「私メリーさん。今ゴミ捨て場にいるの」
全ての発端は、かつて一人の少女が持っていた、一体の西洋人形から始まった。
季節は冬。
闇夜の中、粉雪舞う窓の外の世界を眺めながら、その少女は溜息を吐く。
この街に引っ越して来て。
新しい街。
新しい家。
新しい学校。同級生。
トモダチ。
新しい生活にも幾分か慣れた。
だが、少女の心には、ぽっかりとした穴が開いていた。
引っ越しと共に、少女は大切なものを失ったのだ。
ーーーーーーーーーーーーー
今夜、両親は少女を家に残して食事に出掛けている。
大人は常に何かに忙しい。時には子供を置いての休息も必要だろう。
多少なりとも歳を経て、子供心ながらにも、その程度の分別はあった。
今、少女は真っ白で暖かな家に一人、留守番をしている。
再び少女は二階の自室から窓から雪の舞う外を眺めて溜息を吐く。
深い溜息を吐いた後、少女は部屋の中を振り返る。
少女部屋には、新品の人形やぬいぐるみが、たくさんあった。
全て、新居に移る際に両親が年頃の少女に買い与えた物である。
赤い服を着た黄色のヌイグルミ。気取ったポーズをとる黒いネズミの人形。 カメラ目線の白い猫、おちょぼ口の白兎…。
様々な色取り取りの人形やぬいぐるみが所狭しと乱雑に散らかっている。
可愛いものは大好きだ。
でも心は満たされない。
それは何故か? その理由。
それは、少女が引越しの際に、一番大事な人形を手離していた事に起因する。
一体の西洋人形。
碧い目と、流れるような金髪を持った、美しい人形。
少女が今よりもっと幼い頃からずっと一緒だった、大切な人形。
常に少女と同じ時を過ごしてきた人形。
少女はその大切な人形に名前を付けた。
メリーさん。
それが少女が名付けた人形の名前。
けれど引越しの時、少女はその人形を手離した。
両親は少女に言った。
「そんなボロボロな人形は棄ててしまいなさい」
「みっともないから」
「もっと綺麗で可愛い人形を、たくさん買ってあげるから」
「はーい、ママ」
少女は喜んで頷き、ボロボロに傷み色褪せていたメリーさんを棄てた。
棄てられ、不要な粗大ゴミへと扱いを変えたメリーさんは、真新しい西洋人形を腕に抱える少女の目の前で、ゴミ取集車のプレス機に挟まれ潰されバラバラにされて、棄てられた。
錆の目立つプレス機の鈍色の金属隙間から場違いに覗く燻んだ金色の髪の毛がちらりと覗く。
潰され飛び出た眼球のみが、新品の西洋人形を抱える少女を妬む様に睨んでいる、
そんな気がした。
その光景を目にした時、少女はその幼い心で悟った。
取り返しのつかない事をしてしまった、と。
それから幾日か過ぎて。
新しい土地の新しい家に越して来て、新しい沢山の人形に囲まれていても、少女の心は一向に晴れない。
ーーーーーーーーーーー
今。家の中には少女が一人。
物音一つしない。
その静寂の中で。
窓の外。散らつく雪を眺めながら。
少女は願う。
どうかお願いします。
もしもう一度、メリーさんを取り戻せたのなら。
もう二度と棄てない。手放さない。
大切にします。
約束します。
そう神様に祈った時。
その時。
ジリリリリリリリリリリリ
電話が鳴った。
一階の玄関近くに据え置かれた黒電話。
その電話から発せられる着信のベルが喧しく家の中に鳴り響く。
ベル音でふと我に返った少女は、留守番に役割を全うする為に、一階の電話に向かって階段を駆け降りる。
ジリリリリリリリリリリリ
少女が一階に降り立った時、まだ電話のベル音は鳴り響いている。
少女は電話に飛び付き、受話器を耳にあてると、
「もしもし、どなたですか?」
と電話の主に問い掛ける。
『 も し も し 。 私 、 メ リ ー さ ん 』
それは幼い女の子の声だった。
『 今 、 ゴ ミ 捨 て 場 に い る の 。 と っ て も 寒 い の 』
ガチャン
短い台詞だけ残して突然電話は切られた。
(今の電話…なに?)
呆気にとられる少女は、心の中で呟く。
しかし。
ツーツー
電話の送信口から発せられるのは、無機質の電子音のみである。
少女は考える。
(電話の人、メリーさんって言ってた。)
(それに、ゴミ捨て場…。)
メリーさん。
女の子の声。
ゴミ捨て場。
それって、まさか…。
少女の脳裏に思い出が甦る。
…いやいや。
きっと、いたずら電話だ。
そう自分を納得させる。
一瞬抱いた淡い期待を胸の奥に仕舞い込み、少女は二階への階段を登り始めた、
その時、
ジリリリリリリリリリ
再びベル音が鳴り響く。
階段を登る足を止めた。
そして再び少女は階段を駆け下り、受話器を手に取る。
違うに決まっている。
偶然だ。
けれど。
それでも期待を抱きながら。
「…もしもし?」
少女は電話に返事する。
『 私 、 メ リ ー さ ん 。 今 、 ⚪︎ ⚪︎ 駅 に い る の 』
『 腕 が ね 、 な い の 。 な く な っ ち ゃ っ た の 。 な い の 。 痛 い の 』
ガチャン
それだけ述べて電話は切れた。
⚪︎⚪︎駅と言えば、少女が住む街の最寄り駅である。
そこで少女は直感する。
(間違いない!)
(電話の主は、メリーさんだ!)
(メリーが、私の所に戻ってくる!)
(嬉しい!)
少女は無邪気に喜んだ。
ジリリリリリリリリリリ
また電話が鳴った。
少女は電話に飛びつくと、
「あなた、メリーさんでしょ! 今どこにいるの! 」
期待に胸を膨らまし、少女は受話器に向かって叫ぶ。
『メリーさん? だぁれ、それ?」
聞き覚えのある女性の声…。
ママの声だった。
『ちゃんと大人しく留守番してるかしら? お腹が空いたら、冷蔵庫に中の物、温めて食べてね。ママ達は、もうちょっと遅くなるからね。良い子にしてるのよ』
ガチャン
そう言って、ママは電話を切った。
(…なぁんだ、がっかり。)
期待を裏切られた少女は肩を落とす。
ジリリリリリリリリリリ
またベルが鳴り響く。
少女は受話器を手に取ると、
「ママ。わかってるよ、良い子に…」
『 私 、 メ リ ー さ ん 。 今 、 △ △ 公 園 に い る の 』
「…!」
(メリーさんだ! 今度こそ、メリーさんだ!)
歓喜する少女。
「メリーさん! 私だよ! 早く私のところに戻ってきて!」
『 ア タ マ が 痛 い の 、 割 れ ち ゃ っ た の 、 痛 い の 』
そう言って、電話が切れる。
(メリーさんが、私の所に帰って来るんだ!)
喜びを隠せない少女は、そわそわと落ち着かず、家の中をウロウロしながら、再び電話のベル音を待つ。
ジリリリリリリリリリリ
(来た!)
少女は電話に飛び付き、受話器を取り上げ耳にあてる。
『 私 、 メ リ ー さ ん 。 今 、 あ な た の 家 の 近 く に い る の 』
(メリーさんはもう私の家の近くに来てるんだ!)
『 目 が な い の 、 と れ ち ゃ っ た の 。 ど う し よ う …』
ガチャン
そう言って、電話は切れる。
(メリーさんが戻ってくるんだから、仲直りしなきゃ…。)
(どうやって仲直りしようかな…。)
「あ、そうだ!」
(私の部屋の新しいお人形さん達と一緒にお迎えしよう!)
(さっそく準備しなきゃ!)
少女は二階に駆け上がると、部屋の中の人形を片付け、棚に並べる。
たくさんの真新しい人形やぬいぐるみがびっしりと並ぶその光景は、まるで玩具屋の売り場のようだった。
少女は、並ぶ人形やぬいぐるみの真ん中に、メリーさんが座れるスペースを作った。
(メリーさんが帰ってきたら、ここに並べるんだ!)
(みんなで仲良く、遊ぶんだ!)
ジリリリリリリリリリリ
階下から電話の音が鳴り響く。
少女はハッとして顔を挙げる。
(来た! メリーさんからの電話が来た!)
心躍らせながら少女は階段を駆け降り、受話器に飛び付いた。
「もしもしメリーさん!」
『 も し も し 、 私 、 メ リ ー さ ん 』
『今、あなたの家の前にいるの。開けて。ねェ、アけてよ。あけテェ』
メリーさんと名乗る女の子の声。
ガシャン
通話が切れる。と同時に、
ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
(来た!)
少女は玄関ドアに一目散に向かう。
そして、
「おかえりー!」
と鍵を開けてドアを開ける。
そこには…。
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