第九話 毒の精霊短刀


【現代 東京都新宿区 国立十文字学園高等部東京校 学生寮】


「はぁぁ……♡

 桜蘭々様……♡

 どの角度から見ても、素敵すぎる……♡」


わたしはベッドに仰向けになり、自室の天井と壁いっぱいに貼り巡らされた桜蘭々様の写真を、うっとりと眺めていた。


この、桜蘭々様のご尊顔を見て癒されているわたしの名前は小林こばやし萌華もか

国立十文字学園高等部“東京校”祓い科の一年生。


そして、わたしがこの世で最も敬愛し、尊敬してやまない存在……それが、三年生の桜蘭々様。

“学園最強の祓い士”にして、文武両道・才色兼備・完全無欠の完璧超人。

そのお姿を写真に収めた“桜蘭々様コレクション”は、まさにわたしの尊い宝物である。


──あの壁の端に飾っている一枚は、剣道場で素振りをしている道着姿の桜蘭々様。

──天井の中央には、エプロン姿でキッチンに立たれる桜蘭々様。

──その隣には、水着姿でプールを泳がれる桜蘭々様。

──あちらには、図書室で静かに本を読む桜蘭々様。

──食堂でご昼食をとられている、麗しきお姿も……!


「はぁ……はぁ……うっ……!

 あぶなっ……!尊死しかけた……!」


あまりの尊さに、危うく死ぬところだった。


そんな至福のひとときを楽しんでいた、まさにそのとき──


コンコン。


部屋のドアをノックする音。……誰?


「はい?」

「桜蘭々だ、入っても大丈夫か?」

「さ、桜蘭々様!?」


──やばい!!!!


い、今この部屋に入られるわけにはいかない!!

この“宝物”を見られたら、絶対にドン引きされるし……なにより、桜蘭々様を隠し撮りしていたことがバレてしまう……!!

そしたら最悪今後もう二度と、口を聞いてもらえなくなるかも……!


「も、申し訳ありません!少しだけお待ちください!」

「ん、わかった」


わたしは即座に、ベッド脇の“隠しボタン”を押す。

ウィィィン──という作動音とともに、天井と壁がくるりと回転し、部屋はあっという間に、白一色の何の変哲もない空間へと早変わり。


深呼吸をひとつして、ドアを開ける。


「お、お待たせしてしまい、大変申し訳ありません……!」

「全然待ってないから大丈夫だ

 それより、ちょっとお願いしたい事があるんだが……いま大丈夫か?」

「はいっ!もちろんです!」


桜蘭々様に頼まれごとをされたときの返答は、常に決まっている。

その選択肢は、たった三つ──


「はいっ!」「YES!」「喜んでっ!」


“学園最強の祓い士”として名高い桜蘭々様に話しかけていただけるだけでも、心臓が跳ね上がるほどの栄誉。

それだけで、今日という日が祝日に昇格するレベルなのに──

頼みごとまでされるなんて……もはや国家的行事級の喜びである!


「いつもすまないな」

「いえっ、そんなっ……とんでもありません!!

 桜蘭々様のご命令とあらば、他の予定など全てキャンセルし、最優先で対応いたします!」

「いや……そこまでしなくてもいいんだが……」


桜蘭々様が、ほんのり引いておられる!?

いけない、尊敬の熱が溢れすぎた……!?

もう少し自重しないと……!


「それで、お願いというのは……?」

「ああ、プロテインが切れてしまってな

 いつものやつを買ってきてほしいんだ

 この後ちょっと急用ができてしまって、買いに行く時間がなくなってしまってな……」

「この萌華にお任せください!

 全身全霊でプロテインを買い届けてみせます!!」

「ありがとう、助かるよ

 はい、これ代金」


そう言って、桜蘭々様が手渡してくださったお金。

そのとき──

その尊き御手に、ほんの一瞬、触れてしまった。


……っ!!

すべすべ……あたたかい……女神のような手……

ああ……!この指先に、永遠に触れていたい……!

日々、あれほどの厳しい鍛錬を積んでおられるのに、なぜこんなにも美しく、柔らかく、優しいの……?


──その余韻に震える手をぎゅっと握りしめながら、わたしはドラッグストアへと走り出した。


プロテインを、確実に、迅速に、桜蘭々様のもとへお届けするために──!


─────────────────────────────────────


【東京都新宿区 某所】


しばらくして、目的のドラッグストアの看板が見えてきた──

まさにそのときだった。


「♪〜〜」


スマートフォンの着信音が鳴り響く。

画面を見ると、発信者は、精霊科三年の詩音先輩。


まさか……!まさか……!?


わたしは恐る恐る電話に出る。


「はい、小林です」

「お疲れ様です、飯田です

 悪霊が発生しましたので、出動をお願いいたします」


──やっぱりぃぃぃぃ!!


「えぇぇ〜〜!?今ですか!?是隠先輩は!?」

「是隠さんは現在、別件の悪霊祓いに当たっています」


くそっ!なんてタイミングだ!

よりによって今!?

桜蘭々様のプロテインを買い届けるという、大事な任務の真っ最中なのに!


とっさにスマホで現在時刻を確認。“21:44”。

そして、ドラッグストアの看板には“23:00閉店”とある。


「場所はどこですか?」

柏樹かしわじゅ神社です…… 位置情報、今チャットで送りました

 ご確認お願いいたします」


チャットを開いて地図を確認する。

神社は……ここから走れば、10分もかからない距離!


よかった!近い!これなら……!

急いで悪霊を祓えば間に合うはず!


「それでは、現場でお待ちしております」

「はーい!」


電話を切ると同時に、私は全速力で神社へと駆け出した。


─────────────────────────────────────


【柏樹神社】


柏樹神社は、新宿駅から徒歩20分ほどの場所にある、小さな神社だ。


「萌華さん、こちらです」


鳥居の前で出迎えてくれたのは、通話の主である詩音先輩だった。

背後では、十文字学園の精霊科部隊が、柏樹神社全体を包むように“精霊壁”を張っている。


「急いで精霊壁を開けてください!」


わたしが叫ぶと、詩音先輩はほんの少しだけ眉をひそめ、冷静に問い返してきた。


「……状況報告の方は?」

「省略で!!」


時間がない。

こっちは一刻も早く悪霊を祓って、桜蘭々様のプロテインを買いに行かなきゃいけないんだから!

悠長に現況なんか聞いていられない。今は一分一秒が惜しい。


「わかりました」


詩音先輩が結界の一部を指で軽く弾くと、その部分だけが“すっ”と静かに開いた。

わたしはその隙間をすり抜け、精霊壁の内側へと踏み込んだ。


境内に足を踏み入れた瞬間、視界に飛び込んできたのは、拝殿の屋根の上に鎮座する異様な姿だった。

真っ赤に燃えた悪霊が舌をチロチロと這わせながら、じっとこちらを見下ろしている。


「トカゲ型の火属性……ね」


『上級悪霊

 俗名:菊池きくち登志池としいけ

 種別:トカゲ型

 属性:火』


悪霊は左目を閉じ、右目に霊力を集中させていた。

展開されるのは──


“火の円形型霊法陣”


「キュアアアアアッ!!」


次の瞬間——

“火の円形型霊法陣” が赤色に輝くと、そこから無数の火弾が雨のように撃ち出される。


わたしは、すぐさま腰に携行していた刀の鞘から、柄を引き抜く。

そのまま逆手に構え、強く握りしめて大声で叫んだ。


「やるよ!!毒吐乃大蛇どくとのおろち!!」


その名を叫んだ瞬間——

わたしの体内から猛毒のガスが噴き出す。

たちまち視界は霞み、境内一帯が濃厚な毒の霧に覆い尽くされた。


「ーーーーーーーーーーーーーーー !!!」


地鳴りのような咆哮が境内に轟く。

そして、毒霧の中から姿を現したのは、巨大な蛇だった。

これぞ──


“毒の大精霊・毒吐乃大蛇どくとのおろち


全身が猛毒で構成された、八つの頭と長い尾を持つ巨大な大蛇。

その皮膚はねっとりと光り、汗のように猛毒の液体が絶え間なく滴り落ちている。

一歩踏み出すたび、植物は枯れ、空気は腐り、世界そのものが毒されていく。


わたしが今、手に持っているのは──


“毒の精霊短刀”


柄は、日本刀の短い柄で、黒色の鍔、柄巻きされた黒色の握り、頭の部分は精霊玉で構成されている。


毒吐乃大蛇は大地を這い、のたうつように進みながら、わたしの柄めがけて突進してくる。

その巨大な身体が“精霊玉”へと吸い込まれる。


次の瞬間──

透明色だった精霊玉が、紫色に染まる。


すると、柄から凄まじい勢いで猛毒の液体が噴き出す。

液体の毒は次第に凝固し、結晶のように硬化していくと“毒の刀身”を形作った。


今──

この刀は“真なる形”を顕現した。


“柄”だけだった未完成の刀に、大精霊の力が宿り、“毒の刀身”がここに生まれ、“毒の精霊短刀”は真価の姿を現した。


これこそが──

大精霊に選ばし者のみが扱うことを許された伝説級の武器。その名も──


“精霊刀剣”。


「ふんっ!」


わたしは後方に跳躍し、空中で身をひねりながら──

飛来する火弾を避ける。避ける。さらに避ける!


灼熱の弾丸が頬をかすめ、髪の先がじりじりと焼け焦げる。


「……っざけんなっ!!どんだけ撃ってくんのよ!!

 こっちには玉遊びなんてしている暇はないってのに!!」


叫びながら、わたしは着地と同時に膝を滑らせて体勢を低くし、敵を睨み据える。


悪霊は、拝殿の屋根から“どすん”と重たい音を響かせて飛び降りると、その全身を赤黒く灼かせながら、のたうつように地を這ってくる。

肌は焼けただれ、肉の裂け目からは黒煙が立ち上っていた。

舌をチロチロと這わせ、不気味に嗤いながら——

まるで地獄の底から這い出してきた、這い寄る業火のように。


一歩ごとに、地面が焼け焦げ、空気が熱で歪む。

距離はじりじりと詰まり、息をするだけで喉が焼けそうな、そんな灼熱の圧が迫ってくる。


わたしは、毒の精霊短刀を構え直す。


「毒の叫び THE  FIRSTファースト!!」


悪霊の足元めがけて、渾身の力で毒の精霊短刀を投擲!

毒の刀身が地を貫いた瞬間、毒が十字に地を走ると、ぐるりと回り円を描き始める。

形成されるのは巨大な──


“毒の円形型霊法陣”


毒沼無暴陣どくぬまむぼうじん!」


霊法発動の刹那。

毒の円形型霊法陣が紫色に輝き、毒の精霊短刀が突き立てられた場所を中心に、地面が“ぐずり”と呻くような音を立てて崩れ始める。


土は腐り、石は溶け、霊法陣の展開された場所が、紫色に濁った毒液へと沈んでいく。

視界を揺らがせるその沼は、まるで地そのものが死に変わる瞬間のようだった。


それはまさしく——

命を拒絶する沼。猛毒の魔窟。


悪霊の足元はたちまち“毒沼”に飲まれ、逃げ場も、立つ場所さえも、二度と与えられない。


「キュアアアアアアーーーッ!!」


悪霊は毒沼に足を取られ、悲鳴を上げながら必死にもがいていた。

……だが、無駄だ。この毒沼は蟻地獄の性質を持つ。

暴れれば暴れるほど、自ら沼の深みに沈んでいく。


さらに、この毒沼には神経毒の効果も混ざっている。

動けば神経を焼かれ、動かなくても沈んでいく。

抜け出す術など、最初から存在しない。


「キュ……ギ、ギ……ギィ……ッ」


悪霊の悲鳴は、濁った泡のように、徐々に弱まっていった。


「パキッ……パキッ……パキンッ!」


地中に沈みきるよりも早く、毒の苦痛が限界を超え、悪霊玉が耐えきれずに砕け散る。


すると砕けた悪霊玉から、微かに光がこぼれる。

その光の中から、透き通るような人影が現れた。

30代ほどの男性。

彼は何も言わず、ただ静かに微笑むと——

そのまま、空へと昇っていった。


——祓い、完了。


「良き、来世を」


キンッ!


わたしは、毒の精霊短刀を静かに鞘に収めた。


─────────────────────────────────────

※用語解説

・無詠唱:詠唱無しで、霊法を発動させること。

 術士の場合は、詠唱→精霊召喚→霊法発動という手順。精霊の力を借りないと霊法を発動できないため、詠唱は必須。

 だが、悪霊や精霊刀剣の使い手たちは無詠唱を可能としている。

 その理由は、至ってシンプル。

 それは、他者の力を借りずとも──

 つまり、精霊の助けを借りるまでもなく、自らの力だけで霊法を発動できるからだ。

 精霊刀剣の使い手たちは、霊法発動の仕組みが術士とは異なり、柄に己の霊力を流すことで、その霊力と同等の霊法を大精霊が発動する仕組みとなっている。


※キャラクター紹介

プロフィール

名前:小林 萌華

年齢:15歳

身長:155cm

体重:秘密

職業:国立十文字学園高等部東京校祓い科一年

武器:毒の精霊短刀

召喚精霊:毒の大精霊 毒吐乃大蛇

性格:従順(桜蘭々限定)

一人称:「わたし」

好きな食べ物:桜蘭々の手作り料理ならなんでも

最近気になっていること:「桜蘭々様の急用とは一体なんだったのでしょう?」

(ちなみに悪霊祓い後、急いでドラッグストアへ向かうも閉店していた。

 「なんでよぉぉぉぉ!!」萌華の嘆きの叫びが炸裂。

 翌日、午前9時の開店時間と同時に店内へ入りプロテインを購入。

 当然学校には遅刻。プロテインを桜蘭々に渡す際に遅刻した理由を聞かれ、正直に答えたところ「やりすぎだ!」と叱られた)

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