第8話 あなたの城
王宮でルアンと生活するようになって、数日が過ぎた。
毎日しっかりと食事をして、あたたかい部屋と寝床で休息を取り、のんびりと穏やかに過ごし――そうした日々を過ごしたファルーは、すっかり身も心も元気になった。
しかし、ファルーが健康になった何よりの栄養は、ルアンだった。
彼はここに来てからも相変わらず、いや、今まで以上にファルーを溺愛するようになった。
それはとても嬉しくて、たまに行き過ぎてて恥ずかしくもなるけど⋯とにかく幸せ以外に形容出来ないほど、幸せだった。
ファルーにプロポーズをした後のルアンは、本格的に王になるために動き出した。
周りを説得したり解決しなければいけない問題は山積みだった。
不安だらけだったが、彼の意思はとても強く頼もしいもので、ファルー自身もどれだけ批難されても諦めない!と意気込んでいた。
婚約者を押し退けてまで唐突にやって来たファルーへの目は、もちろん冷たいと思っていたからだ。
――しかし実際、周りは歓迎ムードで、拍子抜けしていた。
ルアンはファルーを王宮に連れてくる時に城の者に"一番大切な人だ"と伝えたと言っていたが、皆すんなりとそれを受け入れているようで、ファルーとしてはちょっと意味が分からなかった。
拒まれるどころか、むしろありがたがられていると感じる時すらあった。
なので、ある日、ファルーにも親切にしてくれる気さくなお世話係のチャニーに思い切って聞いてみたのだ。
すると彼女は嫌な顔せず、むしろ乗り気で話してくれた。
「そうですね。確かに最初は皆、ファルー様を連れてきたルアン様に色々戸惑いましたよ。まずその子は誰!?ってなったし、大切な人って何!?だし、婚約者は!?とか、ツッコミが止まりませんでした」
「そうですよね⋯」
皆が困惑しているだろう様子が簡単に想像出来て、思わず苦笑いしてしまう。
「⋯でもね。何より驚いたのはルアン様にです」
「え⋯?」
ふ、っと彼女の雰囲気がよりいっそう優しく変わる。
「私はルアン様がまだとても幼い頃からずっと仕えておりましたが、あんな彼を見たのは初めてです。ルアン様は王家の息子として育てられていく中で、何もかも諦めるように生きておられました。何を見ても何をしても無反応で、この方は感情があるのかな?もしかして人間ではない?と失礼なことを思ったほどです。そんな彼がですよ、ファルー様を連れてきた時、必死で私たちに縋ってきたんです」
ファルーは目を瞬いた。
城の者は誰にも心を開けず孤独だと言っていたルアンだったのに――。
「王宮に帰るなり早々、医師を呼んでくれ、この子を助けてくれ、と叫んでおられました。あなたが眠っている間も仕事がない時は付きっきりで、自ら甲斐甲斐しく看病しておられました。怪我も酷く顔色も悪いあなたを毎日泣きそうな顔で見つめるルアン様は、とっても人間らしくて⋯正直、ホッとしました」
それを聞いて、胸の奥がぎゅっとなった。
眠っていた自分のそばで、そんなふうに心を砕いてくれていたなんて――知らなかった。
「これまでのルアン様は私たち従者にも冷たく、怖いとまで思う時さえありました。そんな彼が、あなたがここに来てから穏やかで優しくなったんです。それどころか気遣いまでしてくださるようになりました。この前『今まで態度が悪くてすまない、本当は感謝していた、ありがとう』と言われた時は私、感動して泣いてしまいました」
ルアンが、変わった——そう言われるたびに、くすぐったくて嬉しくて、どうしようもないくらい心が温かくなる。
「ずっと誰にも心を開いて下さらなくて、仕方ないと分かってはいても悲しかったんです。なので本当に嬉しくて⋯ファルー様、ありがとうございます」
「!? ぼ、僕にお礼なんてっ⋯」
「いえ、使用人を代表して言わせてください。あなたのお陰で、ルアン様だけでなく、城全体が明るくなりました」
潤んだ瞳でそう微笑む彼女に、ファルーまで泣きそうになってしまう。
まさかそんな風に思ってくれているとは考えたことすらなかった。
「城の中だけではありません。次期王であるルアン様が優しく変わったという噂は、国民にも広まりつつあります。これも本当に素晴らしいことです」
「国民に、まで⋯」
こんな自分が彼だけでなく、その周りの人に、ましてや国民という広範囲にまで感謝される存在になっていただなんて、まるで夢のようだった。
「これからもどうか、ルアン様をよろしくお願いいたします」
彼女はファルーの手を取り、一筋の涙を流した。
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