第17話

 俺が狙うのは、ラッキーパンチただ一つ。


 こう言うと情けなさが際立つが、まともに太刀打ちできる相手でない以上、俺に出来る一番の反撃手段はコレくらいしか思い浮かばない。


「ホラッ、来いよ! さっさと俺を噛み殺してみろ! そのデカい図体はこけおどしか!?」


 言葉が理解できているとは思わないが、それでも敢えて挑発を続ける。

 サブカルチャー由来の知識だと、こういった戦いというのは冷静さを無くした方が負ける。

 だからこそ、クレイジータイガーを挑発する事で煽り、興奮させる事で思慮を無くさせ、こちらとしては比較的対処し易そうな単純な突撃を繰り出してくれないかなぁという淡い期待を込めての行動である。


 それが功を奏したのか定かでないが、クレイジータイガーはこちらをギラッとした眼つきで睨み、ほとんど予備動作を確認させないままに一息で飛び掛かってきた。


「うおっ!?」


 反射的に身体が動き、横っ飛びにクレイジータイガーの体当たりを回避する。

 爪すら使わない単純な体当たり。しかし、その質量が質量だけに、直撃すれば軽トラに轢かれるよりも甚大なダメージを負いそうな攻撃である。事実、寸前まで俺が身を預けていた樹木は、クレイジータイガーの体当たりに耐え切れず、薙ぎ倒された。


「くそっ! ホントに運が悪くなってんだろうな!?」


 もしかして運を悪くしたところで、俺が想像したようなデバフ効果は望めないのか。


 そんな事を考えながら動いたのが悪かったのかも知れない。

 体当たりを回避されたクレイジータイガーは、すぐさま俺の行方を眼で追い、今度は爪による追撃を仕掛けてくる。


「やっべ!?」


 俺は一瞬の反応の遅れという致命的なミスを犯しながら、後方へ飛び退いて回避を試みる。が――


「うわっ!?」


 足元をよく確認していなかった俺は、地面から顔を出した固い樹の根に足を取られて転倒してしまう。


 だが、そのおかげでクレイジータイガーの爪は空を切り裂き、次いで奴は不機嫌さを窺わせる低い唸り声と共にその大顎での噛み付き攻撃に移行。


 俺はそれを、横に転がる事で必死に回避。


 一方のクレイジータイガーは寸前まで俺が居た空間に噛み付き、そこに半ば埋まっていた根に牙を喰い込ませた。

 普段なら何の問題もなく、次なる攻撃を仕掛ける事が出来た事だろう。


 俺が奴に掛けた不運の呪いは、ここにきてようやくその能力を発揮した。


 牙を突き立てた根が思いの外頑強であり、牙も深く食い込んでしまってなかなか抜けない。根を引き抜こうにも雑草ならいざ知らず相手は大樹でそれも容易ではなく、噛み千切ろうにも対象が半ば埋まっているせいもあって上手く力が入らない。

 結果として、クレイジータイガーは足止めを喰らう形となる。


 チャンス到来! とばかりに俺は、根っこ相手にもがくクレイジータイガーの今度は頭を狙って成牙を振り降ろした。


「グァァァァァァァァァァァァ」


 確かな手応えを成牙越しに感じ、クレイジータイガーの悲鳴が響き渡る。


 その際の馬鹿力のおかげで牙が抜けて自由の身となったクレイジータイガーの頭部、正確には俺が斬り付ける事に成功した右目が潰れて涙のように血が流れ出る。

 致命傷には程遠いが、結構な重傷である。野生に生きる者として、視力を失うのは何より恐れる事だろう。


 これで、退却してくれるとありがたいんだけど――。


 痛みを振り払うように視線を彷徨わせ、やがて俺を見つけたクレイジータイガーは怒りのまま再び俺目掛けて飛び掛かろうと突撃してくる。


 当の俺はというと、足元に転がっていたある物に目を付け、迎撃の態勢だ。やはり、今の俺は運が良い!


 果たして大口を開けて俺に飛び掛かるクレイジータイガーに対して、俺は足元に転がっていた折れた樹木を噛み付かれる直前のタイミングで持ち上げると、奴の口腔へとその樹木を押し込んでやった。――より正しく表記するなら、クレイジータイガー自身が勝手に突っ込み、折れてささくれ立っていた樹木を呑みこんだ、とでも表現すべきか。

 大きさにして太さが20㎝はありそうな樹木は、丸太と表現していいサイズ。それが何らかの原因で圧し折られたのだろう、先端が良い塩梅にささくれて尖っており、そんな凶器を勢いよく口の中へと突っ込まれれば――――どうなるか?


「グォォォォォォォン!!!!!!!!」


 流石のクレイジータイガーも、口の中までは鍛えられていなかったらしい。

 口からおびただしい量の血と、樹海に木霊する程の絶叫を吐き散らす。


 明らかにダメージが通っている。俺のレベルが低い事で、奴のHPがどの程度まで減ったのかスキルで見る事は叶わないが、片目を潰され、異物を呑み込んであれだけ血を吐いている状態なら相応のダメージは与えられたに違いない。


 明らかに《運命天秤(ラックバランサー)》の効果が効いている。


 普通なら、足を取られて攻撃回避なんであり得ない。牙が根に食い込んで身動きを封じられるなんてあり得ない。レベル50越えの強者がレベル1の弱者に目を潰されるなどあり得ない。まして、都合よく足元に転がっていた丸太をタイミングよく、奴の口に捻じ込むなどそうそう起こる事ではない。

 スキルを使ったバフ及びデバフ作戦は、効果的に作用している。


 これなら――――


「グルォォォォォォ」


 クレイジータイガーの咆哮が揚がる。

 そして。


「え?」


 俺の腹に、風穴が開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る