影-9

ーーー

エントランスまで戻ってタクシーを呼んでもらってリジーは帰った。いろいろあるだろうし、見送りはここまででいい、と外には出てくるなと強く言われた。その態度に不思議に思いながらも俺はタクシーに乗り込む背中がギリギリ見えないな、ってところで部屋に戻った。

途中で誰も乗り込んでくることがないまま俺の部屋がある階にたどり着いた。鍵穴に鍵を差し込んで重い扉を開けた。リビングの扉が閉まっているせいで風が入ってこない。サンダルを脱ぎ捨てて、揃えることもなく入る。

すっからかんになった。壊れた家具は回収してもらう算段を頭の中で立てている。それ通りに進めていく予定だ。そうすれば引っ越しの意欲も湧くかな。今日捨てられなかったゴミは午後にでも、夜にでも持って行こうと思う。置く場所のルールがあるだけで曜日の決まりはない。

やっぱり俺は高級なマンションに住んでいるんだな、と思わされる。久しぶりに駐車場に降りて、自分の車を挟むヴォルクス・ワーゲンに溜め息が出そうになった。俺が買い変えたらビンゴだね。

あぁ、午後はダメだ。じいちゃんのところに行くんだった。その用意をしないと。

ギリギリ食べ終えていないものは食べて、タッパーは綺麗なシンクで洗った。SDカードを茹でていた鍋も、温めた電子レンジも綺麗だ。皿ごと捨てたけど。中にどんな思い出が入っていたか全部忘れた。でもパソコンを開いて、サイトにアクセスすれば大半が乗っている。ボツまで大事にしなくていいや、と割り切った。

肉じゃがも、その余りで作ったんだろうコロッケも。ところどころに白滝のようなものがある。もうとっくの昔に食べ終えていたけど。焼きそば、お好み焼き、っていうよりうどんが入った広島焼。お祭りかな?ってラインナップだった。

飢え死にしなかったよって面白半分で伝えて来よう。

財布と車の鍵と、洗ったモノとお土産はないけど、いろいろ教えてくれてありがとう、と感謝の言葉をお土産に。どうしてそう思ったのかの経緯もお土産話として。

車を運転して、それほど長い時間をかけずに祖父の家にたどり着くことが出来た。

「じいちゃーん」


・・・


「俺、帰るっす」

「どした?体調でも悪いのか?」

「いや、そうじゃないっす。用事思い出したんで」

「白のジープ、赤のダイハツの軽、青のハスラーって言ったな?」

「うす」

リジーはそう頷いて帰っていいすか?ともう一度確認を取り、俺が承諾すると後部座席のドアを開けて出ていった。そのまま背を向けて、振り返ることもなく帰路の方へ向かった。ストリート系のオーバーサイズファッションが風にいい感じで靡いている。あぁいう服を着こなす人をカメラに収める仕事も憧れないこともないな。

「付き合ってた友人売るってやっぱきちぃ何かがあるんですかね」

「年々俺の喋り方に似てきてない?お前。自覚はなさそうだな。ま、いいわ。Bangには申し訳ないって思ってるから今日は帰るのかもしれないな。でも社長を潰したいっていう気持ちは本当なんだろうな」

「不当契約、って人にすごい効果ですね」

「こういう業界はさ、好きなことを仕事にしてる分、変にプライド高かったりするんだよ。リジーもそうだったんじゃねぇの?洋服にこだわりがある人間みたいだし。売り物にするっていうよりは楽しんでくれたら、くらいの感覚だったみたいだし」

「イラストの方である程度食っていけているから洋服は趣味くらいだと思ってました」

「それで店舗開店までこぎつけるかよ。金かかってしゃーねぇよ」

「あ、確かに」

偉そうなじい様の家の車庫の方に目を戻した。まだ車は増えない。到着してすぐの場を直撃するのもいいが、それは考えていない。車を隠されたりしたら、踏み込んでいく大義名分がない。いつだって俺たちのような仕事人にはないのかもしれないけど。車がある、と確認を取ってその上で、Bangさんですよね、と揺さぶりをかける。

白と赤と青は車の中でも一般的なカラーのイメージがある。ジープは例外だが、ハリアーや、ダイハツはどっちかっていうとお求めやすい、車の中では常識的なプライスな気がする。高級車が恐らくズラリと並んでいるであろう、というかリジーもそう言っていた。そんな駐車場にいつか住みたい。自らの車を置きたい、なんてみじんも思わないが。でも置くならそんな車のラインナップに俺はしない。

「どっかカフェで時間でも潰して戻って来て駐車場確認すればよくないですか?」

「じい様の車がどっかに消えてんだろ?そういう風にされたらモノ掴めねぇだろ?一応到着現場は抑えんのよ。その後でカフェでも何でも奢ってやろうじゃないの」

「あ、白のダイハツっすよ!」

「あの家の方角行ったな。お前はここで待ってろ」

後輩を車の中に置いておき、俺は証拠写真を収めるためにじい様の家の玄関を見ることが出来る物陰に隠れた。しかし白のダイハツは別の方角へ走り去っていった。しばらくここで待つことにするも風以外何もやって来ない。

「ダメだったわ」

「あ、青のハリアーはあれじゃないっすか?」

「あれ…っぽいな。顔分かんねぇときちー。賭けて、追うか」

「はい」

「・・・」

「はい?」

「いや、俺さっき行ったし、今回はお前の番だべ」

「懲りずに行ってくださいよぉ。まぁ、行きますけど」

マンションの出口から刑事ドラマさながら追う方が現実的だったか?と考え始める。タワマン居住者の中にちみちみ軽に乗るような人間は物珍しいだろうし。でもそれは見逃すケースもあるし、現実的ではない。その上、手間がかかりすぎる。家を張る方がいい。確実なのはこっちだ。

しかし日程を変更されたらこちらとしては知りようがない。その場合はここで夜を明かすことになる。両方に見張りを立てたら事はいっぺんに済むわけだが、この前の見張りのように役に立たないかもしれない。どちらにもいたい。そうやって天秤にかけた結果、こうなった、というわけだ。

落ち葉がつむじ風に舞い上げられていく。空中で自然分解して元通り地面に散らばる。小学校低学年の集団が蛍光色の交通安全のランドセルカバーをつけて、大きく右に左に揺らしながら体とほとんど同じ大きさのランドセルを一生懸命に抱えている。校帽だろうか。黄色がうるさい。

小学生たちがじい様の家がある方ではない角を曲がってしばらくして後輩が帰ってきた。腕で大きく丸を作っている。二代目で当たりが来るとは日頃の行いだな。

「写真は?」

「一応。ただ達水さんには及ばないとは思いますけど」

興奮冷めやらぬ、だったのでその後を促した。

「驚くくらいの影の量でした」

「うわー、見たかった」

「それはもう、とんでもない、としか言えないレベルでした。もう黒い煙ですよ。演出とかで使われてそうな」

「あ、そう。俺一瞬目的見失ってたわ。行けばよかったー」

「いつ突撃します?」

「そう、焦っちゃいかんのよ。何日かヤツが滞在するとしても、コメントは結局取れないだろうし、ここらで引くとしようじゃないの」

「え、コメント取らないんですか?」

「ギリアウトな行動をしてるのは俺たちなの。ネットで袋叩きにされる風潮はまだ残り続けるし、この情報は大切に大切に編集長にも言わずに取っておくの」

したり損だー、とぶーぶー喚く後輩に車を発進させるように言う。

影の量がそれはそれは膨大ともなればいいネタになる。内心ほくそえみながら恐らく先ほどの小学校低学年の集団を通り過ぎる。途中で何人か帰ったのだろう。人数が減っていた。

リジーに何かメッセージを送ろうとスマホを操作した。

「いいネタ、ありがとうな、っと」

「リジーにっすか?」

「そうそう。アイツがいなきゃこんな特ダネゲット出来なかったわけだからな」

「リジーに気にしてそうだったのに酷い人だ」

「自分からタレ込みたいんですけどって乗り込んで来たんだぞ?自己責任。それにそう簡単にやめてもらっちゃ困るの」

俺たちとリジーが知り合ったのは偶然だが、リジーにとっては出会いを元も手やってきたわけだから必然的なことになる。服飾系の実店舗を持つほどに成長をしたリジーは更なる業務の展開を餌に近づいて来たBnagの事務所の社長を務めるなんとか、って男に出会う。話の内容は自分の興味あることばかりだったので積極的な姿勢で臨んだ。

しかし男社長に不当契約を結ばされた、と。勧誘の際には詳しく説明されていなかった業務内容の中に、出来ない、と既に断っていた業務が入っていた、と。リジーの話では事務所に所属するクリエイターのグッズブースや、そのグッズのデザインを定価の半額以下で請け負うように指示されたらしい。

もう契約をしてしまった。ハンコを押したじゃないか、と強引に契約が続行させられていることに腹を立て、どうか雑誌で暴露してくれないか、と頼み込まれた。有名アーティストのミュージックビデオまで担当しているリジーと、日本トップレベルクリエイターBangや、その他にも有名人が所属している事務所の社長の全面闘争、ともなれば相当な規模になるから時間をかけて作戦を練っていた。

それだけに集中することも出来ない人員不足に嘆く我らが出版社は別の仕事の同時並行なんてザラにあった。話をふと後輩が漏らした時にリジーを歯車として絡めとろうと決めた。

後輩がうっかり影のネタを話した時だった。俺以外の人間に影のことを話す時は、あくまで俺たちは善人。影を抱える人間に友好的な人間というスタンスで話すように、と教えていたこともあってリジーはすっかりと信用してくれた。友人に影に悩んでいる人がいる、と。

俺の指示でうっかりと後輩にはいろいろと漏らしてもらい、聞き出させ、いろいろとこちらの情報も流した。そこでタワマンにその友人は住んでいることを知る。じい様の家に行くかどうかは賭けだったがその友人にはじい様がいる、というのは裏付けを取っていたし無駄足になるんだろう、と思い込んではいなかった。

そして綺麗にことが今日起きてくれた。

「どしたんすか?ニヤニヤして」

「いやぁー、編集長目引ん剝くかもな」

「?」

「日本最多のパトロンを抱えるBangは影持ちタワマン住み。彼が所属する事務所の社長はミス・ハイマーで悪徳バックアップ野郎、それに対抗するのは新興勢力リジー。これだけで一冊出来るぞ」

「ミス・ハイマー?」

「やべ、言っちゃった」

「えぇ!?社長ってミス・ハイマーだったんすか!?」

「誰にも言うなよ、で広がらないと思うほど馬鹿じゃないが一応言っておくぞ。誰にも言うな」

信号無視しそうな勢いで取り乱している後輩を落ち着ける。この情報を持ったまま仏になるのだけは勘弁だ。

「どっ、どぅえ、どっどうやって、わかったんですか?」

「逆算だよ」

「え?」

「深三の件、いやーにハイマーは詳しかっただろ?そこで調べてみたわけ。考えてみたわけ。ハイマーは深三と関わりがある。年齢的に息子と関わりがあったのではなかろうか、と。ハイマーの今のプラットフォームに来る前を調べてみたらハイマーは転生後だったわけ。その前はVenusって名義でアカウントを運営してた。フォロワーか、それとも校内で知っていた数少ない人間か、と。まぁ、考えて。その結果」

窓を開けてタバコに火をつけた。

「数回オフ会でどうも女と思い続けたまま付き合っていたらしい」

「女、と思い続けたまま…ってことは女じゃないんすか!?」

「大手事務所の社長だぞ?顔と名前くらいは入れとけ。お互い進学して自然消滅だったらしいが」

「ってことは深三と、ハイマーは面識があるってことですか?」

「違う違う。痴情のもつれ」

「はぁ?」

間抜けな顔と声の後輩に煙混じりの溜め息を吹きかける。

「自然消滅が受け入れられなかった死んだ息子はストーカー化。権力で全部握り潰されてどれも大事にはならなかったみたい。そんで泥を塗りたくなった、って線を見ている。ストーカーが続いて、怖くなって転生してハイマーになった。それはただの男社長の趣味の継続」

「Venusの時から暴露系だったんですか?」

「いや、美容系だったな」

「闇堕ち感強ぉ…なんで息子は自殺したんでしょうね」

「ストーカーは落ち着いていたみたいだけど、ひきこもってたんだってさ。おおむね、事実って言ってたおっさんの言い方も気になるし、正直死んだかどうかは謎だな。でもま、死んでんだろ。大方、フラれる時?明確に拒絶されるときに影があるから無理よ!嫌よ!って喚かれたんじゃないの?」

とっておきの情報だったのに全部話してしまった。でもまぁ、上手い具合に軌道修正はしながら話し切ることが出来たんじゃないだろうか。それに計画を前倒しにすればいい話だ。

編集長にバレようとも全ての記事の原稿は出来上がっている。俺に一泡吹かせようと毎秒のように企んでいるのだろうがその見え透いた魂胆を欺くのは赤子の手をひねるみたいなものだ。

リジーがくれたじい様の家の情報によって完成まで持って行くことが出来る記事もある。編集長は白目をむいて倒れる練習でもしているがいい。まさかのBangが影持ちとは。とてもいい爆弾だ。

死んだ、と嘘を吐き存在を否定するかのように隠す頑固じじい。その孫は実は生きていた。そしてその孫はその昔、影があるというだけで酷い虐待の被害を受けた哀れな子供だった、とかいう記事にでもしようと思っていたのに。有名人のレベルが想像の何十倍どころじゃない。

腹の底から笑い声を響かせたい気分だったが後輩に配慮をして口の端から息を漏らすだけにした。くっくっく、と。


・・・


「よく来たな」

「来る途中でメッセージ送ったけど読んでない?」

「いや、見てないな。重要だったか?」

「うーん、そうでもないのかも。じいちゃんのところに記者が来たって言ってたじゃない?だから張られてたらどうしよう、と思ってさ」

「大丈夫だろう」

特に理由を説明しない感じがいつものじいちゃんと違っていた。

「何でそう思うの?」

「実はな、この家を売り払おうか、と思って」

「するもんか、って前は言ってたのに?急にどうしたの?」

「その記者のことももちろん関係してくるがこんなに大きな家はワシには必要ないか、と思ってな。手入れも面倒だし」

「じゃあ俺来るよ」

「お前にとっても大事な家であることは分かってる。生まれ育った生家だということはちゃんと。でもお前がもし活動を再開したら頻繁には来られないだろう?ワシもいつ体を崩すか分からん。母さんもワシがここに住み続けて、いつまでも次に進まなかったらあの広い仏壇で持て余されている気になるんじゃないか、と思ってな」

少し考えて、家を見渡しながら思いを馳せた。廊下の突き当りはトイレでそのすぐわきが俺の部屋だった。トイレの流す音が古い型のせいか大きくて夜誰かが用を足していても森の騒めきに思うくらいだし、自分が入っていても轟音上映の映画館みたいだ、と思っていた。

居間に、お勝手。仏間とふすまで仕切られている客間。グランドピアノが置かれている今のじいちゃんんの作業部屋はもともとばあちゃんのピアノだけの部屋だったらしい。子供の頃は何となくその部屋に入るハードルが高いように思っていた。ふすまを横にスライドして、足を前に動かせば簡単に入れる場所なのに。

じいちゃんについていくままに俺は仏壇にいた。正座がしんどくなってきたのか仏壇の前には低い椅子が置いてある。いつかの法事か何かで見たやつと同じだ。線香をあげるためにそこに腰かける必要もないが腰かけた。ろうそくに火を灯す。なかなか点かないせいで指が燃えかけた。線香を三つに折って分けて、ろうそくのゆらめく火の中に入れる。そして灰の上に横向きに置いた。呼び方の分からない丸い底のすり鉢みたいなものを鳴らす。

手を合わせる。

「来たよ」

色んな事があった、って全て話したい。この家がどうやらなくなるかもしれないだけどどう思う?答えが知りたい。

そろそろ進まなきゃいけないのは分かっている。でもそのために要素が少ない。進みたいと思うために周りがもっと俺に示してくれるおのが必要なはずだ。子供じみているかな。いい大人だし、自分で自分の道を見て進むか止まるか。進むか曲がるかを決めないといけない。


「さっきの話。売るんだか、どうするか知らないけどいいんじゃない?」

「急にどうした。自分の意見を貫いてもいいんだぞ」

空の湯飲みのくせにわざとらしく啜るところがうざったい。

「いや、考えたけどさ俺が休止続けるか、再開するかの二択に立たされてるって考えたんだよ。どっちでも良かった。誰かに委ねようって思ってた。責任取りたくないからね。でもじいちゃんはちゃんとこの家のこと考えて、自分の事考えて決めたんでしょ?俺はその決定に従うしかないし、自分で決めてくしかないよね」

「大人になったな」

「まぁ、紆余曲折を経て?」

「今日酒でも飲むか?」

「そうしようかな。泊まっていい?」

「もちろん」

売却済みの札でもかかっていればきっと売ってしまったことを悔やんだり、泣いたりするんだろうけれど。自分の置かれている状況を客観視すれば納得のいく選択だったと思える日はそう遠くないはずだ。それを目指して今は耐え忍ぶしかないのかもしれない。その為には酒が必要なことだけは確定している。

ピコン

誰からのメッセージでももういいし、今はこの時間が大切だ。そう思える時間があることが幸せだ。大切な何かのために蔑ろにする一面は愛すべき人間の不完全だ。愛そう。

「何が話したいんだ?」

「話したいって言うか、意見を求めたいわけじゃないからただ聞いてほしいのかも。俺がどういう状況にいたのか、包み隠さず話すから、聞いてほしい。どう思っても、それを伝えたら俺が傷つく、って思ったら言わないで欲しい。じいちゃんの抱えることが増えたとしても」

「分かった。全部聞こう」

「ありがとう」

全部話す腹を決めるために深呼吸を繰り返した。この家のドアを開けるより緊張したかもしれない。泣きじゃくった後、落ち着きを取り戻す間の震え混じりの呼吸みたいになる。今口を開けばが出てきてしまいそうだ。

下に降りてこようとする脳みそが出口を求めて鼻を通り抜けてくるようだ。不快さ極まって冷たく感じるような。吐き気にも似たえずきそうになる感覚。本音を吐瀉物とした時の嘔吐の気配。

まろび出てくる本音は人の全てを抉るだろう。嘘ってそういうものだ。欺きは人に傷を作る。せめて吐き出すことで、これ以上罪が重くならないように。傷つけたこと帳消しには出来ずとも、情け容赦あり、と思ってもらえるように。

次吸ったら吐く時は言葉と共に。


「先に風呂、入ってろ。洗ったから綺麗だぞ」

「一番風呂もらっちゃうね」

「入れ入れ」

着替えはないけど。下着もないけど。歩ける距離にコンビニはあるけど。意外と敏感な下半身は慣れたやつじゃないと着たがらない。

「下着ないや」

「開けてない新しいの持ってくるからちょっと待ってろ」

「わーい。持ってくるべきだったな」

口に出しながらじいちゃんはもうすでに部屋の方に引っ込んでしまって一人で返事もなく脱衣所で反省。

手持無沙汰になってスマホをポケットから取り出す。さっき届いていたメッセージを確認した。リジーからだった。

『おじいちゃんと話せた?』

何でこんなに心配してくるんだろうと思いつつ、思っていた以上に今日昨日と心配をかけたのだろう、と笑いが零れる。

そんなに心配しなくたって、曲がりなりにもこの心とに三十年弱付き合ってきているのだから機嫌の取り方くらい分かっている。いや、熟知はしていないけれどもう大丈夫のラインまで達していることには気づけている。強がりでもなんでもなく、ちゃんともう大丈夫と言えること。分かっている。

「話せたよ。全部か、どうかは分からないけど」

少し考えた。調子乗るかな。調子乗らせてもいいかな。というか調子乗ってほしいまであるな。

「おまえのおかげ」

全部ひらがなだったのはお前、の部分だけ感じが目立たないように。一瞬読むのに時間がかかるかな、って思って。理解するのに時間をかけてほしい。

リジーのおかげって書いたっていいけどなんだか本の題名みたいだ。海外発で日本は訳が素晴らしいって話題になる感じの。おまえのおかげ、だと絵本みたいだな。動物の世界っていうよりは「もちもちの木」みたいな日本をテーマにした若干のホラー味がある感じの。

すぐについた既読。その後、何かが送られてきてチャット画面に張り付いている奴って思われたくなくてアプリを閉じた。指一つで出来る落ちてくるものを斬るゲームをやっていた。

これが中々面白いんだよな。

通知が新しいメッセージを知らせたけど無視した。焦らしてやろう。

「これくらいしかなかったな」

「俺のと一緒だ。意外と俺の股間敏感でさ」

「そうか。よかった」

「全然興味ないし」

「ないだろ、普通。さっさと入れ。これパジャマ。ジジイの匂いがするだろうが気にするな。明日着る服ないなら適当に持って行ってもいいからな」

「ありがとうございます。何の準備もせずに来ちまったもんで」

いいからさっさと風呂入れ、と背中を軽く叩かれた。


ーーー

続く

ーーー

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