日だまりルームシェア

石田空

第1話

 会社が唐突に兵庫県に移転してしまった。

 なにを言っているのかわからないけれど、私にもよくわからなかった。

 仕方なく、今まで住んでいたところから、ネットでアパートを見ながら住む場所を探すことにした。さすがにウィークリーマンションは高く付き過ぎる。

 神戸は山側はなかなか交通の便は大変だけれど、海側はたくさんのショッピングモールやデパート、繁華街で賑わっていて、なによりも有名なお菓子屋さんが多いのが惹かれた。神戸の中華街、南京町が歩いたらすぐ辿り着くのも嬉しい。

 神戸に着いた私は、カートを引きながら目的のアパートに向かい、大家さんに挨拶をして、違和感に気付いた。


「あれ? もうそこに住む人来てたけど?」

「はい?」


 私は慌てて不動産屋さんに言われた部屋に向かう。大家さんが一緒についてきてくれた。


「すみません、飯山さん。ちょっといい?」

「はい?」


 扉から出てきた人を見て、私は思わず仰け反った。大柄なお兄さんが出てきたのだ。

 そしてお兄さんの向こう側。DIYでやけに原色系な板が並んでいる、どうも路地裏みたいな部屋のコーディネイトが施されてしまっていた。


「飯山さん、部屋汚したら弁償やけど」

「借りもんの部屋やから、なんも汚してないけど」


 神戸弁だ。神戸弁だ。私の内心はさておいて、神戸混じりの言葉で大家さんと話しはじめた。

 最近はやれ英語だ、やれネットだのせいか、あんまり大きな方言は耳にしなくなったと思っていたけれど、神戸に直接訪ねたらそのまんま神戸の言葉が聞けるんだなあと、私は素直に感心した。

 大家さんは「不動産屋さんに電話してみぃ」と話してくれた。

 私とお兄さん、ふたり揃って不動産屋に電話をしてみたら、あっさりと割れてしまった。


「はあ!? ネットで予約がほぼふたり同時だったから、そのまんま処理されてた!?」

『大変申し訳ございません。普通だったらありえないことなんですが……』


 いわく、ネットの予約システムを更新したところで、不具合でスルッとふたりとも予約完了してしまい、ふたり揃ってアパートに引っ越してくるまで発覚しなかったと。

 私の前の家は既に鍵を返却してしまっているし、あと一週間で私も新しい会社で働かないといけない。


「困ります……私の条件で別の部屋は……」

『大変申し訳ございません、現在立川様のご希望条件に合う部屋がございません……』


 どうするの。全然土地勘のない場所にほっぽり出されるの私。泣きそうになっていたら、ふいにお兄さんがひょいと私のしゃべっていたスマホを取り上げた。


「もしもし、飯山ですけど。別に自分が彼女引き取ってもかまやしませんけど」

「はい?」

「彼女の条件の部屋、見つかるまでは、です。自分も仕事ありますんで、いきなり出てけと言われても無理やけど、それは彼女もでしょ。はよ次の部屋探したってください」

『はっ、はい……!』


 そのまま電話が切れてしまった。私は茫然とお兄さんを見上げた。飯山さんと名乗ったお兄さんは私よりも身長は最低40cmは高くて、どうしても見上げてしまう。

 私たちの話を聞いていた大家さんは心配そうに私たちを見た。


「大丈夫? あなたたち初対面でしょう?」

「はははは、さすがに見知らぬ子ぉ襲ったりはしません。しかも不動産屋の被害者やし。せやろう?」


 話を傾けられ、私はわからないまま、首を縦に振った。

 大家さんは心配そうに「そう? 本当にどうしても駄目そうだったら、立川さんうちにいらっしゃいね」とだけ言って、大家さんは帰っていった。

 私は困った顔で、飯山さんを見ると、飯山さんは肩を竦めた。


「まあ、こんなとこで難やし。とりあえず部屋の振り分けと今後のこと決めようや」

「は、はい……」


 こうして私は一旦部屋に入ることになった。


****


 部屋はDIYであちこちに原色カラーで塗りたくられた板があると思ったら、それはハンガー掛けになったり、部屋の敷居になったり、便利そうに使っていた。


「元カノが細かい性格やったし、あの頃は住んでた部屋が狭かったから、プライバシーに個室は必要言われて、DIYするようなってん。これで部屋の敷居できん?」


 板を調整して、私用にスペースをつくってくれた。

 台所はさすがに私たちで共通スペースにするとして、週末に買おうと思っていた冷蔵庫や家電一式は既に飯山さんが持ち込んでいた。

 最近は料理しないひとり暮らしも多いと言うけれど、これだけ揃っているのは面白い。

 なによりも私は家電を「ほお……」と眺めていて目に付いたのは。丸い型がたくさん付いた鉄板が付いた家電が普通に並んでいたことだ。これは……。


「なに? たこ焼きメーカー見てるん?」


 そう当たり前のように言われて、私は声を上げた。


「関西の人って、本当にたこ焼きメーカーは家に一台あるんですか!?」

「うーん? 関西人が一家に一台あるかどうかは知らんけど、少なくとも関西人やなかったら、たこ焼きメーカー買うほどたこ焼き焼かんのちゃう? たこ焼き粉なんて、他のとこやと売ってるのあんまり見たことないし」

「たこ焼き粉!?」

「たこ焼き用につくってある粉やけど……やっぱりないよなあ。俺も他のとこで働いてたとき、自分の言葉だけちゃうんやなあ、ローカル魂はって感心したもん」

「うわあ!」


 私が勝手に興奮しているのを、飯山さんは呆れた顔で見ていた。

 ひとまず私用の部屋の区分を済ませてから、ふたりで台所のことについて話すことにした。


「一応俺、早朝から働いてて、終わるのは夕方やから、あんま家にはおらんとは思うけど」

「早朝から……どこでですか?」

「ホテルやけど」

「ホテ……」


 この人、なにやってる人なんだろうと思ってたらホテルマンだったのか……にしては、ホテルマンっぽい雰囲気もなく、私はあれ、と思ってたら「ホテルマンちゃうよ、コンシェルジュちゃうよ」と笑われた。


「ホテルん中入ってる店で働いてんねんやな。早朝の仕込みから夕方の準備までは俺の仕事。たまに昼から夜まで働いてることもあるけど、夜勤は月に二日くらいやね」

「はあ……つまりは料理人さん……」

「せやねえ。で、自分は?」

「えっと……」

「ああ。こっちの方言わからんか。自分っていうのは俺のことやなくって、そちらのことやな」


 そう言って私のほうに手を振った。

 あー。関西弁で自分っていうのは「あなた」「君」の意味も含まれるんだな。

 そう納得してから、私は答えた。


「私はここに本社が移転しまして。そこで営業として働きます」

「なるほどぉ。そかそか。ならとりあえず買い物行こか」

「……はい?」

「次の物件見つかるまではルームシェアせなあかんし、俺もひとり分ちまちまつくるよりは何人か分まとめてつくったほうが楽やねん。せやからなに食べたいか見せて」

「あ、はい」


 こうして私は飯山さんと一緒にスーパーに行くことになった。

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