永遠のハロウィン🎃ブラック職場あるある正社員への道
チャイ
第1話 可愛すぎるゴーストと新しい後輩達
休憩室でスマホを見ていた。
画面には「11月32日 27時46分」
え?32日?時間も27時なんてありえないよね。
本物の日時じゃないってこと?
何度か再起動してみたけど、治らない。
圏外、アンテナのマークがパッパッと点滅し続けてる。つながりかけて、消える。つながりかけて、消える。その繰り返し。
たまに、つながることもあるんだけどなぁ。
バイト仲間だった、ドラキュラ、フランケンシュタイン、ミイラ男先輩、黒魔女のおばあちゃん。
今頃何してんだろ。連絡先交換しとけばよかった。みんな、じゃあなって言うや否や消えるようにいなくなったっけ。
ボクは「永遠のハロウィン」から抜け出せず、相変わらず郊外のショッピングモールでアルバイト中。
かぼちゃ親方の命令で、子供を怖がらせなきゃいけないのに、今日も「かわいいお兄ちゃん!」って子供たちに絡まれている。ボクはゆるキャラじゃないぞ!
「トリックオアトリート、お菓子ちょうだい!」
「はい、どうぞ」ボクはかぼちゃバケツから、オレンジ色のキャンディーを一つ、男の子の手のひらにポンと乗せる。
「やったー!ありがとう、かわいいお兄ちゃん!」
かわいい、って。ボクは一応ゴーストなんだけどな。怖がってほしいんだけどな。いつもの子供たちが今日もやってくる。
思わず天井を見上げるとハロウィンバルーンにガーランド。
そしてすみっこには本物のクモの巣、手足の長い毒々しい蜘蛛が垂れ下がってる。
作りものと本物と。狂った時計とカレンダー。
黒魔女さんいわく、ここは現世と来世を分ける境界が常に曖昧な場所らしい。
フワフワと浮いているボクの白い体。
せっかくおばけになったのになぁ。
うっかりブラックバイトに応募したばかりに、こんな生活だなんて。もっとフワフワ生活を楽しみたかったよ、成仏するまでは。
※
天井の巨大なジャックオランタンが、にやりと笑ってこっちを見ている。
かぼちゃ親方は、いつも見てる。
シフト掲示板には赤字で「成果:0人」
その下には、いつもの文字が。
「次は成果を。さもなくば永遠に」
―――永遠に。
もう見慣れた。慣れたというより、諦めた。いや、諦めたっていうと語弊があるかな。
ここはそんなに悪くない職場だから。
ボクが生前働いていた会社よりはマシな気がする。
死ぬほどつらかったあの日々。労働の長さと人間関係のシビアさ。あ、けどね、だんだんマヒしてそれが当たり前になるとね。辛いけどしかたない、周りもみんなそうだしなってなるんだよ、不思議とさぁ。
昼飯を取る時間もなく、片手に菓子パン、缶コーヒーで流す。もちろん甘いやつ。
買うのはコンビニかって?えっとね、ドラッグストアの方が安いよ。これ生活の知恵ね。
その点、ここはランチは充実。モール内の食品売り場、ドーナツ、チーズケーキ専門店、アイスのテナントも入ってる。
全部ハロウィン限定商品だし、ほぼパンプキン味だけどね!
今日もボクは午前のパレードとステージを終え、バックヤードの休憩室でお昼。手にはオレンジ色のレジ袋を下げて。(もちろんジャックオランタン柄だよ)
「あら、坊や、さっきは可愛がられてたわねぇ」
ハスキーな、でもどこか艶のある声。振り向くと、セクシーな魔女が座っていた。どうやら新入りさんらしい。
ゴージャスなオーラがまるでハリウッド女優だ。ただの事務机とパイプ椅子さえ映画のセットに見えてしまう。
体ぴったりのホルターネックの黒いロングドレスにフード付きのマントを羽織ってる。深いスリットの入ったスカートから脚がのぞく。時折、足を組み替えるしぐさが妖艶。
網タイツなんて見たの初めて!生きててよかった!あ、死んでるけど。黒いアミアミから見える白い肌がなんとも。あっ、太ももがまた……ちらっと見えちゃった。
「えっと、新しい魔女さん……」
この人、どう見ても僕より格上だ。
「坊やったら、可愛すぎよねぇ、ここ座るわね」
魔女さんは、隣のベンチに腰かけると、ボクの目の前にすらりとした足を見せつけた。
「ちょっと足腰が痛いの。マッサージお願いできる?ホント、年よねぇ」
「えっ、あ、はい……」
赤面するボクを見て、魔女さんはイヒヒと笑った。
「純情なのねぇ、坊や」
この間のおばあさん黒魔女が「自分はまだひよっこ」って言ってたってことは、この人の本当の年齢って?
いや、聞かない方がいい。絶対に。
「そういえば、魔女さん、なんでこんなバイトに?」
「そろそろ隠居してもいいんだけどね。美魔女気取るのって、とにかく、健康食品代と化粧品代がかかるのよ。ここ高額バイトって書いてあったから」
「お給料、もらいました?」
「まだよ、だって始めたばかりだもの。坊やは?」
「ボクも……まだです」
「あらあら」
二人で、苦笑いした。
魔女さんは立ち上がると、ボクの頭にミニサイズのトンガリ魔女帽子を乗せた。
「坊やに似合うわ。プレゼントよ」
「ありがとうございます……」
「それでね、坊や」
魔女さんは、急に真面目な顔になった。
「あたし、前のところでも正社員にならないかって言われたのよ」
「へぇ、それで?」
「断って逃げたわ。ほら、魔女は勘がいいから」
「どういうことですか?」
「坊や、もし正社員にって言われても、よく考えなさいね」
そう言って、魔女さんはヒールの音を響かせて去っていった。
魔女さんは午後のステージからボクらに合流した。次は、昼の悲鳴タイムと呼ばれるパレードへ出発だ。
子供たちにお菓子を配りつつ、恐怖を集める。
悲鳴と涙を稼がなきゃね。
美魔女さんって美人でセクシーだけど、ボクと同じく子供たちを怖がらせることはできないんじゃないかな、と思っていた。
でも、それは間違いだった。
後で聞いたら、口裂け女直伝の顔芸で、マスクを取ると信じられないくらい大きな口が現れて、子供たちは大号泣するらしい。あの偉大な昭和の都市伝説口裂け女さんと知り合いだなんてすごすぎるよ。
彼女の本日の成果、悲鳴22、泣き8。
初日なのに、さすがだ。
夕暮れの恐怖ショーが始まる前に休憩室で少し休む。今日はかぼちゃプリンを食べよう。
「こんにちは!初めまして」
高めの元気な声に振り向くと、ポメラニアンがいた。
いや、ポメラニアンの着ぐるみを着た人、じゃない。本物のポメラニアンだ。
薄茶色のふわふわの毛、黒いまん丸なつぶらな瞳、小さな体。
この子しゃべるんだ……。もうあんまり驚かない。
「今日から、よろしくお願いします!僕、狼男ですワン!」
「え?狼男?」
「はい!」
どう見てもわんこ。しかも、めちゃくちゃかわいいポメ。ペットフードのコマーシャルに出てません?ってくらいの愛らしさ。
今風の首輪をしてるってことは、まだ幽犬としては新米なのかもしれない。
「あの、狼男って、もっと、こう月に向かって吠えるっていうか、牙があるって言うか。
そもそもオオカミってイメージっていうか……」
「凶暴な感じですよね?わかります!」
ポメラニアンは、しっぽをぶんぶん振って嬉しそうだ。
このコも子供を怖がらせるなんて無理だろうな、ボクと同じで可愛いって言われるタイプだ絶対に。同情しちゃう!
その日の夕ぐれのパレード。子供たちが集まってきた。ゾンビがさまようようないかにもな音楽が流れるなかボクたちは子供たちにトリックオアトリートされたり、怖がられたりしながら歩いていく。
「わぁ!ワンコだ!」
「かわいい!」
「キャンキャン!」
ポメラニアンは、子供たちに囲まれて、しっぽを振っている。
その時。
天井のジャックオランタンの目が、怪しく光った。
ポメラニアンが、ゆっくりと顔を上げた。
「月に代わって……」
声が、低くなる。
「お仕置き……、だわぉーん!!!」
遠吠えした瞬間、ポメラニアンの目が血走り、牙をむき出しにして、子供たちに飛びかかった。
これ、狼男みたいな顔に変身するんだろって?
違う。
ポメなんだ。ポメのまま怖いんだ。ムキムキの歯がとにかく怖い。
あのかわいいポメラニアンが、地獄からやってきたとしか思えない、激おこ凶悪顔になる。
あれ?漢字は、どうだったっけ?狂?強?うーん、やっぱ凶ポメだ。
「ぎゃあああああ!」
「ワンコが怒ったー!」
「うわーん!」
子供たちは、泣きわめいて逃げていく。
ポメラニアンは、元のあどけない顔に戻って、ボクを見上げた。
「どうでした?」
「すごいです、ギャップが」
一仕事終えた凶ポメさんは、自前の水入れから水をぴちゃぴちゃとおいしそうに飲んでいる。
素晴らしい成果、悲鳴28、泣き27。
ボクの成果は、相変わらずゼロ。
そして、決定打がここにいる。何日か前にやってきたすごい人だ。
「うぉぉぉぉぉ!泣ぐ子はいねがー!」
ドスンドスンと、床を踏みならす音。
なまはげだ。
ナチュラルに怖い。子供脅しのプロ。まさにエリート。
あの子たちって、いろんなハロウィンキャラに驚かされ慣れてるけど、なまはげの迫力にはまいっているようだ。
「うわーん、怖いよー!」
「ママー!」
泣き52、悲鳴75。
すごいスコアだ。ちなみに僕はゼロ。
ただし、誰もトリックオアトリートってお菓子をもらいにくる子もいない。みんな、なまはげを見ると逃げていく。
休憩時間、なまはげさんと話した。
「なまはげさん、すごいですね」
「当たり前だべ。俺、地元じゃ伝統芸能の継承者でな。俺たち代々、子供泣がしてきたべ」
「歴史がある!」
「おう。秋田の誇りだべ」
なまはげさんは、おにぎりをほおばりながら続けた。
「でもよ、ここのバイト代、まだもらってねぇんだ」
「ボクもです……」
「それによ」
なまはげさんは、声を潜めた。
「俺の地元の先輩が、ちょっと前ここで働いてたらしいんだ」
「へぇ!じゃあ、なまはげ界では有名な職場なんですね」
「それがなぁ、その先輩、帰ってこねぇんだ」
「え?」
「正社員になったって言って、それきり音信不通だべ」
背筋が、ひやりとした。
「でも、まぁ、いいバイトだべ。納豆あるし」
なまはげさんは、ハロウィンパッケージの納豆を見せてくれた。
「うんまいけどよ、納豆とハロウィンって関係ねぇべなぁ。なぁ、めんけぇゴーストさん!」
「めんけぇ?」
「可愛いって意味だべ」
ああ、やっぱりボク、可愛いって言われてる。
僕らの毎日はハロウィン、ただそれだけ。
窓のないショッピングモール。入って来た時の出入口は今はなぜか見当たらない。
え、どこから入ったんだっけ?そもそも覚えてない?
仕事、昼ご飯、仕事、休憩室でシフト掲示板チェック。そしてまた次の日の仕事が始まる。
壁に時計もない。空も見えない。空調のきいた店内は、暑くも寒くもなく、風も雨も分からない。
ただ、オレンジ色のランタンの灯りだけが、ゆらゆらと揺れている。
朝が来ると、もう朝礼の時間はすぐだ。バイトなのに15分前出勤が決まりだってさ。
毎日の朝礼、バイトも参加
親方からの訓示(毎日同じ内容)
「今日も子供たちを震え上がらせろ!」
「売上目標は前年比120%!」(去年のデータどうなんだろう、見せてほしいよ)
僕らただの季節バイトなのに。
最後は、全員で「ハロウィン万歳!」を三唱。今日なんてボクがリーダーだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます