I・イヴ

問餐

序章 引き込まれる異

1 別世界の懐で

 なんだか長い夢を見ていた気がする。無駄に言い表しづらい感情で、大切なものを荼毘に付す。そんな夢。

 それは誰にだって必ず訪れて、自分自身をも灰に還し、構成し直す。


『ほら、あなたも変わるの。代わりに取られないように胸を張りなさい。今はまだ、脇役だけど』


 眠っていた脳が知らない声に呼ばれ、私は目を開ける。茜色の空と朱色の鳥居がしたアングルから見えた。

 ここはどこだろうか。


 しかし、今までの記憶がなくなってしまっていた私には関係なかった。


 身体を起こそうとすると、左腕に激痛が響く。痛い方を見ると、チューブのついた針が深く刺さっていた。おそらく点滴かなんかだろう。チューブを追っていったら点滴台があったから。

 さらに、顔に手をやると、糸のようなものが縫い付けられてるのがわかる。私は整形手術でもやったのだろうか。もう一度考えてみるが何も思い出せない。


(私は…誰だ?)


 私は針を抜き、立ち上がる。裸足だからか、足の裏が砂でチクチクした。

 ふと、鳥居の向こうを見ると、まるで生きてるような輝きを放つ琥珀を包んだ木が階段の向こうにあった。


(呼ばれてる) 


 身体が勝手に動くようにして、私は階段を登り始めた。一段踏むごとに、思考能力が衰えていくのが分かる。だんだん視界も悪くなり、変なことをぶつぶつと呟くようになっていった。


「寿命を捧げよ…寿命を捧げよ…」


 今更引き返そうにも、身体は言うことを聞かない。そのまま登り続けるしかなかった。

 だいぶのぼると、次の段が色の違う階段になっていた。私は虚ろな頭で考える、ここから先は立ち入り禁止だろうと。


 しかし、私の足は止まらなかった。

 階段を踵から踏みならすように踏む。すると、すぐに身体の感覚がなくなり、私という存在が無意識に捕らわれていった。

 足が地につかず、永遠に落ち続けそうな真っ黒な視界。頭は空っぽで、ニヒルが笑っている。


 次の瞬間、背中をすごい力で押され、私は私を思い出す。視界も戻り始め、気づけば階段下。

 私はなにがなんだかわからず、ぼーっとしてると、片耳が猫耳の足の透けた子供が声をかけてきた。


「あっちはダメだよ、てかどっからきたの?」

 随分とぶっきらぼうなやつだと思ったが、ここは親切にこたえることにする。

「知らない。私どっから来たんだろ」

 すると、片猫耳の子供があぁまたか、みたいな顔をしてため息をつく。

「それならこっち、ついてきて」

 手を強制的につかまれ、どこかにつれてかれる。何故かこの光景に、私は怒りを覚えている気がした。それも、遠い昔に。


 改めて辺りをを見渡すと、私の知っている世界とは何かが違う。葉っぱで作られた屋根に、空を飛んでいる船。歩くと、かき分けた波のようにでてくる図形のホログラム。明らかに違う世界であることは確かだ。

 そんなことを考えていると、前を歩いていた片猫耳の子どもの足が紫色の塔の止まる。どうやらここらしい。


「おばちゃーん、あとは頼んだー。」

 そう言って、片猫耳の子どもはそそくさといなくなってしまった。

 ぽつんと取り残された私に、白い髪の女性が話しかける。


「新入りは君?ほら、早く手続き済ましちゃいましょ。こっちおいで。」

 私はまた手を引かれ、塔のなかに連れ込まれる。一体これから何が起こるのか怖くて怖くて仕方がなかった。

 カウンターのようなところの一角を指さされ、そこに座り、顔の縫い目を触りだす私と、カウンターの向こう側へ行き何かを探している白髪の人。どことなく気まずい雰囲気が流れている。


「はいこれ。名前と種族と年齢この紙に書いて。」

 そう言って渡されたのは、『ゆうかん住民登録書』というものだった。なぜ私は今知らない場所で住民登録することになっているのだろうか。


 というか私は誰なのだろう。ここは私の知っている場所じゃないことしかわからない。

 とても聞けるような雰囲気じゃなかったが、私は聞くことにした。


「あ、あの」

「ん?どうしたの?」


 彼女は探し物の手を止め振り返り、私の方を見る。その目は白く輝いていた。

 心が見透かされた気がして気味が悪い

「ここってどこなんですか?あと、私って誰なの?」

 意を決して尋ねると、彼女は、はっとした表情で優しく笑った。

「ごめんごめん。何も説明してなかったわね。ここは『ゆうかん』どこにでもあってどこにもない場所。簡単に言えば異空間よ。そしてあなたについては…」


 そこまで言って私に一冊の本を差し出す。その本はボロボロで、表紙なんか剥がれそうだった。なのになぞの親近感が湧く。なぜだろうか。

「その本はね、あなたの人生が主観的に記された本よ。つらい内容が多そうだけど…それを読めばあなたのことがきっとわかるわ。」

「へぇ…」

 本を手に取り、表紙を見てみる。小さな女の子が海で楽しそうに遊んでる絵と私の名前が書かれた表紙だった。

「結城 愛…これが私の名前」

 剥がれそうな表紙に似つかわしくないかわいい名前。きっと私は愛されて生きてきたのだろう。


 しかし、そんな可愛い自分の名前も、記憶がないからなのか、納得がいかなかった。

「納得いかないんでしょう」

 そう言って本を覗かれる。思っていたことを当てられびっくりしたので、何度も首を縦に振ってしまった。

「生き物にはね、他人につけられる名前と自分でつける名前があるの。今違和感があったなら、自分で名前をつけるいい機会よ。」

「……自分の名前か…」

 少し、考えてみる。『愛』が納得いかないなら、似てる『心』とか?


 しばらく考えたが、どうもしっくりこない。私は本に向かってため息をついた。

「まぁ、自分の人生読んでから決めてもいいんじゃない?」 

 白髪の彼女が助言をする。私はそれでいいかなと思い、本の表紙をめくった。

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