影-11
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僕には守りたい友人がいる。その人は底抜けに明るくて、裏があるんだろうと疑ってしまうほど。けれど彼から過去の話を聞く時。ちょろっと酔っぱらわせると結構話してくれる。すごく納得してしまう。ものすごく理解してしまう。その心には大量の傷があって、それを悟られないようにしていること。
僕の仕事はひとつの会社を取りまとめている。いわゆる社長だ。芸能事務所みたいな感じだが、主にネットで活動している人のバックアップを行っている。マネージャーの選別や編集スタッフの選考、イベントをやる時には会場を抑えることもしている。音楽関連ならメジャーデビュー、舞台に立ちたいなら劇団斡旋、テレビに出たいなら番組にこぎつけるまで。
支えることを仕事としていて、それは僕にとって心の底から誇りに思える仕事だ。それでいてこれ以上ないほどに天職と思っている。人と関わることが好きだし、良くも悪くも僕は偏見がない人間だと思う。
今の時代ゲイとかレズとか言ってのけ者笑い者にしようものなら叩きのめされるけれども、僕は偏見がないからその人たちが距離を取ってくれと願うならそうするし、笑ってくれと願うならそうした。その結果、僕の周りには多種多様な人間が増えていった。分かりやすく言えばクセが強い、キャラが濃い、人たちだ。
大学時代に経済を学んでいた時から。それよりも前、高校生で生徒会長を務めたいがために一年生の頃から生徒会役員に立候補し、満場一致レベルで当選を勝ち取っていた頃から、自分には人と関わるうえで必要な能力が全てとは言わないがある程度百に近いパーセンテージで備わっているんだろう、と気付いていた。
実際そうではあるんだと思う。じゃなければ僕の会社はここまで大きくなれなかった。ドームツアーを行えるアーティストがいて、テレビで冠番組を持っている人がいて、世界をまたにかける劇団が所属していて。そしてその多くが僕のおかげです、と言う。それも本心で。
運という言葉では片づけて欲しくない。僕が出会おうとし続けてきた結果、こうなることが出来たのだから。
時に、時に挫折もありましたか?と聞かれることがある。挫折、とは何を指すのですか?なんて聞きたくなる。死ぬまで終わりじゃない。終わりと決めつけるのはいつだって自分だ。破産しても、カードが作れなくても、運転免許に落ちても、目の前を黒猫が横切っても、終わりじゃないとすればまだ終わっていない。
それなのに挫折ってどういうことだろう。
面倒くさい人間と思われるから絶対に口に出さないけれど。
けれど結構内心はそういう気持ちでいっぱいだ。挫折をもし辛いことが重なり諦めることとするならば僕は経験したことがないんだと思う。辛いことは重なってきた。しんどい時期もあった。きっと低迷期的な呼び方をしても許されるほどに乗らない瞬間は、ちりつもで秒になり、分になり、時間になり、年になった。
けれど僕は生きている。希望があり続けたわけじゃない。むしろ希望なんかないから、誰でもいいから出会いたくて人に触れ合おうとし続けてきた。騙されたことだってもちろんあった。でもそれでも挫折したり、諦めたり、逃げ出したことがなかったのは簡単な話。
死んでいなかったからだ。
目を覚ましたら死んでいました、って状況なら諦めもつく。あぁ、その場合は目を覚ますこともないのか(笑)
洋画だったか、海外のドラマだった気がする。字幕で見ていた時だ。だからきっと中学生だとか、高校生くらいの時のことだ。
困り顔の女の子が祖母に「どうしよう」と言う。するとおばあちゃんは「誰か死んだの?」と聞き返す。女の子は「違う」と答える。そしておばあちゃんは「じゃあなんとかなるわ」と笑う。
このシーンが僕はなぜか忘れられない。そして僕の人生の根幹へとなっていった。僕は死んでいないし、僕がいつの日か出会ってくれと願っている誰かも死んでいない。そう確信できるのは人がありふれる東京に住んでいたからでもあるし、正解が分からないからだ。誰かは正解だ、というのは妄信だったかもしれない。
でも低迷期に気付かなくて本当によかった!
気付いていたらきっと僕は苦しくなって死にたいとまで願っていただろう。もう終わってくれ、だなんて日常茶飯事的に思っていただろう。
僕にとって正解は彼だった。
そんな彼と出会ったのは偶然といえば偶然で必然といえば必然だった。
ぼくはしゃちょうになるんだ、なんて夢物語を形にするため勉強に励んでいた高校時代。家の教育方針は厳しく自由時間はほとんどない状態だった。その割に僕の判断に任せていた。家を留守にすることも多く、勉強の進捗を都度確認されるがその返答を取り繕うだけでよかったので始めたかったことを始めることが出来ていた。そしてバレることもなく続けることが出来た。
それが動画クリエイターだった。高校時代は美容系クリエイターとしてVenusという名前で活動していた。今もその趣味は続いているけれど、それよりも古くからあってネットかじり虫とかひきこもりがユーザーの大半を占める陰キャ向け動画配信サイトだった。
浅い知識で神格化されると怖いことが起こると思っていたから顔出しはほとんど行わなかった。自分の肌をパレットに最新のコスメを紹介することに徹していた。
僕、と言うだけあって僕は男だ。でもコスメが好きだった。それがおかしいと言われる時代だったから女の子のふりをしていた。幸いなことに声も高くて、男の人だろうとお兄さんと声をかけられて返事をしてもお姉さんでしたか、と言われることも少なくなかった。学校の人間にはバレないよう。バレないよう、とどうにか隠れながら続けていた。
僕はどこにでもいる高校生。美容系動画クリエイターをこっそりやっているだけの高校生。頭の中でナレーションごっこをしているのはただの趣味。もし僕の特集がどこかで組まれることになったらこんな感じであってほしいな、という自己都合盛りだくさんのシュミレーション。
何の変哲もない日常を過ごしながら、普通に男子高校生をやりながら、動画編集をして投稿しながら、生きている。悩みは何か、と聞かれたらこう答える。
オフ会に誘われた。
誘われている人のラインナップを見たら面識はないがネット上でやり取りを続けている人も多く、自分と同じ程度のフォロワー数のクリエイターだけで参加の返事を決めるのは早かった。
『あ、来てくれるー?よかったー!』
『じゃあ日時と場所はとりまここのまま!』
『またなんか変更あれば連絡するねー』
怒涛の返事だ。
しかし、僕は性別を明記していないが何となくコメントや世間の表では女の子と思い込まれている節がある。この人も僕のことを女の子だと思っているのだろうか。Venusは女神という意味だけど女神を男が名乗ってはいけない、という決まりはない。そうは思えど当日何の服で行こう…
「___って人も来るんだ」
女装する決意を決めた。
誰に会いたいはなかったけれど。月並みな言葉で申し訳ないが動画を撮っている間は本当の自分でいられていたから。興味があることに手を出すのは本物の自分じゃないきゃ出来ないと思うから。だから装うのは偽りではない。
そう信じて。
「今日塾の飛んだちと自習の予定あるから遅れる」
「そんなの外でやる必要があるの?家でやりなさいよ」
「友達と息抜きするのも重要だから」
「その子だっていずれはライバルなのよ」
「志望校別だし」
それ以上の小言は聞かないように家を出た。数日前に衣装は学校に持ち込んでいるから今日の荷物が学校で使うものだけだ。塾に持って行っているサブのカバンのチャックの下にはメイク道具が入っている。適当にカラオケでも入って着替えるか、と頭の中を組み立てる。
学校に到着する前、化粧品が入っているポーチをカバンの中から取り出した。その中には夢が詰まっていた。外に出なさいと言われるような天気のいい日に外に出なくても。むしろ出ることを許されなくても、白い肌を守るため、と考えたらそれほどまでに苦にはならなかった。
「生徒会長、重役出勤ですかー?」
クラスメイトが僕の背中を叩く。ポーチを急いで閉めてカバンの中に落とすようにしてしまった。
「いつも開門と同時に来ているわけじゃないよ」
「ま、そうね。中学ん時、朝弱かったのに今は頑張るよな」
「まぁ、生徒会長だからな」
「それだけのモチベで頑張れるなら俺は最高学年っていうので部活頑張れるかな」
「引退は?夏の試合終わりか?」
「勝ち残れたら結構長引くから秋に入るくらいだけど残れるか微妙」
クラスメイト、と割り切る。中学校からの付き合いがあっても僕の根底には気づいていない人、とする。
成り行きで校門まで、教室まで歩くことになるがそれに了解の会話もなければ、クラスメイトは団子みたいに増えていった。この状態を嫌われていない、と指す。道中誘われなかったクラスメイトらしき人もいた。悲しそうな猫背で歩いているクラスメイトも。
その状態はなんでもない人という認識をされている状態、となる。
そのくらいでよかったんだけどな、なんていつもちょこっと苦笑い。
生徒会長の仕事は基本的に少ない。文化祭や、運動会の時期になると選手宣誓をやらされたり、その文言を考える。チーム分け、チームごとの色や、構成。文化祭は生徒会長賞があって、どういう団体が受賞するかの項目を公表しなければいけないし、ホールや体育館を使う団体のオーディションもしなければならない。平穏はまだまだ続くというわけではないが故にこの時期のオフ会を大事に思った。
変わらない一日だった。抜き打ちのテストがあって、悲鳴を上げて、昼食の後の国語ではウトウトとして、何人かが起こられていて、部活勢を見送って、塾の心配をされた。
でも今日は塾をサボるし、嬉しいことが待ち受けている。なにも?って顔をして心配の必要はない、と返す。体育着が入っているみたいな袋を掴んで学校を後にした。最寄りの駅の方まで行くとカラオケや、飲み屋が目立つ。高校生の制服はただでさえ浮く。急いでどこかに入ろう、と中学校時代の行きつけのカラオケを思い出す。そこに走った。
三十分未満の滞在だったからか、店員も入店の時の僕を覚えていたのかもしれない。え?って声が聞こえたけれど気にしない気にしない。自分の顔にメイクをしたことは数えられる程度で、しかもこんなにがっつりやるわけでもなかった。アイメイクならアイメイクだけ。唇の研究ならそれだけ。顔面フルメイクだ。
今の僕は、最高に可愛い。
ちなみにそのオフ会で彼と出会うわけじゃない。彼はいなかったよ。正確にはいたけど気づかなかった。影の方でひっそり、知り合いと話していただけだったみたい。その帰り道に彼とは出会った。
二次会にも誘われていたけれど当時はまだ高校生だし、塾や自習と偽るにも限界があった。女装のまま帰るわけにもいかないし、どこかで着替えなきゃいけなかった。
それに何より、最悪なことに同じ高校の人に会ってしまった。売れないボカロPらしくて、DJの前座を務めるために来ていた。女装していたこともあって僕が僕であるとは気づかれなかったけれど相当にアクションを起こされた。
どこに住んでるんですか?美容系らしからぬ顔出ししないスタイル好きです。顔可愛いから出してもいいのに。今日は何で来たんですか?
極めつけの「彼氏いますか?」だ。僕男だよ?なんて言ってやりたい気持ちにもなったけど、好きでいてくれている人を突っぱねる訳にもいかないしこの場をしらけさせるのも嫌だったから何とか堪えて受け流し続けた。
「Venusちゃんは二次会行かないんですか?」
「あ、いや、家がちょっと離れてて」
送っていく、とか言ってきた。最寄りの駅どこ?って質問もはぐらかしていたから強引に知ろうとしてきた。教えるつもりもなかったし、送ってももらわなくて結構、って跳ねのけようとした。
「ほんと、ここまでで大丈夫なので」
駅の方面に向かおうとして、会場まで引き返してを繰り返していた。あわよくば参加者の誰かが助けてくれないかな、なんて思っていたけれどそんな奇跡は起きない。行きの電車では女装して初めての経験だったからびくびくしながらも楽しむことが出来たのに、お前がいたら楽しめないだろうがよ、と男の一面が出そうになった。
腕を掴まれた。無理やり迫られる。流石に男とキスはしたくない。女の子と間違えてキスするならまだしも、僕の恋愛対象は女の子だー!
「嫌がってるじゃないすか。一人で帰れるそうっすよ」
「え?」
「関係なくないですか?」
「お付き合いされてるんですか?違うなら犯罪じゃないっすか?」
「つ、付き合ってないです!」
「ちっ」
どうにかソイツは捌けていった。
とくだん怖い顔立ちってわけでもなくて、背も高くてすらっとした体格なだけだった。けれど同級生の男子を怯えさせるのには十分だった。後ろの方のどす黒さは夜の空だったわけじゃなく彼の影だったようだ。でもそのおかげで前座DJくんは消えてくれた。
「ありがとうございます」
「いや、じゃ…」
猫背のその背中は痛々しかった。
「お名前、なんて言うんですか!」
「Venus」
「え?同じ?」
「え、いや、参加されてたVenusさんですよね。一応、参加してた…Bangです」
「Bangさん…会場で挨拶出来なくて…すいません」
「あ、いえいえ」
くるりと背尾向けたまま一言だけBangと名乗る彼は置いていった。
「覚えなくていいっすよ」
覚えていてくれ、と言っているようだった。
それから恋する乙女かのように連絡を取り合った。彼とも、後にストーカーと化す男にも。
付き合っていた時期があったことを否定したくなるが若気の至りということにしておこう。言い逃れはしない。押し切られる形ではあるものの過ごしていくうちに感情が先走るタイプであるということが分かって、いい人ではあると思っていた。そして告白にいい返事をした。それは事実であり、僕の弱かったところかもしれない。
「え、本当に!」
「変な人だと思ったらすぐ切り捨てるからね。あと私、勉強とかいろいろ忙しいからあんまり会えないかもしれないけど」
「全然!彼女に、なってくれるんだよね…」
「理論上?」
「理論ってなに!その…よろしく、ね?雪乃ちゃん」
雪みたいに白い肌だね、なんて言われたことで舞い上がって雪乃と名乗った日のことを思い出す。黒歴史が降り積もっているようにも思えるけれど自分で決めたことだから、と責任を持って貫いている。
動画の人気ランキングに適度に顔を出せるようになって呼ばれるオフ会はオフ会でもなかった。コラボをしましょう、お互い何かを利用し合ってお金にしていきましょう、そんな会合が増えた。だから変わらず接してくれる深三彦郎(みざん ひころう)は正直嬉しかった。
溜め息しか出なかったオフ会の帰りに何度目か分からない告白を受けて、もういいか、と承諾したのだった。LINEを教えて、記念とか言われてツーショットを取った。夏が終わりかけている九月の末。枯葉はまだない。猛暑のせいで枯れたイチョウの並木は心なしか濁った黄色だ。
最寄りの駅までは送ってもらわなかった。方向もどうやら別のようだったし。乗るべき野戦に乗れば、と冷たくも聞こえる言い方だったのに心配してくれてありがとう。送りたいけど僕もまだ未成年だから、と渋々そちらへ歩いて行った。人が来ない最寄り駅の多目的トイレで塾帰りでもおかしくない格好へ戻した。
息抜きでしかない話だ。塾を休むことが増えても模試の結果は上々だ。屋には申し訳ないが無意味なところにお金を払い続けてもらおう。縛り付けたのだから。
「あ、また既読無視…」
Bangは返事をしない。したとしてうん、まぁ、へぇ、あそ、くらいの。
恋愛対象が男に切り替わったわけではないけれどBangのことをクールでミステリアスなところがかっこいい人、とは思っていた。でも付き合いたいって不純な感情より推しているの方が近かった。やってきた電車の行き先を見て乗り換えなきゃじゃん、と溜息を吐く。本日何度目か分からない。
商売道具として扱われ、人権もへったくれもあったもんじゃない。早いところ見切りをつけてこの場所からは逃げ出そう、と思いながらも自分のチャンネルを確認する。先日投稿した動画はもうすでに五十万回再生を記録していた。ランキングには乗っていないが高評価率九十四パーセントと高水準。
いつしか彦郎に言われたように顔出しをしないスタイル、しかし美容系、というところがミステリアス、とウケているようだ。ミステリアス、って。Bangとの共通点だ、とOLの隣の席でにやける。するとOLが立ち上がって別の車両へ行ってしまった。
そうだった、今は女の子の格好をしていないんだった。しているテンションで女の人の隣に腰かけてしまった。早く乗り換えの駅来いよ、と心の中で悶えていた。
その後、親にバレることもないまま志望校に合格してよくやった、と淡白なお褒めの言葉をいただいた。彦郎は有名な議員の息子だったらしく、優秀な国立大学へどういうわけか進学した。裏口を疑っているわけではないが校内順位は僕の方がはるかに上だったはずだ。
彼の話をしよう。彼は僕の一つ下の学年で大学には進学しなかった。Venusはどうにか続けようと思っている、と脈絡も不明なまま彼に相談したらいいんじゃない?と淡白に返事をされてそれきりだった。
大人になった時、彼に目を付けていたのは自分だ、と言わんばかりの勢いで事務所に所属しないか。うちの事務所の顔にならないか、と相談した。意外にもあっさりとオーケーされて驚いたが、彼は僕の期待通りだった。動画内での明るさは保ちながら、性根の方は暗いままだった。
だから守りたいと思った。あの時から守られているのは僕の方で、力をつけた今相互である必要があると思ったんだ。
だから僕は彦郎に死ぬのをお願いした。
「雪乃ちゃん…僕は、君の彼氏でしょ?だから祝いに来たよ。ショートカットも似合ってるね」
「それはどうも」
これ以上口を開きたくない気持ちに襲われた。顔を見なければ思い出すこともなかった人間を前にして今更、としか思わなかった。愛着なんてなかったし、まして恋人だった時代のことなど踏み潰してやりたかった。
感情を表に出すのは嫌いだ。生徒会長は理性的な人間というイメージの元、おろおろ出来ない生きづらさもあったが無理に感情を開かないことを正当化出来た。ましてや大衆環視の中で。
「どれだけ恋愛したことないのか分からないけどお互い学校も離れて、ほとんど連絡も取り合わなくなったんだし別れの合図って気付いてよ」
「僕には縋る権利もないの?彼氏なのに?恋人なのに?友達からちょっと離れただけの人が恋人ってこと?そんなの耐えられない」
「じゃあはっきり言うわ。その花束持って帰って。これが別れて、を意味することくらい分かるよね?文系で国立入ったんでしょ?それもこの大学よりはるかに高い偏差値の。どうやって入ったの?」
大学生になって一年が経った。進級して一年くらいは留学に出よう、なんてことも考えていた。花束を持ってたかが進級を祝いに来た彦郎を見てはっきり言って驚いた。
彦郎のことはとっくに忘れていたから。彼女を作るわけでもなく、普通に男としてたまに女神になってコスメを紹介する人生。元からこうだったんだ、っていうくらい淡々と。彦郎の記憶は元からなかったかのように。
「裏口?パパ、有名な国会議員だもんね。この前寝てる映像、ネットで見たよ」
周りの視線が突き刺さる。
どうして今日に限って僕は感情が抑えられないんだろう。目の前のおどおどしている男の何が気に食わないのだろう。尽くしてくれるのに。可愛いって言ってくれるのに。どんな服を着ていても、どんなメイクをしていても。
痴話喧嘩か?という目で見られるのが耐えられない。でも両方男じゃね?って声も聞こえてくる。花粉のせいで鼻も痒いし、頭はぼーっとするし、目の前の彦郎とかいう人間は僕を見ていないし。雪乃を見ているし。
「本当のこと教えてあげる」
「え?」
口を開きかけた。
でも呼吸をしただけですぐに閉じた。
「やっぱりやーめた。酷いこと言ってごめんね。話ししよう。カフェでもい行く?でもカラオケとか、その方が落ち着いて話せるかも、個室だし。その花束ちょーだい」
「受け取ってくれるの?お別れじゃない?」
「そんなわけないでしょ。髪切って驚いた?」
「うん、でもすごく似合ってるよ。長い方ももちろん可愛いけど、今の君が好きだな」
「ありがとう」
利用価値、その言葉が心に重くのしかかる。
Venusはやめたくない。
今は大学で忙しい。利用価値を持たせないとこんな男と一緒にいる意味なんかない。
貢がせよう。
そう考えたらそれはそれは名案だ、と電球が頭の中で光り輝いたように思えた。目の前のコイツは僕に惚れ込んでいて、女だと疑わない。ヤれないことに純情をチラつかせれば攻め込んでも来ない。
純潔は大切な時に捧げたいんだ。
タイミングって大事じゃん?
やっぱり、大事にされてるなって思うから、もうちょっと。
ーーー
続く
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