4話 新年度スタート



4月1日の午前9時。


わたし、佐伯 彩さえき あやは広告代理店、

「イノセンスコミュニケーションズ」の受付にいた。


ワンフロアに150人ほどが働く、割と大きなオフィスビルの8階だ。


右には3つ先輩の橘 友里たちばな ゆりさん。ゆりさんは30歳。

落ち着いた雰囲気と的確な気配りで社内の頼れる存在だ。

清楚な雰囲気でセンスも良くて、憧れている。


左には同期の広瀬ひろせ まいがいる。

まいは私より少し明るく元気で、いつもニコニコしている。


受付は基本1人か2人で交代で常駐しており、3人揃うのは珍しい。

さすが多忙な新年度だ。

今日は忙しくなるだろう。






「あやちゃん、新年度だね~。

今年は何か目標とかある?」


ゆりが穏やかな声で問いかける。


「うーん、今年は6年目だから…

もう“新人扱い”される立場じゃないし、ちゃんと“頼られる人”になりたいです」


「受付の時も立ってるだけじゃなくて、後ろの動きも、気づける人でいたい。言われる前に動けるとか、空気が読めるとか……」



あやが少し緊張しながら答える。



「そうそう、それが大事よ。

受付の印象って会社の顔だからね。」


ゆりがにっこり。

 



「私はとにかく笑顔を絶やさないのを頑張るつもり!

あっ、あと、今年こそ彼氏が欲しいでーす!」


1年半前から彼氏の居ないまいが明るく手を挙げながら言う。




「もう、まいちゃんたら」


呆れたようにゆりが笑う。


「そうだよ、まい。仕事なんだから」


「ええー、そんなこと言ってあやだって、前言ってたじゃない。今年こそ処女卒……」


「わーっ、わーっ、何言いだすの、まい!」


「え?なになに?」



「ちょっとまい!

それ、皆には言ってないんだからねっ……」


声をひそめてまいに釘を刺す。



まいはニヤニヤしながら、口元を手で押さえて、


「ごめんごめん、でもさ~、そういうのも“目標”に入るんじゃない?あや、ちゃんと前に言ってたもん~」


あやは慌てて手を伸ばしてまいの腕を小突く。



「わーっ、まいっ、本当にもう!

ここ会社だよ!?声が大きいってば……!」



ゆりは眉をひそめつつも興味津々で身を乗り出し、


「なになに?処女卒……って、もしかしてあやちゃん……?」



「ちがっ……ちがうってば!

ゆりさんにはな、内緒ですっ!」


あやは顔を真っ赤にしながら、声をひそめて言った。



「ねぇ、まいっ……お願いだから、あんまり言わないで……ほんとに……」


少し潤んだ瞳で、まいを見上げるあや。

 

まいは肩をすくめて小声で笑いながら、


「はーい、了解ですぅ。

でもさ、そういう話、聞いてるだけで恋愛モードになるから好きなんだもん~」



ゆりはクスッと笑って、



「まいちゃん、煽るのはほどほどにね?

あやちゃん、顔真っ赤じゃないの。かわいい~」



あやは両手でほっぺを覆って、ぷるぷると首を横に振るしかなかった。

心臓はドクドクして、さっきまでとはまるで違う意味で体が熱くなっていた。





新年度の朝の会話が、こんなドキドキするものになるとは。



新年度が始まるこの日、8Fのロビーはいつもより少しだけ張りつめた空気に包まれている。





あやの勤め先は、社員数約150名の中堅広告代理店。

クライアントの多様なニーズに応えるため、

クリエイティブ部門、営業部、デジタルマーケティング部、企画制作部などがフロアごとに分かれている。

受付兼広報アシスタントのあやは、訪問者の対応はもちろん、社内の会議室予約管理や郵便物の仕分け、社内電話の取り次ぎまで幅広くこなし、社内報の編集などもしている。

忙しいが、社内外の人と接する仕事はあやにとって大切な居場所だ。



新年度のスタートを祝うために、今日は午前9時から全社員参加のキックオフミーティングがあって、その準備で社員たちが慌ただしく動いている。

緊張した面持ちの新入社員も初々しい。

受付前には、色とりどりの歓迎花や、今年のスローガンが掲げられた大きなパネルが飾られている。



あやはスーツ姿の営業マンやクリエイターたちが出入りする中、新規の来訪予定表をチェックしていた。

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