阿野二万休

第一章 ケーくんとブンちゃん

カセットテープ#1 転売屋のばばあの話 「いるかい?」

ブックオフでは喜んで買い物するクセに、アタシら転売屋がメルカリで儲けてるのが気に食わないってのは、なんでだい?


神田の古本屋は良くて、アキバの中古ショップは良くて、カードのシングル販売は良くて、アタシら転売屋がダメな理由を、ちゃんと説明してご覧よ、ええ? 連中が儲かったって作者は一銭も儲からないよ、アタシらと同じくねえ。だいたい連中だって元を辿れば単なる……


……そういうことを聞きに来たわけじゃない?


いや騙されないよ、アンタみたいな連中は……


…………え、あ、ああ、そっちかい!


あは、あははは、ヤーだねえもう! 年取ると被害妄想が強くなってねえ! あーはは、ヤだヤだもう……ゴメンね、先週もそういうヤツが来たばっかでね、あーはは、取材なんて断りゃいいんだろうけど、アタシは受けることにしてるんだ、うふふ、ネットの連中の反応を見るのが楽しみでさ! 人間が自分の好き嫌いを倫理になすりつける様の情けなさってのはありゃ、格別だからねえ!


でも……ねえ……不思議な話ねえ……


アンタが喜ぶような話はないと思うよぉ……? ああ、そうそう、アタシの爺さんが熊に食われて死んだ時なんだけどね、爺さん、結構インテリでね、山で死んでるはずの時間に、家の本棚だけが急に雪崩を起こしたってのは? うふふ、婆さんが言うには、爺さんが死ぬ前に読みさしの本を取りに来たんだ、らしいけどねえ……うふふ、婆さんは字が読めなかったから知らないけど、爺さん、文学好き装ってるだけのただの助平でね、雪崩を起こした本なんて、あーた、チャタレイ夫人の恋人なのよお、いっひっひ、裁判絡みの資料まで集める熱心さだったんだから。


ん、ええ、ああそうさあ、この商売、知識がないとやってられないさ。


そりゃ、今の御時世ネットになんでもあるわよお、でもねえ、本ってのは、ネットなんて影も形もなかった時代から、あるものだからね。ネットに情報がない本なんてのは、そこいらにゴロゴロしてるのさ。


ネットにないものは存在しないもの、って、ますますなってくんだろうけど……そうすると、ますますアタシらが栄えるって寸法なのよお。


転売の原因は倫理でもなんでもない、機会と情報の不均衡だからね。つまるところそりゃ、商売の本質だ。ま、アタシらを滅ぼしたきゃまず資本主義を滅ぼすこった! 世界同時革命ばんざぁい! イーッヒッヒ!


……くさるほどあるさあ、ネットに情報がないブツなんて! 本に限った話じゃないよ、映画、音楽、ゲーム、なんでも! アタシにだってわからないブツの方が多いのよお!


…………ああ、そうか、アンタ、そういう話を探してるってことかい……


じゃあ……ふふふ、そうだね、とっておきを話してあげようか。転売よりよっぽど、胸糞悪くなる話さ。




むかーしね、インターネットもロクに無かった頃の話だけど、日本で心理学のブームがあったのよぉ。




ダニエル・キイス超大先生の超大ベストセラーで、多重人格って概念が流行はやってね、そこから心理学ってもんが、人間に残された最後の未知、心ってもんを科学的に解明する学問だと持ちあげられた。今となっちゃあ笑い話さね!


ま……でも、当時は、最先端だったのさ。


だから当然、そういう本がわんさか出た。大人向けが出たから当然、子ども向けも出た。アタシの子どもだって持ってたね、心理テストの本。どういう本かってえと……


……あなたが暗い森の中を歩いていると、一匹の動物が草むらから飛び出してきました。それはウサギ、ライオン、鹿、ネズミ、どれですか? ……ウサギを選んだあなたは心の奥で不確実なことに対する恐れを抱いています。臆病で小心者ですが、物事に対する深い洞察力があるタイプで、学者や作家に向いています。ネズミタイプの相手とは相性がいいでしょう。ライオンを選んだあなたは……ってな具合の本さ。ま、占いだとかオマジナイだとかと変わんないよ。


でも子どもってのはいつの時代も、そんなのが好きだろ? ファミコンが王様の世界じゃ神社のおみくじだって当たるとは思えないけど、心理学的に正しいなら外れてても正しいわけさ。当時の心理学ってのはまあ、言うなればスーパーファミコン、いやプレステだったからね。


でもまあ、しばらくするとそういうブームも落ち着いてね。一九九九年が近づくにつれて、ノストラダムスだの二千年問題だのに興味は移ってったよ。ブームってのはそんなもんさ。


その本の噂が出たのは、ちょうどその頃。


当時アタシは小学校の司書教諭をやっててね。読むと洗脳される本がある、って、学校で話題になってるって聞いたんだ。子どもから聞かれたんだよ、そういう心理テストの本ある? って。ふふ、洗脳ってのも、世紀末系カルトが流行ってたその時期の、言っちまえばバズワードだったねえ。


詳しく聞いてみたらどうも、心理テストの本らしいけど、テストの結果が実際と違ってても、その通りになっちまうー……ってことらしい。区の図書館にある、学校の図書館に深夜だけあらわれる、四時四十四分にあらわれる移動図書館にある……なんて、怪談混じりに語られててね、アタシは顔がほころんじゃったよ、時代が変わっても、首切り地蔵の噂をしてたアタシの子ども時代と変わっちゃないねえ、ってさ。


ただねえ、なんだかおかしいんだ。


その本を読んで、内気な性格が治っていじめられなくなった、なんて話があるかと思えば、その本を読んで先生を殺した、なんてのもある。宝くじが当たったって噂もあれば、家族が呪われて一家心中した、ってのもある。そうそう、当時流行はやってたカルトがその本を書いた、なんてのもあったし、実は教科書の一部にその本が紛れてて、東京の小学生はもう全員読んでるなんてのもあった。


なんだか……おかしいじゃないか?


そういう噂ってのはもっとこう……枝葉末節が変わってくにしても、読み味は似るものだろうよ。読みたくない、怖い、って思えばいいのか、読んでみたい、面白そう、って思えばいいのか、わからなくなっちまう。


それでね、アタシは考えた。


こりゃたぶん、実際にそれらしい本が複数、あるんだろうな、ってね。いや、洗脳する本が実在するって話じゃあ、ないよ? たとえば……カルトの洗脳過程で使われる本が心理学絡みだったとか、自殺した人間が最後に読んでた本が心理学の本だった、とか、そういう元ネタが複数、合わさってるんだろうな、ってね。いつの世も噂ってのはそういうもんだろ。


ただねえ……




アタシの学校で、子どもが三人、失踪してね。


授業中に。




今でも時々ネットで、未解決事件としてつつかれてることがあるやつさ。知ってるかい? 体育の時間、教師が職員室に用具を取りに行って、生徒はその場で待機ってなってた二分間で、三人が無言で走り去って……そのまま消えた事件。ああ、今でも何も手がかりはないままだよ。まあ、児童が自主的にいなくなった、ってことで他の未解決事件ほど騒がれちゃいないけど。あんまり恵まれた家のお子さんたちじゃあ、なかったしね。


ただ子どもたちの間では、あの三人はあの本を読んでた、ってことになってた。どうも、そのうちの一人がその前の週、例の本を手に入れたって騒いでたらしい。まあその子はゲームのウソ技とかを発明しちゃうような子だったから、誰も信じなかったそうだけど……ウソだったら七百円払う、って言い出して、こんなん落ちてる金だぜって思った二人が、その子の家に遊びに行った……で、その翌日、三人揃って授業中、どっかへ消えちまった。


それでね、アタシ、その本を手に入れたんだ。


司書だったから、ご家族に、学校の図書館で貸しっぱなしの本がある、とかなんとか言ってさ。なんでって……


……当時のアタシは、若かったのさ。なんであれ、子どもたちの害になりそうなことは、大人が体を張ってでも守らなきゃ、そう思ってたんだよ。どういう形であれ、さ。


こっくりさん途中でやめちゃって恐慌状態になってる子がいたら、こっくりさんなんていないから安心しろ、って言うんじゃなく、もう一回その子と一緒にこっくりさんをやってあげる、そういうのが、大人だと思ってたのさ、へへ、若かったねー、ほんと。


回収した本のタイトルは……まあ、ちょいと、伏せさせてもらうよ。あんまり気分のいい話じゃあ、ないからね。


まあとにかく、その本は、一見普通の、心理テストの本だった。奥付もしっかりあって、著者はその出版社編集部で、監修の教授の名前もあって。よく見る版元の名前だったし、教授だってちゃんと四年制大学の人だったし、笑っちまうよ、ISBNもあった。


要するに、結構売れてた本だったのさ。学校にその本を持ってきて没収された子だっているぐらい。あの頃は……休み時間にその本を持ってる子の回りに集まって盛り上がる、そういう光景が、日本中の学校であったろうね。




ただ中身はまるで違った。


……どう言えばいいか……


つまりね。


偽物だったんだ、その本の。




表紙も奥付も何もかも一緒なのに、本文だけが違ったんだ、その本は。いかにも子ども向けの、友だちの深層心理がわかるテスト一〇一、なんて惹句があるのに、中身は……




次の日、アタシは学校を辞めたよ。




それ以来、こうしてせどり・・・を、アンタらの言葉で言うところの転売屋ってやつをやってる。




中身?


へえ?


あんた、本当に聞きたいの?




なら、読んでみればいいさ。




ああ、今も保管してあるよ、あの金庫の中だ。なんなら持ってってくれて構わないよ。ただし読んで何が起こっても、アタシゃ責任取れないからね、いっひっひ。




ただ、一つだけ。




失踪した三人のご家族……その本を持ってた子のね、そのご両親、今、どうなってると思うね?


この間会ってきたんだけど、やっぱりまだ、その失踪した子は、最初からいなかったことになったままだったよ、二人の中で。


まったく…………笑っちまうよ。




失踪して一週間後には、廃墟みたいになった家で、ヤク中みたいになった顔で、学校でのその子について聞いてきたってのにさ。一ヶ月後にはもう朧気で、二ヶ月後には名前を思い出すのに三十秒かかって…………三ヶ月後には、家に子ども部屋が二つあるのは、もう一人作る予定だから、ワッハッハ、ってね。ああ、そこ、年の離れた妹さんがいらっしゃるんだけど、今じゃ絶縁状態。


妹はまだいなくなったお兄ちゃんを探してるのに、両親はそんな妹を、兄がいる妄想に取り憑かれたかわいそうな子だと思ってる。妹は、ウチには絶対にお兄ちゃんがいたはず、って思いながら育って、しまいには、両親こそ頭がおかしくなったんだって思ってて……もう、憎んでるんだ。パパとママはお兄ちゃんを心の中で殺したんだ、なんて言ってね。他のとこも同じような感じだよ。




…………そうだね。




……アタシが勘弁ならないのは……




あの本にどういう力があるのか、あったのか、それは超能力なのか、呪いなのか、はたまた超科学的超心理学なのか、それは、まあ、どうでもいいことさ。


ただ、あれを作った奴らがいて、そいつらはそれを……




子どもに読ませようとしてた。




それも、ただ読ませるだけじゃない。

子どもの間で、広めようとしてた。




あの三人が消えたのは、当時十歳だった東徹あずまとおる山田希和やまだのあ比嘉正吉ひがしょうきちが消えたのは、一九九八年の六月二十五日、午前十時二十四分から二十六分の間。そこから、警察は数百人が動員されて、町内会も、先生一同も総出で、体育着姿の小学三年生三人組を、街中探し回った。




でも、影も形も、見つけられなかった。




それがどういうことか……あんた、なあ、どういうことなんだと思う? なあ、アタシが転売屋をやってるのは……




…………ふふ、なんなら一部、もってきなよ。ただし、自己責任でね。イヒヒ、いいさいいさ、この三十年で百二十一部見つけたからね。中身は全部同じさ。イッヒッヒ。日本の年間失踪者数は約八万人だけど、あんたが足す一しないように、祈っといてやるよ、イーッヒッヒ。




…………ここまで言ってまだ、読むって?

まったく……人間ってやつぁ、どうしてこう……




……まあ、いいさ。

じゃあ、最後に一つだけ、聞かせとくれ。




アンタ、子どもいるかい?

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