第43話・嫉妬の境目
その日は授業が終わると、お客さんが教室に来た。
いつもは先生以外くることがない1年生の領域に3年生がやってきたのだ。
「多田野くん、いるかな?」
そう声を掛けてきたのは、以前こいあい倶楽部でお世話をしたゾンビ族の屍蝋先輩だった。
今もエンバーミングのおかげで顔色がいい。
「屍蝋先輩! お久しぶりです」
教室の入り口でおどおどしていた先輩を中に通す。
とは言っても椅子も机も一つしかないが。俺の椅子に座ってもらおう。
「どうかしたんですか?」
椅子を勧めるが、「いいよ、立ってるよ」とやんわり断られてしまう。
「実は相談事があってね。こいあい倶楽部にいくほどじゃないというか……」
「俺でよければ聞きますよ!」
「実は……和久津くんが……」
沈痛な面持ちで語り出すのだった。
「いや、和久津先輩に限って浮気はないですよ」
教室を離れ、屍蝋先輩がついてきてという方向に二人で歩いている。
「まぁ、あのストーカーっぷりだから信じられないというのは分かるけど」
二人が和解するまで和久津先輩のストーカー行為はかなり過激だった。
それほど執着してた人がいきなり浮気とは考えにくかった。
「だから見てもらった方がわかるかなって」
中庭に辿り着くころ、屍蝋先輩が制止した。
ちらりと見える中庭の中央に人影が二つみえる。
あれは和久津先輩か。
もうひとつは……
「女の子ですか?」
ピンク髪の女生徒が和久津先輩と並んでベンチに座っている。
「彼女の名は
確かに彼女の額には小さめの札が張られてるように見えた。
「隣の国の雲澤からの移住で、学校にも最近入ったらしい」
「……よく調べましたね?」
「い、いや、執拗に調べたわけじゃなくて! 彼女を見つめてたら教えてくれたりする人が多くて……」
周りも協力的な良い人が多いのだろう。屍蝋先輩が王先輩に興味があると間違った見解をしているかもだが。
だが、たしかに中庭の和久津先輩と王先輩は仲良く会話しているようだ。
はたから見ても二人は仲の良いカップルに見える。
普段大人な対応をする屍蝋先輩も慌てる理由がよくわかる。
けれど、嫉妬するほど屍蝋先輩が和久津先輩を気にしているとは思わなかった。
まず友達からという二人のスタートだったから、恋愛の成分があったことに少し驚いている。
「……っ」
今この間も屍蝋先輩が難しい顔をしていた。
「さ、行きましょう」
確認が取れたし、このままココにいるの難だろう。屍蝋先輩の手を取って移動する。
「……」
その姿を静かに見つめる視線に俺は気づかなかった。
移動したのは元の俺の教室だ。
「どうします? この内容ならこいあい倶楽部で扱う内容ではありますけど」
「うん、今日はちょっと控えておこうかな……」
「了解です。さて、どうしましょうね」
「どう、したら良いと思う?」
問いかけられてしまう。
「一番手っ取り早いのは、和久津先輩に話した方が手っ取り早いですよね」
「だよねぇ。でも何かそれって僕の被害者妄想みたいな感じがしちゃって……」
屍蝋先輩は少し優しいというか、意志が弱いところもあるから、そう感じるのも分からないでもない。
「でもそれって、悪い事じゃないと思いますよ」
迷ってしまうのもわかるけれど、そう反応することは「付き合ってる二人」なら普通ではないだろうか。
片方が他の人と仲良くしていたら嫉妬する。ほら、普通のことだ。
「だけど……」
屍蝋先輩が迷うのも分かる。二人はまだ「友達」の段階だから。
二人はまだ「付き合ってない」のだから。
付き合っていたら、嫉妬は当たり前の感情だが、友達の段階で嫉妬はエゴの様に思える。
だから次のステップに出ようにも踏み出すのをためらってしまう。
分かる。わかるのだが、俺としては踏み出してしまいたい。
でも、決めるのは屍蝋先輩だ。
「今日はこの辺にしておきましょうか?」
あまり思いつめるのも体に良くない。
「そう、だね。ごめんね、多田野くん、また声かけるよ」
そう言ってその日は解散となった。
その日は荷物を鞄に詰めて教室から出た。
その瞬間、
「⁉」
どしりとした重い空気が俺に覆いかぶさる。
空気だから質量はほとんどないはずなのに、廊下は重い空気に覆われている。
足を蹴り出せば普通に動くが、精神的な面はねっとりと重い。
なんだこれ。今まで感じた事がない。
一歩、一歩、踏み出していくが進んでいる気がしない。
誰かに助けを求めようにも首もろくに動かない。
せめてスマホで、と手を伸ばした時、
ピタリ。
手に何かが触れた。
それを別人の手と気づくまでしばらく時間を要した。
冷たすぎた。生きている人の手とは思えなかったのだ。
そして、
ドサリ。
背中に重い何かが乗っかってきた。
振り落とすこともできない。できるのかもしれないが、できないと断言できる。
そして耳元に
「ただのくん」
名を呼ばれた。低い声で誰なのか判別できない声だ。
応えようにも歯がガチガチ言って応えられない。
「あした、なかにわ、きてくれるかな?」
声は絶対的な意志を感じる。いかなかったとしたらなんて考えられない。
嫌な汗が流れる。
なんなんだこの重いプレッシャーは。
「きてね? ぜったいだよ」
この言葉で行くことが決まった。それ以外は認めないという圧力を痛いほど感じる。
「は、い」
なんとかその二文字だけを言うと、背中の重さが消えた。
バッと振り返り睨むが、そこには何もない。タダの廊下だ。
「あ、」
低い声がどこからか聞こえる。
「わくつでした……ふふふ」
今の全部が和久津先輩だと!?
あの人何なんだ。
今のが人間のやったことだと!?
心臓止まるかと思った……。
なに? なにかしたっけ?
心の中で恐怖だか驚きだかの絶叫をするしかなかった。
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