっての事だろうが、やる気ばっかで能力が釣り合っていない。
「そんな……絶対に需要はあると思ったのに……。あ、あなたの店が原因ですか!?」
「俺の店はポーションしかねえ。あとは町の奴らの錬金品の面倒を見るぐらいだ。単純に市場がねーんだよ」
「じゃあどうしたら……」
「まあ……食品と薬品は諦めろ。んで、他のもんは隣町の商店に原価で卸してこい。どうせ借金は残るんだろうから、あとは地道に働くこった」
あまり関わると碌なことが無さそうなので背を向けて店を出ようとすると、女は大声でびゃーっと泣き出してしまった。
「……で、商会に借金をして無理やり出店させられた、と」
「そうなんですぅ……私、被害者なんですぅ……ぐす」
呆れたものだが、どうやらこいつを二束三文で商会が雇ったはいいものの使い物にならず、なかば追い出される形でここに来たと。
ただ別に商機がなかったわけでもない。ちゃんと調査していれば流通自体に価値はついてもおかしくなかった。
上司のこいつに対する見立てが雑だったな、可哀想に。
こいつには知識がない。人脈もない。機転もない。商人としてはどう考えても大成しない。
あるのは身一つで商会に飛び込み、借金までして田舎に出店するほどのやる気と、諦めの悪さだけ。
ん? 待てよ。
やる気—— やる気はあるのか。
んで借金もあると。
ふむふむ、なるほど。
思わず顔がニヤける。
「その借金、買った!!」
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