メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花

第1話 メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

「……僕と結婚してほしい」


 不意にほどけた唇から紡がれる甘やかな音に、エセルは石像のように固まった。

 右手に磨き布、左手に研磨剤を持ったまま。初めての告白はもっとロマンチックな状況が良かった――いや――それよりも。


「せ、石像が……動いた」

 

 目の前にいるのはたった今の今まで、石像だった。

 会話はそういう魔法がかかっているから、魔法を使えるのも何かの魔法のおかげ。……でも、人間に戻るのはあり得ない。

 エセルが固まっているうちに、再びのローブがふわりとなびき、その下の足がゆっくりと動く。踵が地面を蹴り関節が動いているのが分かる。

 ……まるで、人間みたいに。

 彼は背後に回り、両手まで動いて、ピンの外れた彼女の黒髪を器用にまとめ上げていく。

 滑らかな指が地肌に触れれば確かに生身であることを実感する。痛みが全くなく優しい触れ方は心地良くて、いつか遠い昔に母親にそうされた時のことを思い出す。

 それでもエセルは常識を手放そうとしなかった。

 黒い瞳で背後を見る。


「……あのね、あなたは人間の形はしてるけど、石像でしょう。大理石。石。

 石像と結婚なんて聞いたことないし、ええっと最近は結婚式挙げる人もいるらしいけど、籍とか、遺産相続とか、それに私はまだ学生したいし――」


 それになにより。


「――粗大ゴミの回収は明日です!」


 血色を帯びた彼の頬に貼られた手製のシールには、エセルの筆跡で「魔法資源局回収番号:1171153」の文字がでかでかと書かれていた。

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