第3話 幕間劇で明かされる真実
「轟くん、手伝ってくれてありがとう。書類が重くて二人じゃ足りなかったから助かったわ」
確かこういった神代先輩の手伝いをするまで、神代先輩が貰ったチョコを、僕が神代先輩から貰うという義理チョコなのか、あるいはギリギリチョコと言うべきなのかそんな妙な状況だった。その後、神代先輩に「文化祭のアンケートを今日中にまとめないといけないから手伝って」と拒否権無しに協力する事になった。昨日見た夢と同じ状況だ。神代先輩と一緒に手分けして、段ボールに入った書類抱えている。
「笹内さんは今日、写真部の仕事があるから、後で生徒会に参加するの。その時に轟くんの分まで沢山仕事をさせましょう」
と、ここまでは夢の中の話の通りだ。ここで「再演」が出来る。簡単に言うと、バクが見せた夢の通りにならないように、夢と別の行動をとること。そうすれば未来が変わる。
「笹内もちゃんと部長も兼任しているのに流石にそれは」
「冗談よ」
今回は笹内の発言に引っ掛かる部分があったことから、夢の通りに行動してみることにした。引っ掛かる事は「ケッコンしよう」と幼稚園の頃のあの子と約束した話を知っている事、それと写真部の仕事の一環の可能性はあれど、神代先輩と僕たち二人の事を隠れて撮影した事だ。確かに笹内は無断で写真を撮るが、神代先輩に対して、隠れて写真を取ったりしない。後者のみなら、僕が許可したから大義名分を得られたから撮影したと考えられるが、前者の話と総合して、やはり僕の中で気掛かりが勝利した。
「轟くん、この二の一の生徒さんからまだアンケートを貰っていないわ。取りに行きましょう」
アンケートのリストの名前に「南川凪」と書かれていた。バクが夢に出た時は現実と齟齬が合うように、バクの部分だけ改変されるが、よりにもよって、放課後会いに行く予定の南川凪だった。
「そろそろ笹内が写真を撮りに来るはずだ」と辺りを見回していると、やはり、夢の通りに後ろに笹内が居た。カメラを持って背中を向けて隠れている。これも、現実の通りに僕の事に気付いていない……のか? やはり、夢の通りに笹内は僕と神代先輩の写真を撮った後、直ぐにどこかへ駆け足で行ってしまった。
「神代先輩、ちょっとお花摘みに行ってきてもいいですか?」
「え、ええ? どうぞ」
ここは笹内を追いかけて取っ捕まえる。何か裏があるはずだと思った。バクが神代先輩の事を妙に警戒している点、霞の名前を知っている事、バクと霞の容姿は瓜二つな点、少なくとも神代先輩の事を何か探っていること。これだけで、探りを入れて損がないと思った。もしかして、屋上に出る前の神代先輩との会話が聞かれてしまい、死神家業がバレてしまったのか?それなら、尚更マズイ。僕は先生に怒られない程度に笹内の事を速足で追いかけた。
「死神家業? 夢切りの鎌? 胡蝶の檻? これは何? 何か秘密がある? まさか、神代先輩が霞ちゃんの事を何か知っていたりして……」
「笹内!」
「ゲッ!」
先程撮った写真を覗きながら、何かブツブツ言っている途中で捕まえた。やはり、何故か知られている。神代先輩のこと。
「待て、色々聞きたい」
「許して轟〜」
「許すも何もさっき言っていた独り言の内容について教えてくれ」
「……」
「笹内?」
「ねぇ、このカメラの事って知ってる?」
何故か笹内は僕にカメラを見せつけてくる。メッキが擦れて、ボロボロだけど、大切に扱われているカメラ。でも、笹内は最新のカメラを所持しながらも、このカメラだけは肌見放さずに持っている。中学生の頃に「写真を撮った瞬間、現像されるとこがカワイイんだよ」と言ってた言葉印象深い。
「知ってるも何も、中学生の頃からずっと大切にしているカメラだろ? それが?」
「……」
笹内は目を逸らした。僕は目を逸らした笹内の事を凝視した。目が合わない。何か地雷でも踏んだのだろうか。
「死神家業、夢切りの鎌、胡蝶の檻」
目が合ったと思ったら、突然、笹内は神代先輩に関連した単語を言い始めた。しばらく膠着状態が続く。笹内はその単語を発言した後は僕を凝視してくる。双方、間合いを管理するように無自覚的に僕らは後退りしていた。そして目を離した隙に、笹内は不意に写真を撮る。
「待て、流石にイタズラがすぎるぞ笹内」
「ねぇ、今日提出しないといけないのにそこで何をしているの轟くん」
「ゲゲッ! 神代先輩まで」
気付かない内に僕の後ろに神代先輩が立っていた。
「轟くん、お花摘むって言ったわよね。やけにレディを待たせるから、私に花束でも作ってるのかと思ったわ」
「いや、その理由が」
「理由も何も轟くんが向かった方向はトイレと逆方向よ。何かあった?」
「笹内が勝手に写真を撮った……って笹内?」
神代先輩と話している隙を見て笹内が逃げ出した。
「神代先輩、とりあえず笹内を追いかけないと」
「書類を廊下に置きっぱなしなのだけれど」
「緊急事態なんだ。とりあえず、笹内を捕まえた後話す」
「ええ、分からないけど分かったわ」
笹内は逃げ出した。僕はまだしも、逃げてもいずれは神代先輩と対面する事になるのに何故? もしかして、盗撮した事を神代先輩にバレないように隠蔽する為? いや、とりあえず捕まえた方が早い。僕と神代先輩は笹内を追いかける。
「あの、書類をあんなところに置いてあると先生が」
「それなら、問題ないです。頼れる奴が居ます」
「そう。信じるわ」
笹内は階段を下に降りた。学校の構造的に考えると、階段から別校舎に行けば登る事が出来る。そこから、何処に居るか有耶無耶にする作戦だろうか。
とにかく、下は職員室や一年生の教室等を諸々考えるなら上に一旦登った方がいいはず。
「神代先輩、とりあえず降ります。けど、笹内が逃げるところって何か心辺りは?」
「えーっと、あると言えばあるのだけど」
「何処ですか?」
「下の小さな倉庫。階段から降りて、右に進む。教室と職員室の間のカウンセリングルームの隣。文化祭とか、備品を置く倉庫があるのだけど、定期的にそこで周りをキョロキョロと確認しながら笹内さんが入っていくところを目撃するわ」
「なるほど、そこに行きましょう」
「えぇ」
笹内は神代先輩の言う通り、右に進んだ。一年生のクラスだ。そこを駆け抜ける。僕らはそれを追う。笹内を探している途中、先程神代先輩に話した頼れる奴がちょうど廊下を歩いていた。
「山口―!」
「何だ? 轟」
バイト戦士山口。カラオケに来るはずだったが、バイトのシフトを優先した男。とにかく言いたい事が沢山あるが、優しくて有能だ。なんでも出来る。
「あの子ってカラオケに来なかった子?」
「そうです。バイト三昧で、人が良くてシフトが変更願いも断らない奴です」
「まさか」
「はい、そのまさか」
「山口! ごめん、ジュース奢るから二階の階段登って左に進んだ後に、右に曲がったところにある書類を生徒会室に持っていってくれないか?」
「ガッテン承知!」
「今日は三本奢れる」
山口は僕たちとすれ違うようにして、そのまま階段へ登っていった。
「まさか、あんないい子に焼きそばパン買わせたりしているの? 轟くん」
「違う違う。いつもはこうじゃない。お弁当分けたり、ジュース奢ってるし、家の手伝いも辻本と一緒に行ってるんだよ」
「事情が?」
「親が病気になってしまって、貧乏なんだよ。だから、バイト掛け持ちしながら三人兄弟を養ってる。だからジュースも三本」
「辻本君は前提として、轟くんって意外といい子なのね」
「意外と?」
結構親身に協力しているつもりだったのに。評価されてないと思うと少し悲しくなった。
「冗談よ」
さっきの悲しみを返してほしい。
「あれよ、カウンセリングルームの隣の倉庫にやっぱり入っていくわ」
笹内はカウンセリングルームの隣にある小さな倉庫に入った。何故か職員しか持っていない鍵を持っている。僕は先生に見つからないように祈りながら、笹内の方へ走った。笹内が鍵を開けて、内側から鍵を閉めようとしたギリギリのタイミングで、僕はドアに手を入れて阻止した。
「痛い痛い、笹内やめて」
「そっちから首も手も突っ込んだんでしょう。帰りなさい!」
少し遅れて神代先輩が来た。というより、神代先輩は僕が走ってからのんびりと歩いてここまで来た。僕の事を信用していた上での行動という事にしよう。舐められていると考えたくないから。
「笹内さん、どうして私たちから逃げるの?」
「神代先輩だって私に隠し事してるじゃないですか。夢切りの鎌、胡蝶の檻、死神家業、南川凪」
「なんで知っているの?」
「その事について教えてくれるなら、入れます。いくら慕っている神代先輩と言えど、ここは通しません」
「……それを知ってどうするの、笹内さん」
笹内は沈黙した。ドアがガタガタと鳴るのも止み、抵抗しなくなった。とりあえず知りたいという好奇心でもなさそうで、様子からして訳アリのようだ。
「神代先輩も何か秘め事があるの?」
そう、小さな声で笹内は聞く。それに対して普段以上に優しい声でその問いに返答する。
「えぇ、あるわ、沢山。笹内さんがどうして知っているのか分からないけど、知られたらなら仕方がない。その固有名詞は轟くんと私だけの秘密にしておきたかったの」
「どうして?」
「単純に巻き込みたくなかったの。轟くんは色々訳があって私と一緒に行動することになったの」
「そうなんだ。神代先輩」
「笹内、これは本当だ。信じてくれ」
「……」
笹内は黙る。何度も同じような状況が続くイタチごっこ。そもそも、笹内は何故そこまでして逃げるのか。神代先輩に対しての憧れは誰から見ても本物だ。忠誠に近いものにも見える。その神代先輩に楯突くようや真似をする事に違和感しかない。その上、いつもの厚顔や重鎮と言えるようなドッシリとした安定感と、お転婆なところが先程の追いかけっこからあまり感じない。そう考えているとまた写真をパシャっと撮られた。
「……嘘はついてないみたいね。二人共」
笹内は続けてこう言う。
「入って来ても構わないわ。但し条件があるの。その死神家業について、もしくは、あの子についての手掛かりになりそうな事を全て教えてほしい。そしたら私の秘密も全部打ち明ける」
「分かったわ。でも、それを知ってどうなるかは自己責任でお願いね」
「ええ、分かってる」
笹内は部屋を開けた。中は薄暗くてよく見えなかったが電灯と何か大量に張られている。「閉めるから早く」と小声で部屋に呼ばれて、四畳半くらいの小さな倉庫に二人で入った。
電灯をつけるとそこには大量の写真が貼ってある。この前カラオケで見せて貰った霞と誕生日会をしている写真から、僕がドリンクバーで失敗している写真。皆でカラオケの時に撮った写真と、あらゆる写真が壁に敷き詰められている。部屋は電灯と勉強机と椅子が一セットあり、寝袋が置いてあった。
「この部屋はカウンセリングルームの先生から、特別に貸して貰ってる」
「何かやっぱり訳がある感じなんだ。気に障ったら申し訳ない。あんまり親と上手くいってないのか?」
「いいえ、この前、笹内ちゃん生きているだけで偉い記念日に高級焼肉店に連れてって貰えたわ」
「じゃあこの部屋はどうやって借りた?」
「生徒会役員で使うからって無理矢理」
「シンプルに公私混同?」
「私もやってみようかしら」
「神代先輩?」
「冗談よ」
今回の「冗談よ」には明らかに明確な感情が込められていた様な気がするが、考えないことにした。
「カメラって魂を閉じ込められるみたいな話、聞いたことない?」
笹内は僕たちに問いかけた。
「確かに、カメラが出た当時は、そうやって恐れられていたらしいな」
「ええ、私も教育番組で見たわ」
「そういうの見るんですね、神代先輩って」
「何よ? 馬鹿にしてるの?」
「いや、別に」
戦っている時ですら、そこまで真剣な顔をしなかったのに。
「このカメラ、貰ったの。霞ちゃんに」
「霞に?」
「えぇ、誕生日の時に」
「霞ちゃん? どなた? 二人の友達」
神代先輩がそう発言すると、笹内はまた写真を撮った。神代先輩にまでお構いなしに撮るのは今日が初めてだ。
「嘘じゃない」
現像された写真に写った神代先輩を笹内は観察していた。
「嘘じゃないって? 笹内さん」
「神代先輩、轟くん。このカメラの名前はロストメモリー。撮った人間がその時考えていた事、その考えていた事から関連した記憶を読み取る事が出来るの」
笹内は僕らに打ち明けた。写真を撮る理由、カラオケの時に「ちっこいな」と思った事がバレてしまった理由、「ケッコンしよう」と言った幼稚園生の頃の記憶を知っていること、全て点と点が線で繋がった。
「神代先輩、轟くんにはもう伝えたけど、霞という子を探しているの」
「カメラの持ち主?」
「えぇ、そう。その子が突然居なくなった。何か知らない? 死神家業と関連して」
「……聞いたことがないわ。それに、轟くんにはこの前伝えたけれど、私自身あまり昔の記憶を覚えていないの」
「神代先輩、写真の事を打ち明けた。神代先輩が死神家業をやっている秘密も知ってしまった。死神家業の件について巻き込んでもいいから、神代先輩も轟くんみたいに霞を探してほしい」
「ちゃんと、どんな仕事か把握した上での覚悟? それなら、いいわ。でも、霞という女の子については本当に知らないわ」
「ちゃんと全部読み取るまでは時間がかかる。けど、少し手掛かりは掴んでるの」
笹内は僕の方を指差した。
「バクについて教えて。さっきも言った通り死神家業の事に巻き込まれた事を自分で責任は取るよ。サポートも出来るならする。轟くん。何か隠してるでしょう」
どうやら「バク」の事についてまで写真で調べられてしまったみたいだ。正直話したくない。面倒だからというのもあるが、霞と瓜二つな夢に出てくる人間の話。それこそ、僕が夢の中で霞に会いたい深層心理の願望が作り出した虚構のような存在の可能性もある状況だ。事態が混乱しかけない。でも、人の考えや記憶を探るカメラ、人を救う死神。こういった存在が許されるなら、今は話してもいいのかもしれない。
「バクという人物が、ある日夢の中に現れた。そいつは予知夢を見せてくれる。笹内の言っている通り、バクは霞そっくりな容姿だ。僕も単刀直入に聞いてみたが、本人は霞について知らない様子だった。神代先輩の死神家業の件も、実はバクが見せたで予知夢に出てきた、その時に初めて知った」
「バク、霞、その人が私の仕事をしている夢を見せたの? 轟くん?」
「ええ、ただ正確に言うなら予知夢の時は必ずバクが居るんです。でも、その夢にはバクが見当たらなかった。でも正夢になった」
「嘘じゃない、写真を撮って現像してみても、やっぱり。どういう事なんだろう」
霞は疑り深い様子で、僕らの話が終わる事に写真を撮ってファクトチェックを行う。僕らはその様子を不思議そうに見ながらも、笹内のここまで真剣な姿を見たことが無かったから見守っている。笹内は今まで撮った写真を一つ一つ見比べながら情報を手帳にメモしている。
「バクは霞じゃないと証言した記憶、死神家業の話、あの時霞の名前を知らなかった事、神代先輩は霞の事をしらない、実は神代先輩はバレンタインチョコを二十一個貰っている」
「最後の情報はいるのかしら」
「情報の正確さが伺えるから必要かと」
「少し恥ずかしいわ」
あんなにドヤ顔で言ってたのに?
「まあ、しょうがないです。今回に関しては」
「うーんと、八方塞がりだ。分からない。本当に二人とも嘘をついてないみたいだから、ただ」
「ただ?」
笹内は神代先輩にこう言った。
「何か、何かおかしいと思うんです」
「おかしい? 何が、笹内さん」
「神代先輩って、写真の記録を見る限り夢切りの鎌というもので、人命を救っている」
「ええ、その通り」
「えっと、その神代先輩って本当に人を助ける家業なんですか?」
「どういう事?」
笹内は何か伝えようとしているみたいだ。
「えっと、神代先輩は何も嘘をついてないんです。でも、何か変だと思うんです」
「どういう事かしら?」
「神代先輩、死神から魂を取られないようにする為には、他の人間の魂を捧げないといけないという伝承があるんです。それに、死神の鎌が写真に写ると、死神に狙われている命の危機の前兆と言われたりします」
「それは、つまり笹内が言いたい事って人を助ける事で、誰かの命を奪う事になっているのではないかという事?」
「そう、轟くんの言う通り。でも、それはあくまで伝承の話。私の杞憂だと思う」
「それは写真を読み取った記憶? それとも憶測?」
「憶測です。神代先輩」
「それなら心配要らないわ。私が憂鬱切りをした事で誰かが連動して死ぬ事は無い」
「それなら、良かった」
「笹内、俺からも聞きたいことがあるんだ」
笹内はここまで探しても霞という名前と、自分が霞から貰ったカメラしか知らない。なら、その霞という名前はカメラに書いてあったりすると考える事が普通だろう。でも、それなら何故僕が知らない? 「ケッコンしようと」と言った時に貰ったはずの百均で買った指輪。あれには確か僕と霞の名前が書いてあった気がする。でも、バクの本にすら名前が書いてない。それこそ霞という人物の名前は本当に霞なのか?
「笹内、『ケッコンしよう』と霞に言われた時の指輪を貰った記憶って調べられる」
「ええ、この写真から」
あの時、霞の話をしている時にカラオケで撮られた写真だ。笹内はその写真を観察し始めた。
「僕の名前と霞の名前が指輪に刻まれているはず」
「……変ね」
笹内は眉を細めた。
「確かに名前は書いてあるよ。朔夜って名前。でも霞って名前が書いてない……と言うか」
「何だ?」
「確かに記憶に朔夜と名前が書いてある指輪を霞が付けている。でも、轟くんの方の指輪は、名前が見えない」
「書いてないというわけではなく?」
「えぇ、見えない。何か虹色のブラウン管の反射のようなものでモザイクがかかっている」
「どうして?」
「分からない。でも、誕生日の時、私と撮った霞の顔と同一人物だよ。霞に間違いない」
「二人共、霞って子は結局どんな子なの? 行方不明の子?」
「忘れられた人」
「忘れられた人? どういうこと? 笹内さん」
「確かに存在する。行方不明じゃなくて今も生きている。このカメラの性質として"死んだ人間の記憶を読み取れない"」
「つまり、どこかで生きている?」
「その、そこが問題なの。生きているはずなの。でも、誰も霞の事を忘れてしまった。轟くんや私みたいに思い出として覚えている人間は居ても、朧げに覚えているなら上出来。忘れているのが普通。でも、交番で聞いても行方不明届けが出ていないし引っ越した後も生きているはず。でも、誰も霞の記憶を覚えていなかった。私含めて」
「神代先輩、実は僕も名前を笹内に言われるまで知らなかったんです。しかも、まだ、霞という名前自体が本当か確信出来ません」
「それなら」
神代先輩は笹内さんにこう言い放った。
「どうやって、霞という名前を知ったの?」
「……」
笹内は流し目のまま、何か目線がゆらゆらと動き黒目が安定しない。伏し目がちになって、どこか悲しそうな表情をしている。何を知ってしまったのだろう。笹内は手を震わせていたが、しばらくすると握り拳を作った。決意が固まったようだ。
「ねぇ、轟くん」
「何だ? 笹内」
「これから私が言う事で、轟くんが何か学校生活に支障をきたしてもいいって覚悟はある?」
笹内が突拍子の無い事を言い出す。学校生活への支障をきたすという事は何か、霞を知るきっかけがあったのだろう。ただ、轟くんと強調しているところから既に嫌な予感がする。家族が霞について知っている? いや、それなら家庭環境だろう。二人と主語に使わず轟くんと言っている事から、想像しうる嫌な予感は的中していた。
「辻本くん。辻本くんを撮影した時、霞という名前が写真から読み取れた」
「辻本が?」
待て待て、辻本は高校から友達になった。中学も小学校も幼稚園も一緒じゃない。そのはずだ。僕の記憶違いか? いや、それなら笹内のカメラから読み取れるはずだ。
「笹内、カメラで今僕が考えている事を読み取れないか?」
「出来るよ」
今、写真を撮られる瞬間に思い浮かべたのはあらゆる辻本との記憶。馴れ初めの「友達百人作る夢」を語った事や、直近の自販機同時押しまで全て、何もかも。
「……どうだ笹内」
「確かに、辻本くんは高校から出会ったみたいね。このカメラ、ロストメモリーはその時の考えや記憶から、芋づる式で記憶を辿ることが出来る。その結果がそう。確かに霞が消えた中学生の時には、私たちと同じ中学じゃ辻本くんは無かったわ」
「なら、そのロストメモリーって名前のカメラに霞って名前は書いてないのか?」
「残念ながら」
笹内はカメラを360度隈無く見せて貰ったが、確かに書いてない。
「ただただ、私は聞いていて混乱してるわ。その霞さんという謎の人物に辻本くんが絡んでて、辻本くんだけその子の事を名前まで明確に覚えている。そして、そのカメラは霞さんという人から貰ったロストメモリーという人の考えや記憶を読み取るカメラ。そして死神家業も笹内さんにバレてしまうほどの高精度」
神代先輩は空気を読んで、僕と笹内の話を黙って聞いてくれていた。そして、貼り付けられている写真を二つ勝手に取った。
「神代先輩、何をしているの?」
「この記憶、私も読めるわ。この写真でしょう?」
「そう、それです! 神代先輩。その写真に霞の事を考えている辻本くんが写ってる」
「轟くんは読めるの?」
「読めないです。何が書いているんですか?」
「本当に読んでいいの? 轟くん」
「神代先輩?」
「……」
「笹内? なんで黙っている」
「覚悟した?」
出来ていない。でも、読まないと恐らくここから進めない。霞の事も。そして、バクの記憶の本棚に霞の思い出が封印されている事情も。辻本が何故、高校まで僕と笹内とは違ったのに、何故か僕らより、霞を知っている理由も。
「『霞、霞はどこにいる。轟は霞と仲が良かった。それは俺も知っている。轟と友達になれば霞を見つけられるかもしれない』ここまではいい? 轟くん」
「ああ」
霞と僕の関係を知っている。おかしい。知る由もないはずだ。幼稚園の時も小学生の時も中学生の時も居なかったんだぞ。そんなはずはない。
「続けるわよ、轟くん『笹内の持っているカメラ、あれはどうにかして取り返さないといけない。あのカメラは霞の残した数少ない手掛かりだ。笹内が遊んでくれたお礼に誕生日にプレゼントしたもの。でも、あれは絶対に強奪してでも取り返したい遺産の一つだ。霞を救う手掛かりにもなるかもしれない』ここまでは? どうかしら」
「ああ、大丈夫」
不穏だ。これ以上は正直聞きたくない。辻本がこんな腹黒く、利己的な人間なんて思えない。思いたくない。でも、笹内ではなく神代先輩が朗読している。つまり、笹内のポジショントークや情報操作が入っている可能性がゼロと言っていい。
「……これは、えっと言ってもいいの?」
「ああ、早く楽にしてくれ」
「余計なお節介してごめんなさい。轟くん。この写真、最後の話『神代先輩と轟が仲良くなったのは都合が良い。神代家とのコンタクト、笹内と接触が増えればロストメモリーの奪還、全てやりやすくなる。アイツを利用すれば霞をきっと取り戻せる。必ずやり直すんだ。何度だって挑戦して、霞を必ず取り戻す。例え、誰かから全て奪ったとしても』と」
轟は僕の事を純粋な友達だと思ってなんかいなかった。本当に、思っていなかったんだ。
「……私が隠していた理由、分かったでしょ。好奇心は猫をも殺す。知らなくていいことなんて世の中沢山あるのよ」
「ああ、身に沁みて」
「轟くん、まだバレンタインチョコの次に友チョコが余っているわ」
「ちょうど一個不足してたから助かるよ」
少し、神代先輩の顔色が沈んだ。
「……ごめんなさい轟くん。今のは少しでも轟くんの心を和ませる為に言ったの。わざとじゃないわ。深く傷ついたならもっと沢山謝るわ」
神代先輩が猛省した。いつも冗談を言っていた時も、こうだったのだろうか。分からない、今の人間不信の僕には。でも、神代先輩の謝罪で、少し沈んだ心が浮かび上がったような気がした。謝罪で和む事がおかしい事だと思うが、人をあんなに小規模に振り回す行動は僕の事を考えてくれたと考えると、その不器用さがどうしようもなく、おかしく感じた。
「いや、大丈夫。大丈夫じゃないけど、神代先輩ありがとう。笹内もちゃんと警告してくれて」
「親友から裏切られるショックは計り知れないってよく言うから無理しなくていいんだよ。でも、正直辻本くんがそんな人とは今でも私信じられない」
笹内は下唇に手を当てて考え事をしている。すると、別の辻本の写真を取り上げてこう言った。
「でも、活路と言う訳ではないけど、この写真自体に不可解な事もあるんだよ」
「笹内さん、どういうところかしら?」
「さっきの写真は轟くんと友達になる前の四月半ばの発言、要するに高校に入学したばかりの発言なの」
「写真に日付が残っているのか?」
「いいえ、そこまで万能ではない。日付は書き込まれない。ただ、」
またもや、他の写真を取り上げた
「この写真とさっきの発言の写真を比べると、不可解な点がある」
「どこだ? 笹内」
「私たちが仲良くなった前提で考えていたところ。あの、神代家のコンタクトだとか読み取れた写真。それが入学式の頃に撮った写真。最初からそう決まっていたのか、はたまた、轟くん自身が誘導されたのか」
「確か、辻本がカラオケを神代先輩や笹内を誘った」
「だから、誘導している可能性が高いってこと」
……いや待て。誘導している前提に立っていても、僕と友達になった理由を知られたら、僕が意図的に神代先輩や笹内と仲違いして、接触しないように行動されたら困るんじゃないのか?
「この状況もか? 笹内」
「それは……どうだろう……」
神代家の話から、僕が神代先輩と仲良くなって死神家業の事を知る事まで誘導出来たのか? しかし、そこまで辻本が策士だと仮定するなら、ここまでも掌の上だとしてもおかしくない。笹内がロストメモリーを持っている事も知っている。どこまで想定していて、どこまでが想定外なんだ?
「おーい轟、どこに居る? 運び終わったぞ」
「神代さんも何処に居るの? 山口さんがアンケートを運んで来てくれたわ」
誰か僕を呼んでいる。辻本? いや、違う山口だ、良かった。でも、藤宮先輩と一緒に居る。三人で一緒に居ると流石に、何かがあったと二人に怪しまれる。怪しまれなかったとしても、秘め事だと思わずに話題として何をしていたか聞かれてしまうかもしれない。
「神代先輩、笹内。二人が通った後にカウンセリングルームで仕事をしていた事にして、一旦ここから出ないか?」
「確かに、ここがバレたらマズイ。焼き回しの予備はあるとは言え、コピーすると劣化して記憶や考えが読み取りづらくなるし、それがいい」
「なら、どうして家じゃなくて、笹内さんはここに写真を置いているの?」
「ロストメモリーの存在を私が所持している事が辻本くんにバレている以上、家に置いてあるのは結構危険だと思ったんだ。辻本くんとマンションが一緒だから」
なるほど、確かにそれなら学校の鍵を持っていても生徒会役員としての立場で怪しまれづらい。倉庫の利用やロストメモリーの隠し場所としても想定される可能性が低くなる。やり手だ笹内。
「いや、ここまでリスクを背負うなら」
神代先輩は胸をお腹から首まで撫でる動作をした。死神装束に変身する時のいつもの儀式だ。鎖骨辺りから夢切りの鎌を出すと、僕たちは黒いローブの姿に……いや、神代先輩は黒で、僕は赤に変身していた。
「神代先輩、黒に戻してください」
「あら、結構似合ってるわよ」
「それ、ランタンでの奇行をフォローする為の粋な返しだと思ってましたよ」
「冗談よ、ほら」
黒に戻っていた。あれ、笹内の様子が?
「あれ? 二人共、どこに消えたの?」
どうやら笹内には僕らは見えていないようだ。
「あれ、どうして轟くんには見えて、笹内さんには見えない?」
あの時、夢で見えたからという仮説が間違っていたのだろうか。笹内はロストメモリーで見たはずなんだ。記憶を。だから、死神装束の神代先輩も僕の姿も知っているはずだ。何か、前提や満たしていない条件があるのだろうか?
「神代先輩」
「何? 轟くん」
「見る事が出来なくても、どうにかして存在を知覚させる事は出来ませんか? 例えば、笹内と手を繋いでみるとか」
「轟くん、やって」
「いや、その、それはちょっと」
「思春期真っ盛りね。轟くん」
「いや、流石に母親でも恥ずかしいですから」
「それもそうね」
神代先輩は笹内の手を握った。
「あ、神代先輩?」
「笹内さんお久しぶり」
「神代先輩、十秒も経ってないよ」
「神代先輩、手を離してみて」
「え、はい」
「あれ? 神代先輩」
再度、神代先輩は手を握った。
「笹内さんお久しぶり」
「神代先輩、十秒も経ってないよ」
「神代先輩、二回目はいいから!あくまで手を繋いで以降も見えるか試す為の実験だから」
「冗談よ」
この人はもしかしたら冗談の意味を知らないのかもしれない。今度、広辞苑を生徒会室に持っていこうか少し迷った。
「笹内さん、この姿は分かるでしょう」
「ええ、やっぱり本当だったんだ」
「急ぎましょう、二人共……あ」
神代先輩の手の甲にマーガレットの刻印が浮かび上がった。タイミングが悪すぎる。とりあえず笹内を避難させるのが憂鬱切りより先……笹内?
「ね、ねぇ二人共」
「何かあった、笹内さん」
「何か、突然気分が悪くなって来た。保健室に、いや、どうしよう。頭の中で何か悲鳴が鳴りやまない。今まで苦しかった思い出とか、霞ちゃんに対する罪悪感が止め処なく浮かんでくる」
笹内の様子がおかしい。突然その場でうずくまり、咳をし始めた。何か紙を握っている。「文化祭アンケート」と書かれている。いや、待て。文章が書かれていない。あの時のホワイトボードの魔法陣?
「神代先輩、笹内の手を離して! 離れて」
「ッ」
笹内が倒れた瞬間、紙を握った手の力が抜けた拍子に、くしゃくしゃになっていのに、綺麗に紙が自動的に開いた。描かれた魔法陣から猪の姿をした憂鬱が現れて、神代先輩に向かって突進してくる。幸い、既に変身していたお陰で、僕は鞘から刀を抜いて、神代先輩に対する攻撃を刀に受け止めて、突進の衝撃を刀で中和した。
「轟くん、ランタン」
「はい」
僕は神代先輩の腰に着けてある、ランタンに封じ込めた。
「轟くん、ランタンを持って笹内さんを連れて、人気のない場所へ。使われてない旧校舎に行きましょう。無理矢理封じ込めたから、直ぐにランタンから飛び出してくるわ。時間がない。急いで」
僕はランタンを、神代先輩は笹内を抱えて部屋から出た。辻本が関わっているかもしれない。念の為、鍵を施錠してから学校の渡り廊下から空を飛び、旧校舎の建て直されずに放置された、開きっぱなしの窓から、校内に侵入した。
「神代先輩、これって笹内はどういう状況なんですか?」
「ちょっと待って」
笹内の首を夢切りの鎌で神代先輩は切り裂いた。が、いつもの紫色の雲のようなものは出てこない。
「おかしい、どういうこと?どうやってあの密室から植え付けた? どうして体内に存在しない? 既に体内から憂鬱が出ているということ? それとも、遠隔操作?」
「神代先輩、背中が光ってます」
「まさか」
神代先輩が笹内の制服をめくり、背中を見るとアンケート用紙と類似した魔法陣が浮かび上がっていた。そして、「一刻」と書かれているお札がついていて、服をめくった拍子に、全て剥がれ落ちた。
「お札を使って、時限式で憂鬱を発現させて、夢切りの鎌で介入する前に、アンケート用紙の魔法陣から外部に放出させた? そんな高等技術が出来る人間が笹内さんの近くに居るって事? 何故それをやる必要がある……?」
「神代先輩、とりあえずアンケートは切り刻みました」
「ありがとう、轟くん。ちょっと今回は苦戦を覚悟した方がいいわ。この前のランタンの世界に居た白いローブの人物の人間の仕業なら、私たち神代家の技術力か、それ相応の能力をもっている可能性が高い」
「神代家内部からの攻撃ってこと?」
「いや、それはありえないはずよ。死神家業は私の一人のワンオペで間違いない。でも、だからと言って、辻本くんがこんな能力を使えるなんて事は考えられない。辻本家なんて家系が死神家業をやっていた歴史は聞かされてない。しかも、技術的には私がやっている事と一緒よ。それを応用して使っている。ただ、今までの話から辻本くんが怪しく感じかもそれないけれど、轟くんの言った通り神代家の裏切りか、南川家の犯行と考えた方がまだあり得る話よ」
ランタンがピシッピシッと歪みをあげている。憂鬱が外部に飛び出そうとしていた。
「轟くん、さっき学校で暴れる事を想定して無理矢理ランタンに入れたけど、本来はランタンには弱らせてからじゃないと入れないの。何故なら、今みたいに直ぐにランタンから抜け出そうと憂鬱が抗ってくる。早く行きましょう。今回は緊急脱出も視野に入れて」
「了解です。神代先輩。ランタンに入りましょう」
ランタンは眩く光り、目の前が真っ白になった。
ここは……どうやら笹内が住んでいるマンションの入り口みたいだ。
「轟くん、ここって」
「お察しの通り、笹内の住んでいるマンションです。霞が昔住んでいた場所でもあります」
「今回、行動がかなり制限されているわ。この前は学校全域だったけど、マンションの敷地内みたい」
神代先輩はマンションの外に出ようとしても、透明な壁に阻まれ、ぶつかると水面のように揺れ動く。
鎌で切り裂いても、ぶつかった時と同様に揺れるだけだ。
「神代先輩、あそこ」
「ドアが二つだけ開いているわね」
不自然にもドアが二つだけ開きっぱなしになっている。
「神代先輩、これはどうします? 時間がないからいっそのこと開いてあるドアから探しませんか?」
「ええ、正直全ての部屋のインターホンを鳴らしたり、開かないかどうか確認したいけど、そんな時間は無いかもしれないわ。ほら、空」
空の白い雲が段々紫色になり、空が夕焼けというより、紫焼けと言うべきか、紫色に空がどんどん染まっていっている。
「とりあえず、行きましょう。笹内さんの部屋はどっちか知っている?」
「左の二◯四号室の方です。そこから、二部屋先の二◯六号室は誰か分かりません」
「それだけ分かれば上出来よ、行きましょう」
神代先輩は階段を無視して、ジャンプして二回に登った。僕もそれに便乗してジャンプしてついて行く。
「何だこれは?」
笹内と表札がある二◯四号室の中は長い渡り廊下のようになっている。廊下には美術館のように均等に写真が並べられている。
「神代先輩、一応隣の部屋を確認してきます」
「えぇ、お願い」
僕は走って二◯六号室を覗くと、その部屋はちゃんと廊下ではなく部屋として機能していた。
「神代先輩! こっちは部屋として空間が機能してます。廊下が途方もなく続く可能性を考慮して、こっちを探索してから行きませんか」
「そうしましょう」
直ぐに神代先輩と合流して部屋に入る。床は普通のフローリング。部屋の中のドアがリビングに続くドア以外、目に見える範囲だと全て開けっ放しだ。手洗い場や、浴室に異変や怪異は見当たらない。二人で手分けして確認したが、浴槽やトイレの中も特にこれといって変わったところはない。僕ら二人はリビングに入る事にした。キッチンと流しがある、ごく普通の典型的なリビング。そこに一人少女がこちら側に背を向けて、リビングの机で何か書いている。
「僕、見てきていいですか」
「ええ、いざという時は声をかけるわ」
僕は少女の後ろに立った。
「君、何をしているの」
少女は振り向こうとしない。もう一度声をかける。
「机で作業している君を呼んでいるんだよ。何してるか聞いてもいい?」
少女は振り向かずに僕の返事に応答した。
「友達が誕生日なの」
「名前はどんな子なの」
「二◯六号室に住んでいる笹内ちゃん。一緒にいつも遊んでくれるからバースデーカードを書いているの。カメラをプレゼントしようと思うの。中学生になったら一緒に写真部に入るから」
まさか、この子はもしかして。
「君、霞か?」
その時だった。霞かどうか聞いた瞬間、こちらへゆっくりと少女は振り向く。
「どうして、その名前を、シッテ、いる」
突然、部屋の電気が停電した。振り向いた少女の顔は直ぐに停電した為、一瞬しか見えなかったが、目線にやはり虹色のモザイクがかかっていた。その子のバースデーカードの内容が、笹内への誕生日メッセージから、魔法陣に変わっていた。
「轟くん! 一旦部屋から出て。早く」
停電して見えない状況で誰かから腕を引っ張られた。袖を確認すると、この質感、暗くても反射する黒色の袖。良かった。神代先輩だ。二◯八号室から急いで飛び出した後、ドアを閉めた。が、ドアはそのまま破壊され、紫色の瘴気が溢れ出た中から白いローブの人間が現れた。
「何故、貴方たちは霞の事を知っている」
「それはこちら側が聞きたいわ」
神代先輩は夢切りの鎌で、白いローブの人間に突っ込み、薙ぎ払った。が、確かに切った。しかし、神代先輩の真横に立っている。額に白く光る目が三つある。白いローブの人間は右手の手の平に魔法陣を描かれており、手から紫色の狼のようなものを出そうとした。僕はそれを見逃さずに抜刀、白いローブの人間の手を斬る。
「面倒だ」
手応えはあった。白いローブの人間の右手を斬ることが出来た。ただ、その手は紫色の霧になり消失して、いつの間にか消失したはずの右手は再生していた。でも、先程描かれていた魔法陣は無くなっている。攻撃が通ったのは確かのようだ。
「神代先輩、右手の魔法陣は消えました。少なくとも弱体化する事が出来ました」
「了解。ナイスよ轟くん!」
神代先輩は切り裂きに行く。いや、それならまた瞬間移動されるはずだ。あの挙動、フィジカルでやったようには見えなかった。この前のように瞬間移動する魔法陣があらかじめ設置されているはず。どこだ? でもからくりを探すよりも神代先輩の攻撃に協力した方がいい。僕は真下を少し見た後、魔法陣を探し出そうとするのをやめて、神代先輩と猛攻撃を仕掛けるプランに変更した。神代先輩の切り裂きは通らない。いつの間にか真後ろに敵が居た。そして、神代先輩に今度は左手の平に刻印された魔法陣で攻撃を行おうとするが、そこを僕がまた切りに行く。
「二度は通さないよ」
僕が切り裂いた時、今度は僕の後ろに立っていた。僕の目の前には神代先輩。まずい、背中がガラ空きなこの状況で、またケルベロスでも出されたら致命傷を負う。緊急脱出するべきだろうか。
「これで終わり」
そう言って左手の平から、八つ頭のある大蛇が現れた。何かを口から放出しようと予備動作を行い始めた。その時、僕は今までの行動から違和感を覚えた。
「神代先輩、笹内の憂鬱って魔法陣を介して、外部に放出したんですよね?」
「ええ、そうだわ」
それなら、神代先輩の強さや発言を信用してどうしても試したい事がある。刀を槍投げの要領で、白いローブの人間の真下に投げつけた。大蛇の炎をもろに受けてしまう状態になってしまった。でも、怪我しても、緊急脱出出来るなら、賭ける価値は十分あると思った。
「何やってるの!? 轟くん」
「策があります。一旦、僕の事を守ってくれませんか?」
神代先輩が大急ぎで僕のところへ来る。そして、夢切りの鎌で僕の事を大蛇の紫色の炎から守ってくれている。
「もう、耐えきれないわ。何する気なの?」
「血迷ったか? 武器を投げ出して。君は」
「魔法陣です。既に白いローブの人間は、笹内の背中と、アンケート用紙を繋げて、憂鬱を放出したんですよね。そんな憂鬱をワープさせられる程の高等技術が出来る。でも、先程の右手への僕の攻撃は通りました。無制限に瞬間移動が出来るなら先程のように避けられたはずです。何か瞬間移動には条件があって、それに魔法陣のマーキングを使うのではないかと推察して、相手の移動した場所の真下に投げました」
「そんな憶測の為に投げたの? 刀の予備はもうないわ」
「神代先輩、前」
マンションの壁から、僕が地面に投げつけた刀が、白いローブの人間に向かって飛んでくる。
「何? マーキングした魔法陣から。いや、まだだ」
大蛇の攻撃をやめて、白いローブの人間は額に手を当て瞬間移動して逃げようとする。額には魔法陣が描かれている。
「神代先輩、今まで白いローブの人間が出た場所に対して、出来るだけこの世界の中心で攻撃してください」
「今ので分かったわ。それなら、いい方法がある」
神代先輩も夢切りの鎌を大きく振りかぶって真下に投げつけた。
「今の内に、ブーメランの要領で夢切りの鎌を投げた。縦に弧を描いて私の手元に戻ってくるから、刀を取って攻撃して。私は鎌が空中浮遊している間は素手で防御する」
「分かりました」
僕はマンションから飛んできた刀を白刃取りし、柄を持った。縦軸は鎌に攻撃されるリスクがあるから、恐らく瞬間移動するにしても、横軸に移動するだろう。先程のような芸当は刀を奪われる可能性がある。ただ、気になる点がある。最初の僕の攻撃が普通に命中した事と、地面に刀を投げた位置から、マンションの方から飛んでくる角度が丁度九十度になっていた。仮説として、一つ目の魔法陣を地面に設置して、そして二つ目の魔法陣をマンションの壁や、マンションの玄関近くの透明な障壁にマーキングする。そして、二つの魔法陣が垂直に交わる部分に瞬間移動出来るとみた。そして、攻撃される時を除いて、使用してこない。もしも、瞬間移動を無制限に使えるとしたら、敵を翻弄したり憂鬱のタイムリミットまで時間稼ぎする事が出来るのに使わない。つまり、魔法陣の設置制限、再度、魔法陣を使用に対しての時間がかかる可能性が高い。また、生徒会室から、ランタンの外へ逃げ出した時は今回と違い、移動に時間がかかっていた。今回の瞬間移動と、ランタンの外に出る魔法陣は別物だと思ってもいい。そして、頭の額にある瞳が三つあり、その内左と真ん中の瞳は能力を使用した後、一定時間閉じていた。その三つの内、一つは二回目の攻撃で僕と神代先輩に使用した。その場所に瞬間移動すると、神代先輩が縦軸にブーメランとして、投げた夢切りの鎌に命中する。そして、三つ目の右の目は恐らく逃走用に用意してあるはずだ。何故なら、単純に行動出来る範囲がこの世界は狭い。逃走にはタイムラグがあったことは、ランタンの中の生徒会で外に出る為に使った事で確認済み。生徒会の時のように、悠長に僕ら二人の攻撃から逃げて、魔法陣の上に立つなんて事は流石に出来ない。そして、最初の攻撃の命中。これも瞬間移動を自由に出来たり、攻撃がトリガーの、カウンター式の瞬間移動ならわざわざ右手の平の魔法陣を捨てる意味がない。だとしたら……最初に攻撃した時に神代先輩の真横に瞬間移動した場所。僕は最初に神代先輩の攻撃を避けて、瞬間移動した場所に目掛けて、空振りする覚悟で刀を居合切りした。
「どうして分かった」
推測通り、白いローブの人間に攻撃が命中した。完全に討伐とまでは行かなかったが、左の手の平の魔法陣を斬ることに成功した。それに、魔法陣三つの内二つの位置を完全に把握する事にも成功した。
「轟くん、どうして分かったの?」
「神代先輩、地面の魔法陣と先程のマンションの壁の魔法陣から直線を伸ばして、垂直になった座標に相手は瞬間移動していた。神代先輩、三つ目の魔法陣がランタンから逃走脱出する為にあるはずです。僕がダメ押しで攻撃を仕掛けるので、三つ目の魔法陣を探しに行ってください」
神代先輩は夢切りの鎌を手元に戻し、マンションの裏側に草木を切り倒しながら三つ目の魔法陣を探しに行く。僕は怯んでいる相手に対して、刀で切りにいく。
「確かに君の言う通りだ。ただ、一つだけ誤っている」
白いローブの人間は額の白い右目に触れ、何処かに消えた。僕が白いローブの人間が瞬間移動した事を神代先輩に伝えようと叫ぼうとしたその時、あの長い廊下になっていた霞の家。二◯六号室の目の前によろけそうになりながら、立っていた。
「神代さんをマンション裏に行かせたのは、恐らく逃走経路の三つ目の魔法陣を探しに行かせたのだろう。確かに君の仮説通り、先程の垂直になった部分に瞬間移動出来る事は正しい。ただ、三つ目の魔法陣も確かにあるが、それがここだよ。生徒会室のようなこの世界から脱出する為の魔法陣はあるが、最初から逃走経路用の魔法陣は用意していない。霞の事まで知っているなら来てもらう」
そう言うと、二◯六号室のなかにヨロヨロと歩きながら白いローブの人物は入っていった。僕に話しかけている最中に、額の三つの瞳が消失した。
「神代先輩! 笹内の部屋に逃亡しました」と僕は大きな声で呼び戻した。神代先輩はそれを聞きつけて大急ぎで、二◯六号室に戻ってくる。僕も大急ぎで向かった。
「確かにここに?」
「ええ、入って行きました」
「行きましょうか」
僕らは笹内の部屋と思われる、途方に暮れる長さの廊下に入った。その時、ドアが勝手に閉まった。
「神代先輩、開きません」
刀で斬っても、鎌で斬ってもドアが壊れない。
「あの、白いローブの方が入ったって事は脱出する方法はあるはずよ。最悪、緊急脱出出来るから」
そう言って、廊下を歩いて行く。床はフローリングで写真が飾ってあったり、映像が壁に流れる。笹内の思い出や、霞とケーキを食べて楽しそうにしているところまで。笹内の幼い時の記憶が映し出されている。
「あの白いローブの方が霞を知っているなら、やっぱり霞という名前は正しいみたい」
「確かにその可能性が高いですね。なら、やっぱり辻本なのか……」
「もし、そうだとしたら考えたくないわ。あの魔法陣の技術を辻本くんの教えられる人物が居ること。霞を知っていることや、ランタンの世界に入れるのを見ていると辻本くんの協力者が居ることになるからね」
「南川家が憂鬱を自在に使い魔に出来る魔法陣を習得したとか」
「正直、私の知っている記憶の中には存在しないけれど、能力の練度を考慮すると一番可能性が高いわ」
そう言いながら、神代先輩は写真や映像を観察してメモしていた。
「急がなくていいんですか」
「もしも、白いローブの人間が辻本くんで、笹内さんに時間差で憂鬱を放出出来るなら、あの部屋を知っていると考えた方が自然よ。帰ったら、あの部屋の写真が全部焼かれているかも」
そう言ってから、神代先輩はメモを取り続ける。僕も壁の映像を見ながら、脳裏に焼き付ける努力をする。そうして、廊下から出口が見えた。最後に壁に映し出されたのは、笹内が家族に霞の存在を問いただしているシーンだった。
「やっと来た?」
白いローブの人物がコンサートホールを模した大広間で待っていた。笹内がコンサートホールの舞台の中央の壁に紫色の鎖に縛られて磔になっている。
「笹内!」
「笹内さん!」
僕たちはコンサートホールの舞台の真ん中で磔になっている笹内のところへ行く。白いローブの人物はそのまま待っていた。僕らは舞台袖の右から出てきた。舞台袖の左には白いローブの人物が立っている。そして舞台の中央の笹内は魔法陣から出た刀で斬ろうとしても、全然壊れない紫色の鎖で壁に縛られている。
「ねえ、神代さん。本当に死神としてまた生きないで、憂鬱切りとして生きるの?」
「ええ、心にそう誓った」
「……あの入院していたおじいさんを殺める事だけでいいんだよ。そうやって生命の均衡を保つ。あのおじいさんはいずれ死んでしまうのは知っているはずだ」
「それでも、あの時私が殺していたら、おじいさんは家族と会って幸福を感じることなんて出来なかった。そして、私の名前は
「笹内を完全に解放すると言っても」
「ええ、貴方を倒して笹内さんを助けて、ここから脱出する」
「それが神代さんの選択なんだ」
左右の舞台袖に紫色の鉄格子が魔法陣から出てきて、神代先輩と僕は分断された。そして、舞台から逃げ出せないように、幕の外にも紫色の鉄格子が出来た。
「決闘をしよう。ただし、負けたらその男と笹内を永遠に憂鬱の中に閉じ込めて、一生死ぬまで眠ってもらう」
「なんですって?」
「その覚悟を本当か問うための私自身の賭けだ。勝ったら知っている事、知りたいこと全て話す。笹内も君の命も保証する。この幕間劇を見てくれる人が二人も居るんだ。二人が死んで良かったと思える程面白い舞台にする為に、本気で貴方を殺す」
「それ以外の方法はないの?」
「君があのおじいさんを殺めると誓うなら決闘を中止する。決闘に勝った時同様に、笹内もその男も助ける。それ以外の選択肢はない。この舞台で私を戦闘不能にすることだけ」
「そうなのね。聞いた轟くん」
「はい、全部頭の中に」
「死にたくない?」
「はい、勿論」
「じゃあ、必ず勝って帰ろうね。三人で」
白いローブを着た人物は舞台の床から魔法陣を描き、神代先輩がいつも使っている死神の鎌と瓜二つの武器を出した。違うところは真っ白な鎌であること。
「フェアにいこう。武器も装備も全て同じ。魔法陣は使わない」
「ええ、それが双方一番納得いく方法ね」
そう言うと、白いローブの人物が先制攻撃を仕掛ける。白い鎌で神代先輩にフェンシングのように鎌を突き刺す。それに、怯んで神代先輩は武器を手放してしまう。その隙に、白い鎌で首を切ろうとするが、神代先輩は頭を下げて、夢切りの鎌を両手で勿論、左下から右上まで峰打ちする。白いローブの人物の頭部にクリーンヒットする。が、白い鎌を床に突き刺して、反動を抑えて再び、攻撃しに向かう。それに神代先輩は鎌で弾き、鎌で切り裂こうとするが、そこに白いローブは鎌を上に立てて、夢切りの鎌を弾き返す。両者一歩も譲らない必死の攻防戦。たまに大技を片方が撃てば、それに牽制し、攻撃の後隙に差し込みにいけば双方それを拒否する。まるでワルツを踊っているようだった。互いが阿吽の呼吸で片方が右に鎌で切り裂けば、片方が左に切り裂いて火花が散る。そうやって続いている内に、最初の頭部の攻撃が効いたのか、白いローブの人間が何の拍子も無しに怯む。その隙を見逃さずに神代先輩は夢切りの鎌で切り裂いた。白いローブの人間の防御はあと一歩のところで間に合わず。フードの部分が切り裂かれた。
「藤宮さん!?」
白いローブの人間の正体は藤宮先輩だった。
「どうして、藤宮さんが? 私の仕事を妨害してくるの」
「まだ、終わってないよ。私の正体がバレたとしても」
正体がバレてしまった藤宮先輩は根を上げずに、攻撃を再び仕掛ける。今度は神代先輩が防御に徹していた。いや、違う。藤宮先輩と分かった瞬間、攻撃する動作をやめて、自分の身を守る防御行動を取り始めた。
「私は止めないよ。慈悲をかけられても。宣言した通り貴方を殺す。轟くんが居ようとも、笹内さんに知られようとも」
「なんで、そこまでして私に殺しをさせたい」
「そんな事、理由を伝えて本気で頼み込んだら南川のおじいさんを殺めてくれるの?」
「いいえ」
「だから止めない。攻撃を続ける」
神代先輩は防御し続けた。藤宮先輩は攻撃を続ける。「本気で殺す」と宣言した通り、隙を見せれば、首を斬ろうとする。そろそろ、藤宮先輩の攻撃を凌げなくなったのか、ローブのフードや、裾や肩の服が割かれていく。限界だった。それでも、藤宮先輩が隙を見せても、攻撃を先程のようにはしないで、ずっと防御を取る姿勢をする。
「なんで? どうして攻撃しない? 私は本当に殺すんだよ」
「だって、藤宮さんは大切な友達。でも死にたくないし、殺したくないし、死ねないわ。死んだら笹内さんも轟くん二人とも死んじゃうから」
「なんで? そうまでして」
「それに……」
神代先輩は藤宮先輩の目を見てこう言った。
「あの時誓った。轟くんの目の前で。私は責任をもって無責任に人を助ける。それは笹内さんと轟くんは勿論。藤宮さんも例外じゃない」
「……そう」
藤宮先輩は神代先輩に王手をかけた。紫色の鎖の前で神代先輩は攻撃を耐えきれずに、尻もちをついてしまった。そして、夢切りの鎌は神代先輩の届く場所にはない。神代先輩の首元に藤宮先輩は白い鎌を立てている。
「もう一度言う。本当に本当にそれでいいのね」
「ええ、撤回しない」
「それをやる事で、貴方が誰かの代わりに苦しんでも?」
「どういう事?」
「……分からないならいい。さようなら」
藤宮先輩は鎌を神代先輩の首元で切り裂いた。
「神代先輩!」
僕は叫んだ。自分が死ぬ事になると言っていた。それが本当だとしても、目の前の神代先輩が死ぬところの方が見たくなかったからなのか、それとも純粋に死にたくなかったのか分からない。でも、反射的に名前を叫んでしまった。
「言ったでしょ? 轟くん。必ず勝って三人で帰ろうって」
神代先輩が持っていたのは刀だった。いつの間にか落としていた、僕の刀が格子の隙間から出ていたようで、それを取り出して、白い鎌を刀で弾き飛ばした。
「藤宮さん。貴方を殺したくないの。戦闘不能になるならいいのでしょう」
そう言うと、藤宮先輩が怯んでいる隙に、吹き飛んだ白い鎌を奪い、宙に浮かせたそしてそれを刀で何度も切りつけて、微塵になるほどバラバラにした。刀を使うのが苦手と言っていた件は、出来る人が言う、出来ないと同じ意味だったようだ。
「まだ、やるのかしら」
神代先輩は藤宮先輩に言った。藤宮先輩は舞台袖の紫色の鉄格子と、笹内を磔にしている鎖を解いた。そして、笹内の鎖で縛る魔法陣も解いて、落ちてくる笹内を藤宮先輩は両腕で受け止め、抱えた。
「もう充分よ。覚悟は受け取れた」
藤宮先輩は下を見て、笹内さんの顔を見ながらどこか浮かない表情だった。
「どうして、私の命を殺めようとしてまで、死神として生きるように説得したの?」
「霞の事をやっぱり知らないの。教えられてないの?」
「笹内さんと轟くんの話でしか知らないわ」
「そう、覚悟したならよく聞いて」
「ええ、勿論」
僕はその場から動かず、舞台袖でじっと見守る事にした。
「霞、あの子は皆から忘れられてしまった。あの子も憂鬱切りを神代さんのようにしていた」
「え? 私は祖母がやっていた事しか聞かされてないわ」
「神代家が死神家業を畳もうとした話は知ってるのよね」
「ええ、祖母が継承に失敗したって」
「確かにその通り。ただ、継承に失敗したっていうのは『継承出来なかった』って意味ではないの」
「どういう事」
「貴方たち神代家は本来の仕事は死神家業。あのおじいさんのような『もう時期死ぬ人』を出来るだけ苦しまないように殺める仕事。憂鬱切りはイレギュラーなの。少なくとも貴方の高祖母の代、つまりひいひいおばあちゃんの代はその仕事ではなく、私が話した死神としての仕事がメインだった」
「でも、義母は憂鬱切りをやっても良いんだよって」
「それは貴方に殺しを強要したくなかったんでしょう。本題は憂鬱切りの件、貴方の祖母が始めたこと。貴方の祖母は聞いた話だと、貴方以上に人を殺す事を嫌っていたみたいで、ある日憂鬱切りという特殊な手法を知ってから、貴方のように人助けしかしなくなった。それが悲劇の始まり」
「どうして?」
「神代家は本来、死神として生きる家系。藤宮家が誰かの命を救う家系だった。そして今は立場が逆転したの。貴方が命を救い、藤宮家が死神に近い存在として生きる事になった」
「私が人を助ける為に、藤宮さんが殺さないといけなくなったの?」
「そこに関してだけは、そういう話ではないから安心して。私は契約した人間の余命と引き換えに、『生きたいと心の底から願った人』の寿命を延ばす仕事は先祖代々から変わっていない」
「あぁ、良かった」
「問題はここから。貴方神代家の事。死神というものは誰かを殺す時に、別の命を差し出すと聞いたことがある?」
「ええ、笹内さんから今日聞いたわ」
「なら、憂鬱切りをして誰かの命を救ったら、代わりにその救った命の代価は誰が払うの?」
「……もしかして私? 何か払った?」
「ええ、その通りよ。ところで、貴方の義理の親って本当に"義理の親"なの?」
「え?」
「対をなしている藤宮家を何故貴方が知らないの? 私の事を教えてもらってないの? 本当に教えてもらってないから?」
藤宮先輩は黙っていた。僕は理解が追いつかなかった。藤宮家が人を生かし、神代家が人を殺める。継承は厳密には失敗していない。祖母の過去。義理の親に本当か嘘かって話は存在するのか? 霞が憂鬱切りをしていたというのは本名が神代霞という事? いや、継承の件を考えたら霞は神代家とは限らない。
「本題よ。霞は神代家の死神家業を終わらせる為に継承された人、本名は
辻本霞? 霞はあの辻本の妹だったの? だから、霞の名前を唯一覚えていたのか。
「そして、辻本霞は貴方のように憂鬱切りを続けた。もう察していると思うけれど、憂鬱切りをして人の命を救うと、その代価として、憂鬱切りをした本人はその人間の伸びた寿命の分だけ、相応の記憶や思い出を忘れ、最後には自分の存在すら忘れてしまう。『忘れられた人』になる理由は、自分の存在も忘れてしまうから、自分の事ですら自分自身が認識出来ないのなら、他人が認識なんて出来ない。『我思う故に我あり』という事」
「なんで、なんでそんな事に。どうして?」
「だから、本気で私は殺してでも貴方を止めようと思った。辻本霞の二の舞にならないように」
「どういう事?」
「人を無条件に助けたら忘れられるように、その逆に人を無条件に殺めれば、忘れた記憶は元に戻るの。それを知った霞は人を殺めようとした。でも、憂鬱切りをしていた人間よ。人の命を救いたいと純粋に願った人間だから、そんな事が出来る訳が無い。でも、皆から忘れられたくない恐怖と、自分を救う為に、人を殺められなかった半端な善性が今の霞。皆から忘れられないように、自分が大切にしていた物、カメラのような遺産を残した。誰かの思い出に残ろうとした。そして、あと一歩のところまで、あの人を致命傷ギリギリまで負傷させた、忘れられる決意も出来ず、殺す事も出来なかったのが今の霞の末路よ。死ぬ事も生きる事も出来ずにただ『忘れたれた人』として今も何処かで彷徨い続けている」
神代先輩は絶句していた。本来、行方不明捜査の協力のような霞の件も、全部自分自身に関連したことだった。僕はかける言葉もなかった。そもそも、今後どう話しかければいいかも分からなくなった。
「かなり、ショッキングな内容だったでしょう。正直私も後悔しているの。本当に不殺の覚悟をしていて、笹内さんや、轟くんが殺されないように、轟くんが愛用している刀を使ってでも負けないようにした。私を友達として思ってくれていた。だからこそ、この件について言わないといけなかった」
「ああ、いえ、もう気にしなくて大丈夫。今は全て受け入れられそうだわ」
「私は貴方の覚悟を受け入れた。そして、それと同時に霞のような末路は絶対に辿らせない。皆に忘れられてしまうか、死神として生きるか見守る。それとこれで最後」
最後と言った藤宮先輩は途端に威勢がなくなった。何と言えばいいのだろうか。心の底からこれをいう事を迷っている。
「死神として人を殺めれば記憶が戻るということ、とても重要な事だから忘れないで」
藤宮先輩は無表情で淡々と喋っていると思っていたが、顔をよく見ていると涙を目に浮かべていた。神代先輩は茫然自失のまま立ち竦んでいて、ただただ、単調に藤宮先輩の話を聞いていた。
「轟くん、今は神代さんには話しかけるのが私も苦しくて仕方がない。あの、あそこの舞台裏が出口だよ。それと、これは気絶した笹内さんは私が責任もって元に戻しておく。それと」
藤宮先輩が続けてこう言った。
「神代先輩が忘れられないように延命する方法がある。思い出を作る事。そしたら、思い出が新しく作られるから夢切りの代償である記憶喪失のデメリットを軽減出来るわ。勿論、その時の楽しかった思い出が消えてしまうけれどね。最後に一番重要な事があるから絶対に忘れないでよく聞いて」
僕は静かに頷いた。
「神代さんの記憶が全て消えた時、絶対に神代先輩の事を忘れないようにする事。そしたら、神代先輩が記憶喪失になったとしても、霞のように『忘れられた人』にならないはずよ」
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