第8話 現実はいつも条件ひとつ

 放課後、教室の隅でガタガタと音がした。

 掃除用具入れの前に集まった俺たちの耳に、くぐもった声が届く。


「宮下くん、落ち着いてください。僕は大丈夫です」


 中にいたのは佐久間だった。


「なんで中にいるんだよ」

「点検です。今日の掃除当番に頼まれまして……。いえ、頼まれてはいませんが、点検は必要だと判断しました」

「必要ない判断すんな」


 取っ手を引いても扉はびくともしない。

 中から佐久間の落ち着いた声が続く。


「では。閉じ込められた理由を推理しましょう。第一に、空気圧。教室側と用具入れ内部の気圧差が扉を吸着している可能性。第二に、湿度。濡れ雑巾の蒸散で木材が膨張、クリアランスが消失した可能性。第三に、古い蝶番の自己拘束。金属疲労による微小歪みで、開放角が臨界を下回った状態――」


「専門用語を増やすな。とりあえず開けてやるから待ってろ」


 俺は体重をかけて引くが、やはり固い。

 そのとき、扉の下の隙間から細い影が見えた。


「恐らくですが、内部の物品が機械的ストッパーとなり、扉の開放運動を阻害している」

「最初からそれを言え」


 俺は床に手をついて覗き込み、ゆっくり扉を押し気味に戻す。

 隙間から見えた柄の先を指でつつくと、コトンと何かが落ちた。


「……モップの柄、引っかかってただけだな」

「やはり機械的ストッパー説でしたか。第一第二仮説は捨象して差し支えなかったようです」


 そっと取っ手を引くと、扉は拍子抜けするほど軽く開いた。

 佐久間は埃を払いながら、紅茶のペットボトルを掲げる。


「点検、完了です」

「最初から入る必要あった?」

「点検に必要なのは必要性ではなく、誠意です」

「意味わからん」


 そこへ掃除当番の女子が顔を出した。


「あ、モップ倒れてる。直しておくね」

「お願いします。扉は現実、モップは条件。現実はいつも、条件ひとつで開閉します」


 佐久間は満足げに紅茶をひとくち。

 俺はため息をつきながら扉を閉めた。今度は何も引っかからず、静かに収まった。


 世界はだいたい単純で、佐久間だけが複雑だ。

 でも、なんだかそれで教室が少し面白くなっているのも事実だった。




☕️あとがき☕️

 掃除用具入れに入る男子。あるあるですかね。

 出られなくなったというのは見たことないですが。

 水曜 17:15 更新 どうぞ紅茶のご準備を☕️( . .)"

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