第2話 入学式
私が今日から通うのは、県立雛園高等学校。通称、雛高。だけど、ひよこーとも呼ばれている。何か、ちょっと弱そう。
雛高は一応、難関校で私のちょっとした自慢。
雛高の正門には、年度と「入学式」と書かれた立て看板が出ていて、新入生たちは、みんな少し緊張したような様子で正門をくぐっていた。
雛高は、1学年280人で1クラス35人、8クラス編成。私は8組なので、そのまま8組の教室に向かう。
教室の入り口に座席シートが貼ってあり、私の席を探すと1番窓側の1番後ろだった。
教室の中をのぞくと、まだ数人しかおらず、みんな緊張のためか、空気が少し張り詰めている。
私は会釈して教室に入り、自分の席に向かった。
「おはよう。」
私が席に着く前に声がかけられ、見ると、私の席の隣に男の子が座っていた。その子は私を見ると、立ち上がり私に軽く会釈をして、笑顔で声をかけてくれた。
かなり背が高く手足が長いモデル体型で、眼鏡をかけた知的な男の子だった。私は慌てて鞄を席に置き、背筋を伸ばして
「初めまして、神崎葵です。よろしくね。」
と今日一番の笑顔で挨拶をした。
その時、私と男の子の間に、妙な間が生まれた。男の子は、しばらく黙ったあと、何かに戸惑っている感じがした。一瞬の謎の間あと、男の子は
「あ、はい。」
と言って、自分の席に座り、そっぽを向いてしまった。私は意味がわからず、笑顔のまま、しばらく固まった。私は心の中で
(ってお前、自分は名乗らへんのかい!?)
と、魂のシャウトを叫び、そっぽを向く男の子に心の中で悪態をついたが、表面上は、そのまま黙って自分の席に座った。
やがて、多くの生徒が登校してきて、教室がざわつき始める。しばらくして、担任らしき30代前半くらいのパンツスーツ姿の女性が入ってきた。女性は教壇の前に立つと両手を叩いて
「静かに。席に着いて。」
と大きな声で言った。数人の生徒が小走りに自分の席へ戻る。全員が席に着いたのを確認すると女性はさらに声を張り上げ
「私が担任の鳥海です。担当科目は現国。1年間よろしく。」
そう言った先生はクラスを見渡し
「自己紹介とか席替えとか、そういうのは入学式が終わって落ち着いてからやるから。とりあえず、今日の式次第だけ伝える。」
そう言いながら最前列の生徒に大雑把にプリントを配り始めた。言葉遣いから、かなりはっきりした先生らしい。
「適当に後ろで調整して。」
最後尾の私たちはプリントを渡し合うが、気がつけば、隣の席のさっきの男の子が無言で手を差し出していた。
「プリントないの?」
男の子は無言で頷く。私は黒板で式の配席を説明している先生に、おずおずと声をかけた。
「先生、すみません。プリントが足らないみたいで。この人の…ちょっと名前なんていうの?」
自己紹介したのに名乗らなかったことを思い出して、私は男の子に小声で聞いた。
「山田。」
男の子がぶっきらぼうに答える。
「山田くんの分がないのでプリントいただけませんか?」
先生はこちらを見て言った。
「山田?このクラスに山田はいないぞ。」
「え?だって、本人が…。」
私は、戸惑って隣の男の子を指差した。
「そいつは田中。プリントの余りがあるから取りに来て。」
なんで私が、と思いつつ私は渋々教壇までプリントを取りに行き、山田こと田中に手渡した。
当然のように受け取るから、私はお礼くらい言いなよ、と言ってやろうと勢い込んだところで、先生が移動を指示した。
私が文句を言うタイミングを失い立ち尽くしていると、山田こと田中が
「早くしないと遅れるぞ。」
とほざいたので、私はこいつを敵に認定した。
先生の引率に従い私たちが体育館に入場すると、大きな拍手が巻き起こり、生徒たちは緊張で頬を紅潮させ行進した。そして保護者席の先で生徒達が左右に分かれていく。
(あれ?どっちだっけ?あいつに関わりあってたから、どっちか聞いてない。)
変な汗が流れ、私の番が来た。私は、いちかばちか右に曲がったが、そこに私の席はなかった。どうしようと戸惑っていると、そばにいた女の子が、逆側のあそこだよ、と教えてくれた。
私は1人逆送して注目の的になり、顔から火が出るほど恥ずかしかった。何より許せなかったのが、あの山田こと田中がクスクス笑っていたことだ。
入学式の間、私は恥ずかしさで、ずっと小さくなっていて、入学式が終わった後も、私は小さくなったまま、教室でホームルームに参加した。
「明日は小テストがあるからな。」
鳥海先生は手元のファイルを見ながら説明する。
「今の学力を見る目的だから結果は気にするな。あと、神崎は人の話を聞け。」
体育館での失敗をさらに追い打ちされ、私は耳まで真っ赤になった。
そのままクラスは解散となり、多くの生徒が外で待つ両親と今日の入学式の様子を話したり、入学式の看板の前で記念撮影をしていた。
私が重い足を引きずって校舎から出てくると、両親が大きく手を振って声をかけてくれた。
「お疲れ様、葵。入学式どうだった?」
母が笑顔で嬉しそうに聞いてくる。
「何か、とても疲れた。」
「大丈夫か?体調良くないのか?」
父が声をかけてきた。
「うるさいなぁ。」
父が悪いわけではないのに、つい反発してしまう。父が家族思いなのは分かっているけど、なぜか父に話しかけられると無性に反発してしまう。太って髪が薄いのも恥ずかしいし。
「そんな言い方しないの。」
母が割って入る。
「あれ?神崎さんのお父さん?」
急に後から声をかけられ、振り返ると、田中がいた。そばには、さっきクラスで見かけた女の子も一緒にいた。女の子は、可愛らしい容姿をしていたから、クラスでも目を引いていたが、田中と仲良さそうに笑っている。同じ中学出身なのだろうか。
私は、焦った。
「いや、これは、あの、父というか、何というか、えぇと。」
私は父を隠すように立ちはだかり、自分でも支離滅裂なことを言っていた。田中は何も言わずに私を一瞥し、女の子は笑顔で
「また明日ね。」
と言って、先に歩きだした田中を追いかけ、一緒に帰ろうと声をかけていた。
私たちは微妙な空気の中、口もきかずに家路に着いた。
家に着いた私は部屋着に着替えると、ベッドにダイブして大の字になった。なんだかとても疲れた。それに、すごく良くない1日だった。朝はピカピカの1日が始まる予感だったのに。変なのに絡まれて、入学式で恥をかき、それに父のことも。
分かってる、自分がよくないって。
家族思いの父を、恥ずかしいものでも隠すような真似をして最低だ。自分が最低だって私が自分で気づいてることに、母は気づいていた。だから、母は何も言わなかった。
それに、あいつも気づいてた。
でも、なら、どうしたらいいのよ?
自分の父親に格好良くいてほしいって、娘が思うのは、普通じゃないの?
「お父さんが痩せて、髪の毛がわっさわっさ生えたら解決する話でしょうがぁ。」
私はベッドの上をゴロゴロ転がりながら叫び、ジタバタした。しばらくして、脱力した私はベッドから起き上がり、ベッドに落ちたリボンのついた髪飾りを拾い上げた。朝はあんなにも輝いて見えた髪飾りが、今は随分くすんで見える。私は、小さなため息とともに髪飾りを机の上に置いた。
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