第八話 影の精霊双短刀


【現代 東京都北区 赤羽駅東口 マクドー】


ここは、赤羽駅東口にあるファーストフード店、その名も“マクドー”。

八階建ての商業ビルの一階から三階までが店舗スペースになっている。

特に、二階と三階の席からは、赤羽駅前の賑やかな通りが一望でき、多くの人々が行き交う様子を眺めることができる。

その三階の隅にあるテーブル席こそが、拙者のいつもの定位置。

そして、今その席でテリヤキハンバーガーにかぶりついているこの瞬間こそ、まさに至福のひとときである。


「ねえねえ、聞いた? サッカー部の西田くんの話!」

「西田くん? あ〜、あのイケメンでしょ?

 うちの学校で人気No.1って言われてる……」

「そう!その西田くん!

 成績も運動もトップクラスで、性格も優しい、あの完璧人間の西田くんがね……

 まさかの失恋したらしいんだよ!」

「は!? うそでしょ!? あの西田くんが!?……まじか

 あの西田くんを振る女なんてこの世にいるんだ……」

「いるらしいんだよねえ〜、しかも、他校の子なんだって!」

「マジ? どこの学校?」

「十文字学園だってさ!」

「うわ、出た……十文字学園って、あれでしょ?

 確か、悪霊祓い専門の特別教育機関とか言われてる……」

「そうそう!

 あの学校、正直ちょっと怖いっていうか……

 変人の巣窟って話じゃん?」

「わたし聞いたことある……

 霊と関わりすぎて、頭がおかしくなっちゃうって……

 人間よりも霊が好き〜♡とか言い出しそう」

「あはは♪言いそう〜!

 てか、ぶっちゃけうさんくさいよね、あの学校

 わたし、霊なんて一回も見たことないし!」

「わたしも〜」

「で、問題の女の子なんだけどね……

 どうやら、サイドテールの、めっっっちゃ可愛い子らしいよ!」

「へぇ〜〜、そりゃあ、あの西田くんの目に留まるくらいだもんね〜」

「でも、性格はだいぶトゲトゲしてたみたい!

 西田くんが告白したら、なんて言ったと思う?」

「なに?」

「『失せろ

  わたしは今、桜蘭々様から頼まれた大事なお使いで忙しいんだ

  次、話しかけてきたらぶっ祓うぞ』……って!」

「えっ……こっっっわ!」

「西田くん、完全にビビって逃げ帰ったみたい!」

「そりゃそうだよ……もう完全にアブない人でしょ……

 やっぱあの学園、変なやつしかいないんだって!」

「ね〜……ってかさ、桜蘭々様って誰のことなんだろう?」

「さあ?たぶん……霊に名前つけて崇拝してるんじゃない?」

「あはは♪それはやばすぎ♪ 完全にアウトじゃん!」


背後のテーブル席から、女子高生たちの楽しげな会話が聞こえてくる。

どうやら、恋バナというやつらしい。


“ファーストフード店で、友達と恋バナをする”

……そうか、これが青春。


この、女子高生たちの恋バナに聞き耳をたてている拙者の名前は中村なかむら是隠ぜおん

国立十文字学園高等部“東京校”祓い科二年。


頭には黒い鉢巻を締め、十文字学園の校章が刻まれた額当てを装着している。

さらに黒いマスクもしているため、一見すると忍者のような風貌をしているが、それには深い理由がある。

……話が長くなるので、それはまた今度。


拙者は今、“青春”というものを勉強している。

なぜかと言えば、ある人にこう言われたのだ。


「高校生の仕事は学業ではなく、青春だ!」


……しかし、拙者には、青春とは何かがいまいち分からない。

だから、日々周囲を観察し、そこから青春を学ぼうと努めているのだ。

拙者はこの活動を“青春観察”と呼んでいる。


「嘘つき!所詮は私の体が目当てだったのね!」

「違うんだ晴子!話を聞いてくれ!」


別の席では、大学生くらいのカップルが口論している。


「もうあんたなんか知らない!さようなら!」


女性は怒りのあまり、男性に水の入ったコップを投げつけ、階段を駆け下りていった。


「くそっ!……まあいいか、女は他にいくらでもいるし……

 ──あっ、もしもし!和美!今から会えない?

 うん、うん、大丈夫そう?よかった!今どこにいる?」


男性はすぐさま、別の女性に電話をかけ始めた。


“ファーストフード店で、水の入ったコップを投げつけられる”

……そうか、これが青春。


「♪〜〜」


テーブル上に置いていたスマートフォンが、着信音を鳴らした。

画面を確認すると、呼出人は精霊科三年の詩音先輩だった。


「はい、中村です」

「お疲れ様です、飯田です

 悪霊が発生しましたので、出動をお願いいたします」

「了解です

 場所はどちらでしょうか?」

「北区郵便局です」

「ここから近いな……了解しました」

「それでは、現場でお待ちしております」

「……あの、詩音先輩」

「はい?」

「この悪霊祓いが終わったら、拙者と一緒にファーストフード店で、恋バナをしてくれないですか?」

「……“恋花”とはなんでしょうか?新種のお花のことですか?」

「あっ、いえ……やっぱり大丈夫です……

 すぐに向かいます……」


通話を切ったあと、拙者は静かにため息をついた。


「ふぅぅぅ……難しいな、青春」


そう呟きながら、現場へと急行するのだった。


─────────────────────────────────────


【東京都北区 北区郵便局 駐輪場】


北区郵便局は、赤羽駅から徒歩15分ほどの距離にある、五階建ての建物だ。


「是隠さん、こちらです」

「お疲れ様です

 状況の方は?」

「現在、被害の方は確認されておりません

 悪霊の情報ですが、豚型の上級が一体

 色は紫色とのことでしたので、毒属性

 ……ですが、どの階層にいるかまでは判明しておりません

 大変申し訳ございません」

「大丈夫です、ゆっくり探しますので

 それでは、行ってきます」

「はい、お気をつけて」


拙者は、心の中で一度深く息を吸った。


「……あの、詩音先輩」

「はい?」

「これが終わったら一緒にマクドーに行きませんか?」

「マクドーですか?」

「はい、そこで水が入ったコップを拙者に投げつけてほしいのです」


その瞬間、詩音先輩の後ろにいた精霊科の学生たちが、ざわ……とざわめいた。

そして、すぐにヒソヒソとささやき合い始める。


「えっ!?ちょっとやばくない!?聞いた今の!?」

「うん、聞いた聞いた!

 是隠くんってドMだったのかな?」


……うん、この反応。

どうやらこれは、青春というものではなさそうだ。


「あっ、やっぱり大丈夫です」

「そうですか」

「行ってきます」


拙者はその場から逃げるように、北区郵便局の建物内へ入っていった。


─────────────────────────────────────


【北区郵便局】


「ふぅぅぅ……」


拙者は、深いため息をひとつついた。


「難しいな、青春」


その呟きが空気に溶けた、まさにその瞬間だった。


ガッシャーン!


最上階から、何かが激しく砕ける大音響が響き渡った。

反射的に体が動き、拙者は階段を駆け上がる。


「あいつか……」


フロアの奥で暴れていたのは、全身が紫色の毒気に包まれた豚型の上級悪霊。

机や椅子を片っ端から破壊しながら、凶暴な咆哮を上げている。


「ブヒッ!?ブヒィィィィーー!!」


『上級悪霊

 俗名:飯田いいだ冴木さえき

 種別:豚型

 属性:毒』


悪霊は拙者の姿に気づくや否や、甲高い雄叫びを上げて突進してきた。


拙者は、腰に携行していた二本の刀の鞘から、柄を引き抜く。

そして、柄を強く握りしめ、大声で叫んだ。


「やるぞ!!影鯨えいげい!!」


その名を叫んだ瞬間——

拙者の体内から、奔流のごとき影が一気に噴き出した。

影は床を這い、壁を駆け上がり、天井までも飲み込んでいく。


「ーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


大地を震わせるような咆哮が、空間を切り裂く。

やがて、影がうねり、形を成す。浮かび上がるは、巨大なる一頭の鯨。

これぞ──


“影の大精霊・影鯨えいげい


全身が影で構成された、巨大な鯨。

ただそこに“ある”だけで、周囲の空気が押し潰されるような圧迫感。

見る者の心を、無言の威圧で圧倒する存在。


拙者が今、手に持っているのは──


“影の精霊双短刀そうたんとう


柄は、二本。

どちらも日本刀の短い柄であり、黒色の鍔、柄巻された黒色の握り、頭の部分は精霊玉で構成されている。


影鯨は、その巨体に似合わない滑らかな動きで、拙者の持つ柄めがけて舞い降りてきた。

“精霊玉”に、影鯨が吸い込まれる。


次の瞬間──

透明色だった精霊玉が、紺色に染まる。


すると、二本の柄から、影が噴き出した。

それは渦を巻くように舞い上がり、徐々に収束しながら、黒く、しなやかに、刀身の形をとっていく。

やがて、刃先だけが鋭く仕上がり、影の中に煌めく一閃を帯びた。

こうして、二振りの“影の刀身”を、形作った。


今──

この刀は“真なる形”を顕現した。


“柄”だけだった未完成の刀に、大精霊の力が宿り、“影の刀身”がここに生まれ、“影の精霊双短刀”は真価の姿を現した。


これこそが──

大精霊に選ばし者のみが扱うことを許された伝説級の武器。その名も──


“精霊刀剣”。


「ふっ!」


拙者は、敵の突進に合わせて素早く跳躍した。

足元を掠めるように、毒を纏った巨体が突き抜けていく。


敵は毒属性。

触れただけで、どんなデバフがかかるかわからない。

神経毒による全身麻痺。食中毒による激しい嘔吐。アルコール中毒による意識の混濁など……

まさに、“触れたら終わり”の敵。


「……で、あれば──」


拙者はすかさず距離をとり、左手に持っている影の精霊双短刀を、悪霊の影めがけて投げつけた。


「影の叫び THE FIRSTファースト!!」


グサッ!


短刀は、悪霊の影に突き刺さる。

影の刀身が影を貫いた瞬間、影が十字に地を走ると、ぐるりと回り円を描き始める。

形成されるのは──


“影の円形型霊法陣”


影縛殺操えいばくさっそう!!!!」


霊法発動の刹那。

影の円形型霊法陣が紺色に輝くと、悪霊の影が、 “人の手”と化し──

悪霊自身を後ろから縛り上げ、そのまま地面へと叩きつけた。

床にめり込むように倒れこむ悪霊の姿。

暴れても、暴れても、その影の手は離さない。


拙者が左手に持っているのは──


“影の精霊双短刀・いん


相手の影に刺すことで、その影を操ることが可能となる。


「ブヒー!!……ブヒー!……ブヒ……ブ……」


影が悪霊を強く縛り続け、容赦なく、心臓部を中心に締めつけていく。


「パキッ…… パキッ……パキンッ!」


やがて悪霊玉が砕けると──

透けた同い年くらいの女性が現れ、拙者に微笑みかけてから、空へと昇っていき、やがて静かに消えていった。


——祓い、完了。


「良き、来世を」


キンッ!


拙者は、影の精霊双短刀を静かに鞘に収めた。


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※用語解説

・属性:精霊省のデータによると、現在確認されている属性は以下の10種類である。

 「火」「地」「風」「氷」「樹」「水」「雷」「影」「毒」「光」


※キャラクター紹介

プロフィール

名前:中村 是隠

年齢:16歳

身長:172cm

体重:56kg

職業:国立十文字学園高等部東京校祓い科二年

武器:影の精霊双短刀

召喚精霊:影の大精霊 影鯨

性格:マイペース

一人称:「拙者(せっしゃ)」

好きな食べ物:マクドーのテリヤキハンバーガー

最近気になっていること:青春とは?

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