3話 A級

 霊対室の特殊装甲車が、重いエンジン音を響かせながら埠頭へと続く産業道路を疾走する。車内に揺られながら、俺は助手席で沈黙を貫いていた。後部座席では、順が落ち着きなく自身のタワーシールドの手入れをしている。


「……にしても、A級任務なんて、今の俺たちには分不相応過ぎるッスよねぇ」


 不安を誤魔化すように、順が軽口を叩く。彼の言う通り、C級部隊である俺たちが、A級案件にアサインされることなど、通常ではあり得ない。


「私たちの任務はあくまで後方支援。今向かっている場所は廃棄埠頭だから人は居ないはずだけど、万が一のときの民間人避難誘導が私たちの任務よ。前面に立つのは、先行しているA級部隊」


 運転席の怜が冷静に訂正する。だが、その声にも隠しきれない緊張が滲んでいた。A級。それは、街一つを容易に壊滅させる力を持つ、災厄そのものだ。


 やがて車は速度を落とし、厳重に封鎖されたゲートを通過する。目的地、第7号廃棄埠頭。車を降りた瞬間、俺たちの鼓膜を叩いたのは、轟音と、地鳴りの絶え間ない衝撃だった。


「――なんスカ、ありゃあ……」


 順が、呆然と呟く。

 視線の先、埠頭の中心で、一体の『虚獣』が暴れていた。

 天を突くほどの巨躯。その身の丈は、50メートルを優に超えている。歪な人型を成す体は、無数の人間の死体が溶け合い、再構築されたおぞましい外見だ。


 だが、真に戦慄すべきはその巨体ではなかった。

建物やコンテナ、停泊していた船が軽々と持ち上げられては、玩具のように地面に叩きつけられている。


 虚獣の周囲には、持ち上げられた物質達が浮遊して周っており、近づくことは容易ではない。海外の映像でよく見るハリケーンで巻き上げられ周っている家々たちの映像のようだ。


「念動力(テレキネシス)……しかも、この規模……!」


 怜が忌々しげに呟く。A級と認定されるだけある、超重力級の質量を無数に操るあの能力。


 だが、なぜ人が居ないこんな場所で暴れているんだ?虚獣(こいつら)の行動原理は、人を殺すことだろ……?


 俺たちがその光景に圧倒され思慮していると、背後から無遠慮な声がかけられた。


「――貴様らが、後方支援のC級部隊か。随分と遅い到着だな」


 振り返ると、そこには黒い戦闘服に身を包んだ5人の能力者が立っていた。その中心で腕を組む男の胸には、A級部隊の隊長であることを示す徽章が鈍く輝いている。


「我々はA級第3部隊、隊長の刃金(はがね)だ。状況は見えているな。貴様らは我々の邪魔にならんよう、瓦礫の陰で、もしかしたら居るかもしれない民間人の捜索でもしていろ」


 刃金と名乗った男は、俺たちを値踏みするように一瞥すると、侮蔑を隠そうともせず、バカにするように言い放った。その全身から放たれる霊力の密度は、俺たちが普段相手にする能力者とは比較にすらならない。彼の能力は、金属を自在に操る『万鈞の鉄槌(ばんきんのてっつい)』。周囲に散らばる鉄の瓦礫が、彼の霊力に呼応して微かに震えている。


「……紅莉奏斗。貴様、まだ霊対室にいたのか」


 不意に、刃金の視線が俺を射抜いた。その表情と瞳には、憐れみと嘲りがたっぷりと含まれている。


「超新星、B級部隊のエースとまで呼ばれた男が、今やC級にまで落ちぶれたとはな。あの一件で、とっくに辞めたものとばかり思っていたぞ」


「……ッ!」


 その言葉に、隣にいた順が怒りカッと顔を赤らめる。

 刃金の言う通りだった。俺たち紅莉隊は、元々B級に格付けされていた。俺自身の戦闘能力はA級に相当すると評価され、実際にスカウトも受けていた。だが、俺はそれを断った。


 霊対室の能力者養成機関――通称『学園』。そこで出会った順、怜、そしてもう一人の仲間。あいつら3人の実力はB級相当だった。A級に上がることは、家族同然のあいつらと袂を分かつことだった。俺は、仲間を切ることができなかった。


 学園卒業後、俺の『紅蓮』と、殉職した親友の能力を軸にした紅莉隊は、B級で快進撃を続けた。だが、それもたった半年。ある任務で、あいつは俺の目の前で死んだ。

 そのトラウマから、俺は一時、炎をまともに制御できなくなった。最近ようやく乗り越えつつあるが、完全ではない。

 殉職者を出した部隊への上層部の「計らい」と、俺の弱体化。それが、俺たちがC級に降格した理由の全てだ。


「A級への昇格を蹴ってまで守りたかった仲間。たった一人も守れなかったそうじゃないか。挙句、そのショックで自慢の炎も制御できなくなったとか。傑作だな」

「てめぇ……!」


 今にも殴りかかろうとする順の肩を、俺は左手で制した。

「順、言いたいことは分かるが、構うな」


 顔を上げ、刃金を真っ直ぐに見据える。


「俺たちのことはどうでもいい。あんたたちの任務は、あれを倒すことだろ」


 俺の静かな声に、刃金は鼻で笑った。


「フン、腰ヌケが。まあいい。見ていろ、C級。本物のA級が、貴様らとは次元が違うことを見せてやる」


 刃金はそれだけ言うと、俺たちに背を向けた。


「行くぞ、刃金隊! あのデカブツを3分でスクラップにするぞ!」


 彼の号令一下、A級第3部隊の隊員たちが一斉に駆け出す。刃金の周囲では、埠頭に散乱していた鉄骨やコンテナの残骸が、巨大な蛇と化して蠢き、彼の後に続いていく。


 俺の胸には、奇妙な胸騒ぎが渦巻いていた。

さっきも感じた、人が居ないところで暴れているという違和感。それに、ただ物を浮かせて動かすだけの能力なんて……他に何か隠しているんじゃないのか?


 あれは、本当にA級部隊が単独で対処できるレベルの敵なのか?

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