第4話 ボランティア

それから1ヵ月ほどで、色々な事が分かってきた。美樹ちゃんも、その他のクラスの子も、全員が高いレベルで揃っている。私は自分の議論や発表の力が高いと密かに誇りに思っていたけど、雛高では通用しなかった。劣ってはいないけど、自分ができることは周囲のみんなも同じようにできた。

自分と同等か、それ以上の人たちに囲まれた時「賢い私」は、集団の中に埋没して、もはや何者でもなかった。そんなふうに自分を思い、そんなふうにしか自分を思えない自分が、つらくて嫌だった。

そんなある日の休日、弟のテニスのレッスンに付き合って、私は母と一緒に近所の大きなショッピングモールに出かけた。

モールに併設されている室内テニスコートに弟を放り込むと、私と母は雑貨店さんを見て回り、2人でケーキ屋さんでお茶をした。私は、ぼんやりと店の窓から外を眺め、甘いケーキを堪能していた。

外にはショッピングモールの建物に囲まれた屋外スペースがあり、幼い子供が遊べるように、少しだけ遊具が置いてある。

今は何かイベントをやっているようだった。大きな横断幕が掲げられ、ウサギの着ぐるみが色とりどりの風船を小さい子たちに渡している。その横には、私と同い年くらいの可愛らしい女の子が、やはり色とりどりの風船とパンフレットを配布していた。

「美樹ちゃん!?」

その女の子は間違いなく美樹ちゃんだった。

私は母に

「ちょっと知り合いがいたから待ってて。」

と言うと、お店を抜けてイベント会場に向かった。

「美樹ちゃん!」

私がそう声をかけると、少し前かがみになって小さい女の子に風船を手渡していた美樹ちゃんは顔を上げてこちらを見た。

「あれ?葵ちゃん?お休みの日に会うなんて珍しいね。お買い物?」

「うん、お母さんと。美樹ちゃんは、何かのイベントのお手伝い?」

「う、うん。今日は、ボランティアでイベントのお手伝いをしてるの。」

ボランティア活動とは美樹ちゃんらしいが、何かしら、歯切れの悪さを感じる。美樹ちゃんには珍しいことだ。

私が横断幕を見上げると、そこには「小児がん生存者を支援する会」と掲げてあった。

「どんな会なの?」

私は興味本位で美樹ちゃんが手伝っている会について聞いてみた。

「うん。小児がん生存者ってわかるかな?そのまんま、小児がんを生き延びた子供たちの事なんだけど、その子たちは、その後も、いろんな困難を抱えていることがあるのね。」

「そうなんだ。」

「うん。でも、それは外見から分かりづらくて様々な状況で不利に働くことがあるの。」

「うん。」

「みんな幼い時に不合理な困難に立ち向かって懸命に頑張るんだけど、退院して全部解決するわけじゃないの。」

「ふうん。」

あまりの日常生活との乖離に、私はふうん、としか言いようがなかった。すごく立派な活動だと思うけど、なんだか実感が伴わず、遥か遠くで行われているような気がした。

「美樹ちゃんは、この活動を始めるきっかけが何かあったの?」

私は素朴な疑問を口にしただけだったが、美樹ちゃんは答えづらそうに口ごもっていた。

そのとき、突然、私は後からチョップされた。

「痛っ!?」

振り返ると着ぐるみのウサギがいた。

「ウ、ウサギ!?」

着ぐるみウサギがチョップを繰り出してくる。

「ちょっと、やめてよ。」

意味が分からず、私は着ぐるみウサギから距離を取ろうとしたけど、それでも着ぐるみウサギはチョップを止めない。それどころか、チョップの嵐だ。私は繰り出されるチョップの嵐の中、体を捌き、ウサギチョップを受け流し、その勢いを利用し、着ぐるみウサギを投げ飛ばした。

美樹ちゃんが驚きと心配で口に手を当て、その手を離れた色とりどりの風船が空へ昇って行く。それを見た子供たちが歓声を上げる中、ウサギの頭が外れ、中から出てきたのは、田中だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る