第2話 女の子には『~くん』より『~ちゃん』で呼べ!
空が青い。
強い日差しと生温い潮風が肌を撫でてくる。
ここは北海道・函館市。札幌や旭川に次ぐ……なんて言ったら納得しない人もいるかもしれないけど、道内じゃそれなりの大都市だ。
海産物を中心に飲食店が多く建ち並び、北海道の代表的観光地である五稜郭や函館山展望台が在るここは、夏になればもっと多くの人と車が行き交い、今よりもっと賑やかな都市になるだろう。
ここであたしは生まれ育ったのかあ……。
今見ている街景色も、今歩いている通学路も、全く身に覚えがない筈なのに、不思議と懐かしさみたいなものが込み上げてくる。
なんか、変な感じだなあ……。
「……んで、なーんでフローレスさんがあたしと一緒に学校行ってんの?」
「なんで? 不思議なことを訊ねるのですね」
あたしと同じ制服を身に纏い、あたしと同じ歩幅で、あたしの横を歩いているフローレスさんは、あたしの質問にフッと笑い。
「私がユリさんの隣を歩く。それは紀元前の頃から存在する常識であり、雨の雫が空から地面に落ちるが如し自然現象ですよ」
さも当たり前かのように腕を組み、体を密着させ、真っ直ぐな瞳でそう告げてきた。
へー、あたしって紀元前の頃から生きてたんだ。知らなかったなー。
って、なに言ってんだか。あと暑いからとっとと離れて欲しい。
「それに、私が一緒じゃないとユリさん学校に辿り着けないじゃないですか。道、覚えてます?」
おっと、急な正論パンチ。ちくしょう、何も言い返せないぜ!
いつまでもくっ付かれると歩きづらい上に恥ずいので、あたしはフローレスさんを無理矢理剥がすと。
「フローレスさん。一応言っとくけど、あたしまだ信じてないからね。友達ならまだしも恋人なんて……。しかも女の子同士のカップルだなんて……」
「ユリさんが信じる信じないは自由ですけど、私とユリさんが付き合っていたという事実は揺るぎませんからね。もう一度写真お見せします?」
そう言って、フローレスさんはスマホに前のあたしとのツーショット写真を表示させ、グイグイとあたしの顔面に押し寄せてくる。
「い、いいって! もう何度も見たし」
「いいえ、これも記憶を取り戻す為です。私と築いてきた思い出を忘れたままなんて許しません!」
その叫びの後、あたしは半ば無理矢理にスマホを渡されてしまう。
インスタに投稿されてた写真だけでなく、フローレスさんの写真フォルダには黒髪のあたしとのツーショットが大量に保存されていた。
画面をスクロールする度に、まだまだ見たことのない写真が発掘される。
一緒にソフトクリームを食べている写真。
夜景をバックに一緒にピースしている写真。
二人で水着になって海水浴をしている写真……。
「あの、ユリさん。そんなにマジマジ見られると恥ずかしいのですが……」
「お構いなく。あれっ? これインスタにあがってなかったよね?」
「私のユリさんの水着姿が他の人の目に入るなど許せないので」
「うーん、多分だけど、みんなあたしよりキミの方に目が行っちゃうんじゃないかな。あっ、あとでDMであたしにも写真送っといて」
フローレスさんがなにか言いたげな目をしている。
まったく、一体なにを勘違いしているのやら。
今のはそう、海の綺麗さに心を奪われていただけだ。
決して水着姿に目を奪われていたとか、決して彼女の学生離れした豊満なえちえちボディに悩殺されていたとかではない。
ただまあ、もうちょっと色々見てみてもいいかもしれない。
他に露出の多い……いや、あたしの記憶を取り戻すトリガーとなる写真がある可能性も捨て切れないし!
「……ってあれ、もう終わり?」
スケベ写真を探している内に、いつの間にか一番古い方まで遡ってしまったみたいだ。
あたしが眠り姫になるその前日、今年の3月30日から去年の4月まではたくさん写真があったのに、その次は一気に飛んで2017年6月の一枚だけ。
8年前……、あたしがまだ9歳の頃か。
その一枚の写真は、満月の夜空をバックに密着している、同い年くらいの幼女達のツーショットだった。
「この写ってる子達って、ひょっとしてうちら?」
やだカワイイ。なにこのプリチーなお人形さん達。
この金髪の女の子はフローレスさんで間違いないよね。満面の笑みでもう一人の女の子の腕にしがみ付いてる。どちゃくそカワイイ。
こっちの黒髪の女の子は……あたし、かな?
くっ付かれて少し戸惑ってるのか、頬を赤らめながら若干カメラから目を逸らしている。ふーん、カワイイじゃん。
でもなー、格好だけもうちょいどーにか出来んかねー。
夜まで派手に遊びまくったのか知んないけど、服めっちゃ汚れ過ぎ。
あたしがクスクス笑っていると、横からフローレスさんがヌッと顔を覗かせてきた。
「まあ懐かしい! 私達が初めて一緒に仕事をした日じゃないですか」
「仕事?」
あたしからスマホを回収するなり、フローレスさんはその一枚の写真を見ながら「抱き着きたい」だの「吸い込みたい」だのと呟いている。後で通報しておこう。
それにしても、仕事って一体なんだろう?
小学生がやるような仕事って、かなり限られてくるけど……。
ハッ! ひょっとして、売れっ子の子役さんとか!?
まあ確かに? あたしってそれなりに、いやかなりの美少女だし。いかにもスター性を秘めてるっていうか、もう只者じゃないオーラがビンビンに溢れちゃってるっていうか〜!
「一応言っておきますが、ユリさんは芸能人でもなんでもないですからね」
「違うんかい。もうちょい夢見させて欲しかったなー。……じゃあ仕事ってなんのこと?」
「いずれお話しますよ。それと、ユリさんにお願いがあるのですが……」
「お願い?」
あたしが首を傾げると、フローレスさんは少し仏頂面を浮かべながらこっちを向いて。
「これから私のことは
「うえー……。いいよ」
「なんで今一瞬嫌そうにしたんです?」
「だってあたし人見知りだしー、いきなり名前呼びとか恥ずかしいっていうかー」
「でも、いいんですね」
「もしかすると、あたしって実は人見知りじゃないのかもしれない」
「キャラ振れ過ぎじゃないですか」
「しょうがないじゃん。前のあたしがどんなキャラだったか知らないんだから。今はこうやって模索してんの」
「はあ、それはお任せしますが……。とりあえず、今後私を呼ぶ時は『リリィ君』でお願いしますね」
「ちょっと待って。くん? あたし、キミのこと君付けで呼んでたの? ヤダヤダそんなの。可愛くなーい!」
「ではどうすれば……」
「ちゃんで! あたし、今からキミのことは『リリィちゃん』って呼ぶから! その方がリリィちゃんも絶対いいっしょ?」
そんなしょうもない会話を繰り広げている内に、目の前や背後、向かいの歩道に続々と同じ制服を身に纏う同年代の男女が現れてきた。
目的地が近い証拠だ。
「いやー、緊張するねー! 一体どんな友達が待っているんだろう?」
「うーん……」
「どしたの?」
「いえ、ユリさんに友達なんて居たっけ? と思いまして……」
「ちょっとやめてよ! そんな悲しいネタバレ聞きたくないんだけど! 戦う前から負けが決まってるみたいで、すっごく萎えるんだけど!」
「でも大丈夫ですよ。ユリさんには私が居ますから。なんて言ったって、私はユリさんのガールフレンドですから」
「ちょっ、だからいきなりくっつかないでってば!」
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